お笑い大惨寺・第3回超短編競作『パンまつり』選評結果
●『パンまつり』の選評お送りします!
正岡子規が「俳句」を発明したのと同じように、本間祐は「超短編」を発明しました。
もちろんそれまでも短い物語はありました。『五十一話集』(ロード・ダンセイニ)、『一千一秒物語』(稲垣足穂)、岡田三郎による大正期の「コント運動」、『掌の小説』(川端康成)、城昌幸、星新一などなど……。それぞれがそれぞれに書いていた短い物語を、本間祐は「これらは超短編だ」と新たなキリトリ線を導入し、その魅力を世に知らしめたのです。詳しくは『超短編アンソロジー』(本間祐/ちくま文庫)をご参照ください。
さて選評です。今回は「どんなパンまつりを想定したのか」「祭りは物語をどこへ連れていくのか」に注目して読ませていただきました。
◎最優秀作品
棗絽 「パンまつり」
牧神パンを主題に据えるのはお題の処理としては自然なことですが、まさか心のぞわぞわが頭の中で繰り広げられるパンたちの宴のせいだったとは……。木の芽どきの祭りが不穏かつ魅惑的。
⚪︎優秀作品
●龍雪 「パンまつり」
『ぷにぷにコンテスト』の設定がやけに細かくそしてかわいい。
●わさ柱 「パンまつり」
きゅうりの馬ならぬバゲットの新幹線のスピード感がたまらない。
●痴喜笑 「パンまつり」
当たり前の存在「パン」がいつしか異世界への入り口になっていく語り口が見事。
△佳作
●ゴンタ 「パンまつり」
パンづくしの言葉のリズムが祭りを感じさせます。
●栗家猿朝 「パンまつり」
パンというより法悦のパンダ祭り!
●空虹桜 「パンまつり」
まるで音楽フェスのようなパン祭りがハッピー。
以上です。
【🦑以下、投稿全作品】
題「パンまつり」 2024/03/09出題
●椿亭八枝 「パンまつり」
203X年12月某日、信州の大惨寺別院から、タイムズのアッケ・ラカンがレポートします。冬季恒例のパンまつりも有名になり、取材に参りました。出店もいっぱい出て、クロワッサン、プレッツェルなどの食べ比べも超人気で、世界からマイスターが集まっています。
信州のこの辺りは、昔は金山街道とも呼ばれ、とても賑わったものの、すっかりさびていましたが、最近は都会からの移住者が増え、このイベントも人気の一つになっています。
さらなる理由に、子どもたちが大人にかける不思議なセリフ、「ソノ」オア「ヨロ」があります。外から、このゾーンへ入るには、大人はクーポンを買う必要がありますが、子どもたちから、このセリフを言われると、パンを引換えできるこのクーポンを渡さないといけません。でも、どういう意味なんでしょう?
もと川崎大師におられた出不精の住職さんに聞こうとしましたが、できませんでした。でも、聞くところによると、3丁目の夕日に触発され、ジャンバルジャンのパン物語にも胸を痛めておられたとのことでした。
それでは、今ここ、喜びあふれるサンクチュアリ園が、永遠に続きますよう願いながら、アッケ・ラカンがお伝えしました。
●**! 「パンまつり」
葦笛を吹き鳴らして森羅万象を讃える牧神の祭りのはずが、最近はクロワッサンやデニッシュのセールに成り変わった。
●魔が差す藤丸 「パンまつり」
「パンまつり」の謎解きの旅へ出かけようぞ。苦渋難題なので、単純な答えではつまらない。よーく考え、深ーく細部まで観察するが肝心、すると、少しずつ正体が見えてくる。
まずは、「パン」だ。いやパンダではない。これは、楽器か調理道具という線が濃厚である。前者はギリシャ神話に由来する。牧神パーンが吹いたと言われるパンフルートまたはパンパイプは、世界で最も古い木管楽器のひとつで竹製なのじゃ 一方、後者は基本的に金属で出来ており壊れにくいが、テフロン加工が施されておるので、業界では寿命は2年と言われておる。しかしじゃ、どちらも食べられたもんじゃない。どうも、これではなさそうじゃ
次に「まつりの場」について考えてみる。山崎や富士やパスコでも行われているそうじゃが、それを答えてしまっては、あまりにも単純過ぎる。
すると、ふむ、これはさしずめアナグラムではないか!
並べ替え整理してみると、「まりパンツ」に「りンパまつ」と、どれも意味深な気がするな。でも、いや待てよ。分かったぞ。
「パンまつり」とは「つまりパン」なのじゃ。パンそのものの本質を言うておるのであった。
これにて一件落着、謎解き旅のとどの「つまり」じゃ。
●緑青 「パンまつり」
「今年のパンまつり、誰と組む?」
「部活で一緒だったいつメンだと思う、就活もあるし」
パンまつりは強制参加だ。
地方の農高では受験に悩む生徒は少ないものの、小麦の収穫から製粉まで行うので、3年生は特に忙しい。
「なんでウチってさ、こんなイベント毎年やってんだろね」
「農高だからでしょ。でも米じゃなくてパンなのはイミフ」
学校創立からの伝統行事だ、と入学案内に書いてあった気もしたが、そういえば由来みたいな話は聞いたことがない。
「あ~それ、パンを捏ねるのが連帯感を生むからって、なんか聞いたことある」
「捏ねるなら餅でもいいじゃん、まー味はパンのほうが好きだけどさ」
実際、まつり前日に全生徒がパン生地を捏ねておき、まつり当日に売り出す焼きたてパンは、地元でもなかなか好評だった。
「でも小麦から作るのって分けわからん。シンドイんだけど」
「うーん、タイパは最悪だけど…」
たしかに、まつり自体いつも億劫に感じる。
それでも、収穫した麦と太陽の香りや、夜まで居残る校舎の冷たい空気は、決して嫌いではなかった。
「きっとさ、いろいろワケがあるんだよ」
言いながら、サラリーマンなんてしてる父のことを、思い出していた。
●龍雪 「パンまつり」
セプテンバーフェスト...。
それは、世界各国から腕利のパン職人が集まるパンの祭典。伝統的なパンから革新的なものまで様々なパンを楽しむことができる。
イーストの焼ける酸味の含まれた香ばしい匂いが、秋の初めの乾燥した空気に柔らかく温かく漂っている。インド参加者のブースからは、スパイシーな香りも流れてくる。
イベントの中でも特に子ども達に人気なのは、『ぷにぷにコンテスト』だ。発酵させた種に小麦粉を振った直径20cmほどの塊が100余りもずらりと並び、触ることができる。ただし、使う指は人差し指一本。どの種のぷにぷに具合が最も素敵だったかを競う主観的コンテストだ。種は突つかれてあっという間に萎んでしまうし、子どもたちの中にはあまりの心地よさにたまらず手のひらで潰してしまう子も出てくるため、競技者は、種を30個は用意しておかなければならない。そのため、参加ハードルは高いが、優勝者のパンは、子どもがこぞって食べたがるようになるため、エントリーが直ぐに満席になる程、人気である。
子ども達の歓声がする。今年のコンテストが始まったようだ。
●わさ柱 「パンまつり」
毎年お盆の時期になると、美々たちはパンで乗り物をつくる。天国のおばあちゃんを連れてきてくれるように。
ふっくらとしたロールパンに、足に見立てた楊枝を差す。
何個も並べると、それは羊の群れみたいに見える。
という話をしたら、直子ちゃんは、そんなの変だよ、ときっぱり言った。普通はキュウリやナスで作るのだそう。直子ちゃんは裏表のないところが一緒にいて楽なのだけど、何でも正確にやらないと気がすまないのが玉にきず。こういうときの想像力のなさにはまいってしまう。
学校から帰ると、パパが晩ご飯のしたくをしていた。
「ねえ、どうしてうちは…パンでこれを作るの?」
仏壇を指さしながら、つい責めるような口調になっているのに気づき、最後の方は声が小さくなってしまった。
「おばあちゃんはパンが好きだったからさ。でも、実はパパもちょっと気になってた。これじゃ行きも帰りも超のんびりコースだもんな。よし!今年はあれにしよう」
お店で一番長いバゲットを買ってきて、横に切れ目をいれ、レタスやトマト、それにチーズをはさむ。ぱりっとした豪華な新幹線ができあがった。おばあちゃん、待ってるね。美々とパパは、そっと手を合わせるのだった。
●珍ぬ 「パンまつり」
パンまつりについて話そうと思うがパンまつりの全てを語ることはできないわけでパンはPan であり汎であるから今まさにパンまつりのさなかであるのだからもう始まってからだいぶん経っているとは思うがその始まりは分からずあとの祭りなんて常套句はあるがあとのパンまつりはとんと聞いたことがないしさつまるところパンまつりの終わりはまだまだ先のことで見当なんてつかず終わりなんて皆目わからないからこそパンまつりを一部始終なんぞでまとめる野望希望は土台無理であるからそもそもパンまつりなイベントは無茶も無茶振り無きに等しいのであるが等しいというからには比較をしなければならない対象を引き連れてこい責任者だが結局パンまつりと異なる何らかでもって比べることができるのかそんな行為あるかと全然検討つかずつまり過去も今もこの先々もパンまつりはパンまつりだろうからむしろ逆らってパンまつりについて話さまいとする魂胆は最初の最初にパンまつりについて話そうと思うなんてどうしてできてしまったのか不穏満載いやいやそれこそがパンまつりと断言しきると破綻以上矛盾未満恋心だがどうにもつじつまの合わなさを示すのにパンまつりをやっぱり語る堂々巡り。
●さいせんばこ 「パンまつり」
「この麦、誰がまきますか?」
小さな白いにわとりは知っていた。どうせ、誰もやってくんない。
ぶたは思った。だってオレ、動いて痩せたらニンゲンにドヤされるもん。オレは食べるのが、仕事。
「この麦、誰が刈りますか?」
まあ、聞くだけムダかもね。
むふん。アタシはニンゲンからくすねるのが楽しいの。ねこはシナを作った。
「この麦、誰が粉にひきますか?」
こんなことやってたら、手羽にだけ筋肉ついちゃうじゃないの。
犬はにわとりの傍で、こぼれた麦をむさぼった。
「このパン、誰が食べますか?」
って…誰もパンなんか食べられないじゃないの、私たち!
●摩天楼の売茶翁 「パンまつり」
みなさま本日はフライパン製造で有名な五日市へようこそ。
では本日の参加者のご紹介です。
昭和生まれの山﨑さん、敷島さん、富士さん、近畿さん、
北海道から寒さに強い北欧さん、神戸から帰国子女風ドンクさんと井鈴さん、不思議いっぱいアンデルセンさん、異国情緒なポンパドウルさん、気品豊かなカイザーさん、貫禄たっぷりの木村さん、のみなさまです。今回のお題は「もし紫式部が『源氏物語』の中で光源氏が朝ごはんとして食べるパンを著わすとすればどんなパン?」です。いったいどんなパンが出来上がるかとっても楽しみです。一口食べて二度以上美味しい、十二単のような重ね味のパンが予想されますね。そして審査員は、普段はほとんどパンを食べない文学者で一汁一菜料理研究家も兼ねる潘大輔さんです。それでは<パンの耳>主催<令和六年パン食万歳!>を開催します!
●燦々 「パンまつり」
「ウインナーパンがない!」トネサクベーカリーの主人が叫ぶ。
「俺は確かに100個焼いて持ってきた。なのに99個しかない!誰かが盗んだんだ!」
今日は大惨寺境内のパンまつり。まちのパン屋10店舗が集う一大イベントだ。近隣の市町村からも客が来るとあって、各パン屋とも
夜を徹して100個ずつ準備してきた。
「ササキさん。あんた、さっき口の中もぐもぐさせてたろ。犯人はお前か!」
隣の工房ササキの主人を疑うトネサク。
「勘弁してよ、さっきのはうちのクリームパン。運んでくる間に潰れちゃったから売り物
にならんと思って処分しただけさ」
「じゃあ、誰なんだよ!」
犯人が分からないまま、まつりは始まった。
どの店も長蛇の行列で、トネサクベーカリーも大繁盛。完売御礼だ。
「いや~皆さん、ご苦労様でした。盛況で何よりですな」主催の出武将が声をかける。
「トネサクさん、すみませんね、うちのデコピソにまで」
「何の話ですか?」
「え?さっき焼きたてのホットドックを咥えて走っておったぞ」
●棗絽 「パンまつり」
毎年この季節になると心がぞわぞわする。昔から「木の芽時には気をつけろ」と言われるように心身のバランスが乱れるからだとやり過ごしてきた。
しかし、今年は一段と酷い。耳鳴りはするし、動悸も激しい。まるで身体の中でなにかが暴れているようだ。
とうとう今朝その理由がわかった。洗面所の鏡に映った眼の中に走る半獣の小人を見たのだ。
頭に二本の角がある小人が大勢で、笛を吹きながら駆け回っていた。
ああ、これが噂に聞いたパンまつりか。よりによって色恋に縁遠い私を会場に選ぶとは。あの笛と蹄の音がぞわぞわを引き起こしているのだ。今できるのは、まつりが過ぎ去るのを待つことだけだ。
ああ夏よ来い。
●ゴンタ 「パンまつり」
「パンタグラフ」面白そうな店名だと思い、中をうかがう。誰もいない。入口には「手を叩いてお入りください」とある。「パン2(ツー)〇見え」「パパンがパン、パパンがパン、誰が~。。。」ふふっ、やってしまった。
パンダのぬいぐるみ(パンヤ入り)、パンアメリカン航空のパンフレット、『パン屋襲撃』の奥付には第3版とある。パンケーキの食品サンプル、パンタロン姿のリカちゃん。あっ、パンだ。大好きなシロヤの食パンだ。
食べたいと思ったとたんに、パーンと大きな音がして目が覚めた。『そらいろのたね』みたいだった。
●痴喜笑 「パンまつり」
あれは、なんだったのだろう。あの不思議な記憶は。子どもの頃のことだ。
……ある朝、ぼくは「ごはんよー」という母親の声で目覚めた。食卓に行くと、母はおろか誰も居ない。食卓にはパンが並んでいた。
揺るぎなきごはん派の我が家に、なぜパンがあるのだろう。しかもこんなに沢山。ぼくは家族のなかでは珍しくパン派だったから、違
和感を覚えつつむしろ歓迎して食べた。ウインナーパン、クリームパン、チョココロネ、などなど。食べきれないくらいあるのは嬉しいけど、ほんとうに誰も居ない。ぼくだけ置いて出かけるなんて。
……お昼になっても誰も帰ってこない。どうしよう、と思ったら、食卓の下にダンボール箱。中にはパンがギッシリ。それを食べた。
夜。みんな帰ってこない。ダンボールのパンはまだ沢山ある。いいもん。思う存分ゲームするんだ。
……それから三日三晩、家族は帰って来なかった。パンばかり食べてYouTube見てゲームばかりしていた。さすがに警察とかに行ったほうがいいのかな?と怖くなってきた頃、ようやく帰ってきた。
「どこに行ってたの?」
ちょっと泣きそうになりながらぼくは聞いた。
母親がニヤリとして答えた。
「パンまつりよ」
●植木屋 「パンまつり」
石窯は熱いハートを持っていた。ずんぐり丸い体からドームと呼ばれた。一癖ありそうな面構えで目は開かず、口を四角く開けたままでいる。上唇の両端を尖らせ高温の息も吐き出してくる。喉を焼いたのか、息と一緒に轟く音もする。
「まきをくべえ。まきをくべえ」
薪をくべてもくべなくても、轟きは止まず熱も絶えない。仕方がないので、面倒見の良い胡麻売りが端材をくべてやっていた。胡麻売りは石窯と暮らし始めた。 その日は旅商人が来て奇妙な穀物を見せたので、すり胡麻と交換してやった。
毛虫と見まがう枯れ色の草には、胡麻より大粒の実がぎゅうぎゅう詰めに成っていた。手慣れたすりこぎ捌きで粉にしても香りは立たず、水を加えて練りものを試してみた。数日やっても味気なく、硬くなるだけだった。すりこぎと手垢にまみれたそれは薪色になったので、石窯にくれてやることにした。
「まきをくべえ。まきをくべえ」
「ほら石窯、薪だ。木っ端じゃねえ」
しばらくすると、なんとも芳ばしい匂いの息を吐き、熱は上昇したようだった。
「こっぱでねえまき。こぱでねえまき」
石窯の轟きが、パンまつりと聞こえるようになるまで八十年かかった。
●御殿場の凸 「パンまつり」
夫は、ポイントをためたり、シールを貼って賞品をもらったりするのに凝ることがある。
4月だったか、パンのメーカーがシールを集めると白いお皿をくれるというのがあった。パンまつりだ。いつも、そのキャンペーンがはじまるとホワイトボードにはりつけて、応募用紙をもらってくるようにという。
あの白いお皿って、バザーでは10円の値段でも、売れ残るんだけど…と思いながら、一生懸命やっているのに水をさすようなことをいうと機嫌が悪くなるので、応募用紙を貰ってきて貼り付けた。
規定の枚数がたまり、スーパーの買い物ついでに交換しようとしたら、
「今品切れです。4~5日たったらまたお出で下さい。」
4~5日たっていったら、また品切れ。それが2~3回続いて、最後には「このキャンペーンに用意したお皿は、製作が間に合わず、7月21~31日の間にお渡しします」という、引換券を渡された。うわ~、2か月もずっとこれを気にしなくちゃなのかとうんざりしながらも、お財布の中にしまいこんだ。
昨日、目出度く手に入れた白いお皿。たかが一枚のお皿に、随分神経を使った。これはストレス・ボールと名付けたいくらいだ。
●薄墨桜餅 「パンまつり」
「ママァ、春のパン祭りで、また白いお皿がもらえるんだって」
「いつものことでしょ、今年もあるのね」
「私のお皿、もうだいぶ古くなったから、応募してよ」
「若いのに何言っているの。まだまだまだ大丈夫でしょ」
「だってぇ、このあいだの地震で左後ろが欠けちゃったんだもの」
「そうねぇ、お爺ちゃんのも年代物だったからねぇ」
「お父さんも言ってたわよ。カッパの川流れだけじゃなかったんだって。お皿が割れたら致命傷になるんだから」
「はいはい、じゃぁ、明日用のクロワッサン買っとくわ」
●栗家猿朝 「パンまつり」
その日は前触れもなく突然に訪れた。
空を見上げるとにわかに、白と黒との雲が襲寄せて交互に入り組み、雲のおしくらまんじゅうが始まった。
途中、雲の切れ間から何かが微かに聞こえてくる。
「パンダパンダパンダパンダ
パンダパンダパンダパンダ。」
涙が頬をつたい、その声の先に手を合わせている私がいる。
春が来たのだ。
●空虹桜 「パンまつり」
2daysの二日目朝は、オーバーナイト法で低温長時間発酵させた生地の復温からはじまる。
『プーチンが悪い』『円安が悪い』『デフレが悪い』と、小麦粉高騰の鬱憤を叩き込まれた割に、酵母はしっかり発酵を進めてくれてる。
「おはよー。いい発酵臭だね」
顔を洗ってきたエリと、生地のガスを抜いて小分けにする。
ボトルネックはオーブンだから、まずはベンチタイム終わった生地を食パン型に入れ、コールドスタートで二斤焼く間に他の生地を伸ばし、ドライフルーツ混ぜたり、溶かしたバターを加えたり、チーズや餡子を中に閉じ込めたり。
「やっぱ小麦とバターの焼ける匂いは最強だね」
「焼けた酵母の死臭だよ」
「発酵止まれば、いずれにせよ」
補足不要の会話。焼く悦楽。君のためでも貴方のためでもなく、自分のために好きなモノを財布の許す限りありったけ。がテーマ。
焼き立ての食パンを「熱い」言いながら毟ると、さらに匂いは広がり幸福度が上がる。この匂い嗅いで、他者への悪意を保てる人いる?
「グルテン食べれなくなったら死ぬ〜」
「酵母か!」
わたしのツッコミで二人は爆笑する。
さて、次どれ焼こう。
●海音寺ジョー 「パンまつり」
大惨寺には、パンを作るクッキングメーカーがある。精進料理がメインだったのも、今は昔。もともとは、副収入を稼ぐための手作りパン即売会用にジモティーで安く譲ってもらったのだが、即売会を開いたところ「お寺さんもそこまで」「いや、境内でやるなら納豆とか高野豆腐だろ」と来客からは低評判で、寺の食事のために使うことになった。小坊主どもはパンだねを利用し、ありとあらゆるジャンルのパン作りに精を出し、大惨寺のモーニングは都心のビジホを凌駕するレベルの充実したものになった。
「これってやっぱ、惜しいよな」
「ほんまですわ。もっかいパン屋やりましょうよ」
関西から出家してきた、番梁坊が発奮した。番梁は仲間内からはパーヤンとあだ名されるほど利に聡い少年である。電飾で固めた度派手な屋台を境内の死角にあたる涸れ井戸の裏でコツコツ制作し、一駅離れたライブハウス前でリバイバル即売会をし、小遣いを稼ぐ計略を立てた。が、さすがに住職の目に留まり計画は阻止された。その後侃々諤々の討議の末、電飾代は勿体ないということになり、庭で檀家だけ呼び厳かにパン祭りを開催した。その利益は裏金として、番梁が二重帳簿で管理することとなった。
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●選者・鮫漫坊「パンまつり」
現在はパンを用いている。百年前はそうではなかった。時代は変わるもので、かつてはご飯が使われていた。パン工場の誘致に伴い、いつしかご飯はパンへと変化したのだ。
氏子はパンを頭に載せて走る。百年前はそうではなかった。時代は変わるもので、かつては米を盆に載せ、川に流したのだ。川は暗渠となってしまい、代わりに氏子が走っているという訳だ。
道の突き当たりに貯水池が現れる。百年前はそうではなかった。時代は変わるもので、かつてそこは本流の淵であったが、治水工事により川の流れが大きく変わってしまったのだ。
頭にパンを載せた氏子が勢いよく貯水池に飛び込んだ。そしてしめ縄の張られた岩めがけて泳ぎはじめると、池の底で気配を感じた主様が、見えない目をぎょろりと見開く。主様はお供え物のパンをめがけ、水の底からゆっくりと上昇する。
いくら時代が変わろうと、こればっかりは百年前と変わらない。
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