韃靼そばがライフワークになったわけ
蕎麦店主のひとり語り・2
韃靼そばに出会う
韃靼そばに出会ったのは1999年、函館近郊の七飯町で「大中山ふでむら」を開いて3年目だった。メディアで健康ブームを感じていたちょうどその頃、隣の森町(もりまち)で、普通のそばよりルチンが豊富な韃靼そばというものが栽培されているのを知った。さっそく粉を取り寄せて試作をしたが、普通のそばとは粉の性質も風味も全く違う。手本のないまま模索していたが、繰り返し麺を作るうちに「普通のそばとの違いを出すこと」が一番大切だと気付いた。そこで、食べやすさ、韃靼そばらしさ、つゆとの相性で配合を決めることにした。普通のそば粉をブレンドした麺はよそにもあるが、当店は韃靼そばらしさを明確にするために、韃靼そばと小麦粉のみの配合に決め、メニューに載せてみた。
韃靼そばは中国原産。日本では福島県から各地に広まり、今では北海道が主産地だ。だが、私が出会った当時は「体に良いがおいしくない」が代名詞になっていた。森町の韃靼そば粉もかなり苦みが強く、生地が繋がりにくい(麺がとても切れやすい)。函館はじめ道南でも多くの店が挑戦したが、ほどなく見かけなくなってしまったのもわかる。「大中山ふでむら」でメニューに載せたはいいけれど、売り切れずに廃棄する日も少なくない。その度に「もう止めたほうがいいのかな」と存続が頭によぎった。
共同研究で生麺を製品化
栄養豊富なのになかなか売れない韃靼そばだが、健康食ブームの波も感じていた。そんな折、東京から来られたお客様から「今食べた韃靼そばを持ち帰りたい」と言われた。生そばは賞味期限が1日だから、申し訳ないがお断りせざるを得ない。そこで賞味期限の長い韃靼そばを作りたいと考え、思い切って函館市にある北海道立工業技術センターの門を叩いた。馴染みのない場所でとても緊張したが、バイオテクノロジー課主任だった大坪雅史氏(現・専門研究員)が私のおぼつかない言葉を丁寧に拾ってくれたおかげで、同センターと弊社で共同研究開発を進めることになった。
この時、共同研究費がずいぶんお安いなと思ったが、そんな呑気な話ではなく、すぐに自分も頑張らなくてはいけないことに気づいた。私の担当は微生物検査と官能検査だ。早朝に製麺を終えて、店の営業前にセンターに通って、朝の9時からシャーレの中の細菌を観察し、打ち合わせなどをして、急いで戻って店を開ける。韃靼そばに携わらなければ、こんな新鮮な体験はなかった。顕微鏡を覗くこともなかったし、ひいては千乃家を立ち上げることもなかった(千乃家開店については1回目で)。そう思うと、ひるまず行動したあの時の自分を、ちょっと褒めたくなる。