モルダヴィアの古都ヤシへ(3)
表紙写真: フモール修道院(ルーマニア・スチャヴァ 2024年6月筆者撮影)
ホテル・ヤシはやや古めかしいホテルだが、高齢の団体客のお客さんがよく入っている。エレベーターは簡単に落ちてしまいそうだが、とりあえずは動く。
ホテルを出て大通り沿いに坂を下りていく。夜到着したので暗いエリアから思ったら、むしろこっちがメインの通りである。教会や文化宮殿、現代的なショッピングセンターなどが軒を連ねており、かつてのモルダヴィア公国時代の首都であった時代を思わせる。残念ながら文化宮殿内の美術館は2連続休館日であった。ルーマニア語を読めないので思った以上にやることと、見るものがない。そこでルーマニア北部寄りの「モルドバ地方の教会群(世界遺産)」を見にいくこととした。教会群は主要教会だけでも5か所ほどあるということで、ヤシから一番近いボロネツ教会(Manastirea Voronet)を目指すことにした。(片道158km, 約3時間)
ヤシを出て28号線を西に向かい、Targu Frumosの街で28A号線へ。長い坂を抜けると一気に視界が開け、農道のような道に出る。しばらく丘陵と森林が混ざった地域を進む。Rediu、Paskani、Motcaといった街を抜けると、2号線へと合流した。この道はE85号線も兼ねており、今度は北へと向かう。まもなくしてスチャバ県に入る。スチャバ県はブゴヴィナと呼ばれる地域の中心都市で、道路上の境界にも「ここからブゴヴィナです!」という看板が立っていた。北隣のウクライナのチェルノフツィとも文化的に一体の地域である。
グラ・フモルルイ(Gura Humorului)の街を抜けて少しするとボロネツ修道院へと行く道が開ける。この辺りまで来るとホテルが多数あり、立派な観光地といった感じだ。日照によって一部剥げてしまっているが、修道院の外周一面に青色を基調とした宗教画が描かれている。
もう一つグラ・フモルルイの北側にあるフモール修道院(Manastirea Humor)に行ってみた。こちらは尼僧院という印象で修道院内の敷地には花壇が整備されていて、こぎれいな印象だった。個人的にはボロネツよりこちらのフモールの方が落ち着いた雰囲気を味わうことができる。死に対する鷹揚で楽天的な雰囲気がある、とでも言おうか。
更にもう一つ、7世紀の「イスタンブールの包囲」のフレスコ画があるスチェヴィツァ修道院(Manastirea Sucevita)を訪れてみたかったのだが、ここから更にウクライナ国境寄りの山間部に行く必要があり、今回は断念した。帰路ヤシへと向かう。
「モルダビア地方の教会群」を回るにはこの地方の中心都市であるスチャヴァに宿泊してレンタカーなどで回る方が現実的である。ヤシからだと片道3時間かかるので、日帰りで数か所は厳しい。ただ、日本ではあまり知られていない地域でドライブできたので楽しかった。ブゴヴィナは「ブナの森の国」という意味だそうで、農作業用の馬車とも頻繁に遭遇する。一方で、道路沿いには現代的な民家も多く、(ルーマニアにおける)中央と周縁地域を考える上でも興味深いテーマになりそうだった。この地域はオスマン帝国、モルダビア公国、ポーランド、オーストリア=ハンガリー帝国、ロシア(ソビエト連邦)、ルーマニアとの間で争奪が繰り広げられた複雑な歴史を持つ…という事情が垣間見えた。