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七原くんはかわよですので。
その日も通勤電車の中、いつものように「何か面白いことないかな。」と思いながらTwitterを眺めていた。
いくら画面をスクロールしても、出てくるのは退屈な話ばかりだった。けれどその中に、「七原くん、5万円もらえず号泣」と書かれたTweetがあり、動画が添付されていたので何の気もなく再生した。
それは工場の派遣社員として勤務している七原くんというネット配信者が、一か月皆勤すると貰えるはずだった祝い金の5万円を皆勤まで残り1日のところで寝坊して取り逃した、というありふれた話だった。
しかし私はその動画に釘付けになった。
良い歳した男性が、それはもう心の底から大号泣していたのである。
そしてそこに書き込まれた視聴者からの「お前が5万円分寝てたんだからしょうがないだろ。」という痛烈な一言に、
「5万円分寝てたって!しょうがないじゃん!疲れてたんだもん!」
とまたしても泣き叫ぶ、小太りの中年男性だ。私は「この人は一体何なんだろう。」と興味を持ち、Youtubeのまとめ動画、それだけでは飽き足らず過去の配信をあらかた遡り、最近ようやく彼のリアルタイムを追うことができるようになった。
七原くんはもう30代だ。大学を中退し、これまで多くの仕事を転々としてきた。しかし人間関係に不器用で、仕事も得意ではない。いつも余計な一言を口にして、他人を怒らせる才能がある。そうして招いた日常のトラブルを延々愚痴り、視聴者からの反響を拾ってコメントする。そういうスタイルの配信者なのだった。
ところでそんなに社会不適合なのであれば、さぞ性格も歪んでいるのかと思いきや、寧ろ、普通よりずっと優しい心根の持ち主でもある。
例えば、たまたま入店した牛丼屋に居合わせた見知らぬお爺さんに荷物を強引に押し付けられ家に運ばされても、嫌な顔せず応じて荷物を持っていってあげたりする純朴さがある。
ところがそんな図々しいお爺さんがお礼なんて言うはずはない。すると動揺した七原くんは、なぜか勢い余って逆に「ありがとうございました!」と爽やかにお爺さんに謎のお礼を言って、我々視聴者を混乱させた。
そして後になってお礼を言ってしまったことで自己嫌悪に陥り凹んでしまう。私は七原くんをなんていぢらしいのだろうと思った。
七原くんは人気配信者らしく、並のYoutuberよりたくさんのファンがいる。けれど「好きなことを仕事にしたくない。」の一点張りで、これだけ配信で稼ぐことが一般的になった世の中でも、頑なに広告を付けず配信を収益化しようとしない。
変なところに潔癖で、意固地で融通が利かなくて、だから貧乏で、それ故コメントにエッジが利いている。
こんなに面白いのだから少しくらいお金を貰ってもバチはあたらないだろう。と普通なら思うところかもしれないけれど、きっとそれは凡人の考え方なのだ。
七原くんは、大事なものは何でも無くす。財布も原付の免許証も、マイナンバーカードも、大事なものとみれば何もかも。家のカギを無くして家に入れず、半泣きで放送したことは何度もある。
そんな女々しい七原くんにも、結構ワイルドで男らしいところがある。
先日、その辺で買ったイクラ丼をテイクアウトして公園で食べようとした七原くんは、お箸を貰ってくるのを忘れてしまった。
すると七原くんは公園を見渡し、そこら辺で見つけたカラーコーンの破片のようなプラスチックゴミを水道で洗いスプーンの代わりにしてガツガツ掻き込むのだった。
衛生さに頓着しないその姿は、私たち現代人が忘れてしまった自由さの根源的な意味を思い出させてくれる。
また彼は、野生の動物を解体し、調理して食べたりすることもある。
ちなみに彼は名古屋の郊外に住んでいて、田舎で猟をしているわけではない。だから食べる動物というのは、その辺の普通の国道で車に轢かれてしまったタヌキの死骸等である。
確かに彼は貧乏だけれど、現代の日本で飢えることはそうそうない。先ほど言ったように彼は配信を収益としていないので、徹頭徹尾、趣味として野生動物を食べている。そう、彼は天然なのだ。
道路で車に轢かれたタヌキの死骸を見つけ、
「ねえねえみんな、これ、食えるかな?!」
といって目を輝かせて視聴者に見せるのだ。当然視聴者から「バカか、やめろ!」と止められるのだけれど、
「なんで?!みんなが牛とか豚を食べるのと一緒じゃん!」
などと言って決して取り合おうとはしない。そりゃさ、そうなんだけどさ。その屈託のなさに私はめまいがした。
そしてタヌキの死骸を家に持ち帰ると、本当に捌いてしまうのだ。
七原くんは狩猟のプロではない。ましてやタヌキは死後しばらく経っており血抜きもうまくできないし、何より臭いのだ。しかしそれでも七原くんは嗚咽しながらタヌキの死骸を解体した。虫の沸いたタヌキの死骸を。
そしてまた嗚咽しながら調理して、出来あがった生ごみ同然の料理をまたも嗚咽しながら「いや、うまいから、これ。」と強がって平らげてしまう。
当たり前のことだけど、画面越しでなければ見ていられる光景ではない。
しかし、貧乏でもこんなに日々走り回って楽しそうに生きてる人がいるんだと思った。お金の為でもモテの為でもなく、楽しむために楽しむ姿を羨ましいとさえ思った。
でもある日、そんな七原くんが、またしても会社をサボってしまったらしい。彼の来歴はそんなことの連続だった。
相変わらず視聴者に「このダメ人間!」と怠惰さを罵られ、いつものように、「だってしょうがないじゃん!」「君たちにはこの気持ちわかんないんだよ!」などと泣き叫び、私もいつものように腹を抱えて笑っていた。
だけど七原君がふっと暗い顔をして、
「だって、ちゃんと起きたのに、開かないんだよ、家の扉が開かないんだよ。」
といってめそめそ泣き始め、
「もう、死にたい。」
と口にしたところで、胸がキュッと締め付けられてしまった。そっか、そりゃそうだよね。こんなに面白い人が、生き辛くないはずないよね。
仕事がうまくいかなくて泣いて、人間関係がうまくいかなくて泣いて、女の子に裏切られて泣いて、誰かにひどいことを言われて泣いて、お酒を飲んで泣いて、こうして字に書いてみると誰にでもある普通の「泣きたくなる。」ことだ。
私も、出勤するのがイヤで、家のドアの前で立ちすくんだ経験がある。朝起きたくなくて、どうしてこんなに頑張らなきゃいけないんだろう、という気持ちになったことがある。自己嫌悪で泣きたくなる日もある。
ただ、普通の人は泣かないでいられる。そういう気持ちに蓋をして、圧し潰して、見なかったことにして暮らしている。
でも彼は、そういう内面を全て配信して見せてくれる。泣いて泣いて泣いて、視聴者からのコメントを拾って返すセンスが面白く、私たちは笑わされる。だからあんまり悲壮感がない。本当はこの人、すごく頭の回転が早いんだな、と思う。
私が圧し潰した思いを私の代わりに泣いて、私の代わりに面白くコメントして、みんなと一緒に笑って洗い流してくれるのだ。
きっとみんなの中にも小さい七原くんがいて、彼が代わりにその弱さを引き受けてくれてるんだと思う。だから彼のことをこんなに放っておけなくて、みんな彼のことが可愛くて仕方ないのだ。
きっと彼のことだから、すぐにケロっと切り替えて、また次も元気に配信してるんだろうな。それでも、いつか彼が配信を辞められたら良いと思う。配信なんて辞めてしまうくらい今の生活が大切で、ついつい保身に走っちゃうような、そういう幸せを掴めたら良いなと思っている。
七原くんはこんなに可愛く素敵な人だから、その気になったら幸せにだってなれるだろうし、見れなくなったら寂しいけれど。
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