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10月はブラッドベリの季節

レイ・ブラッドベリは、1920年アメリカ生まれの作家。20代はじめからSFや怪奇小説の専門誌に短編を書きつづけ、'50年の『火星年代記』(ハヤカワ文庫SF)によって文壇に認められた。残念ながら永遠の少年であった作家は、2012年に亡くなってしまったが、その煌めきは衰えることなく、読者のものに新たな光明を届け続けている。特に新訳が出て、若い読者も読みやすくなったというのも大きい。ハロウィーンの夜更けに、子供が子供のまま、世界の見方が変化するあの感覚を本で追体験してほしい。

ハロウィーンは、実り豊かな秋から寒々しく荒涼とした冬への橋渡しの祭り。レイ・ブラッドベリはハロウィーンにまつわる物語を叙情的に描く。ブラッドベリには著作が数多くあるが、そんなブラッドベリの物語の中から入手可能な作品を紹介したい。

少年が少年でなくなる、その瞬間

ブラッドベリはカーニバルを題材に選ぶことで、我々の心の奥底に潜む好奇心、恐怖への想像力をかきたてる傑作をものにした。『何かが道をやってくる』(創元SF文庫, 2023年)の主人公の少年たちは13歳。ハロウィーンの夜、少年たちは回転木馬、骸骨男、刺青の男、そして魔女たちのいる蟲惑的なカーニバルに誘われる。そこには「何か」が提示する夢のような世界に広がっていた。しかし「何か」の世界はあくまでも幻想に過ぎない。「何か」は恐怖を増幅し、彼らの自滅するよう仕向ける。闇の恐さをひたひたと感じさせるダークファンタジーの傑作だ。

『何かが道をやってくる』の原型とされる短編が収録された『黒いカーニバル』(ハヤカワ文庫SF)もぜひ手にとって欲しい短編集だ。観覧車に備わった不思議な力に遭遇した少年たちの姿を描く「黒い観覧車」、未来からやってきた子供たちの目を通してみたハロウィーンを描いた「時の子ら」等24篇の短編が収録されている。この短編集はアメリカでも読むのが難しい短編が収録されており、読者にとって非常にお得な1冊になっている。

『ハロウィーンがやってきた』(晶文社, 1997年)もハロウィーンの夜に繰り広げられる少年たちの不思議な冒険を描いている。8人の少年たちは死神にさらわれた友達の魂を求めて、謎の怪人物に導かれて、古代エジプト、パリ、メキシコへと時と場所を超越した旅へ出る。少年たちがハロウィーンの由来をそれぞれの地で学びながら、生きることの喜びと死への恐怖に目覚めて行く様をノスタルジックに表現している。

まとまった時間はとれないが、幻想的で郷愁に溢れた物語を読みたいときにお勧めしたいのは『10月はたそがれの国』(創元SF文庫, 1965年)。病気のため一年中ベッドで療養しているマーティン少年は10月が訪れたことを知る。若い女教師が交通事故で死んで以来、少年の唯一の友となってしまった犬が秋の匂いを運んできたからだ。孤独な少年は犬に、誰か友達を連れてくるように頼む。そしてハロウィーンの夜、犬は約束通り連れてきたのだが……という「使者」をはじめ、19篇の短編が収録されている。どのお話も幻惑的な味わいがあり、静寂な秋の夜に一人月光の元で読みたい短編集だ。こちらは新訳版が2024年11月に中村融訳で刊行予定である。

死を想う

河出書房や創元SF文庫から旧訳版から新訳版で出ることを踏まえても、世代を超えてブラッドベリが多くの読者に愛されている作家だといえよう。そして永遠の青年が死を想うとき、それはまた違った煌めきを我々に提示してくれる。老境に達した著者の死を想う空気が、以下の2短編集には色濃く反映している。まさに秋のもの悲しさが全編に漂っていて、人生とは一瞬の煌めきなのだなとつくづく感じてしまう。

『瞬きよりも速く』(ハヤカワ文庫SF)『二人がここにいる不思議』(新潮文庫)の2冊である。『瞬きよりも速く』は、老齢に差し掛かったブラッドベリのこれまで紹介したブラッドベリの作風とは微妙に異なり、死に対する想いに溢れている。不運にも売れなかった愛すべき作家たちを主人公が励ます「最後の秘跡」等21篇の短編があたかも万華鏡のように変化して楽しませてくれる。若かかりしころに書かれた『刺青の男』(ハヤカワ文庫SF)とは違った味わいを楽しめるだろう。

『二人がここにいる不思議』は1980年代に書かれた短編を中心に纏められた短編集。若年から老年に差しかかったブラッドベリの作風の変化が味わえる。今は亡き両親を食事に招待した男の話を描いた「二人がここにいる不思議」等23篇の短編を収録。

こうしてブラッドベリの作品を俯瞰してみると、驚くべきことに作品自体のモチーフにほとんど変化がないことに気づかされる。しかし同じ題材を用いているにもかかわらず、初期の作品に見られたセンチメンタリズムが影を潜め、近年の作品では死への思いが色濃く投影されている。このような形で作風の変化が見られるのは興味深い。

ハロウィーンの夜に、一人の作家の人生の軌跡を読むのも一興ではないだろうか。

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