営業がとにかく向いてなかった
新卒で入った会社は広告代理店だった。
元々はコピーライターなどのクリエイティブな仕事をしたくて目指した仕事だったが、新卒の7割は営業へ配属となる。
一口に広告代理店の営業と言っても配属されるチームによって全然雰囲気が違う。もとは国の事業であったようなナショナルクライアントと呼ばれる大きい企業の担当になるのと、新しく顧客を獲得するチームに入るのでは、全く違う会社に入ったと言っても良い経験になるだろう。配属ガチャである。
前者はルールに沿って、硬く、ゆっくり仕事をし、後者は素早く、粗っぽく、仕事をする。
パンダが配属された先は、後者であった。
いくつものクライアントの広告予算をもぎ取るために、様々なスタッフと連携を取り、提案を素早く回すために媒体資料を読み込む。
仕事を獲得できた後は、素早い意思決定と膨大な事務作業が発生する。
マルチタスク、事務作業、顧客との関係値作り。
とてもじゃないがパンダには才能がなかった。
広告代理店の営業に向いているかどうか、分かりやすい指標は、大学生の時サークルなどで、自らコンテンツを企画し、実行し、みんなをまとめるような経験をしたことがあるかである。
そういったことに苦手意識を感じるとしたら絶対に選んではいけない職業だ。
パンダは真逆の性格である。広告のクリエイティブを作る仕事はしたかったが、大学時代は本が友達で、アメリカ留学に行くこともあったが、あっちのノリには全然ついていけなかった。飲みに行っても4人くらいの少人数で飲むことが好きだ。
そんなパンダが、この仕事を続けるのは無理があった。
事務処理能力が1年先輩のスピードの1/4以下で、「どうしてそんなに遅くできるの?」と傷つける意味ではなく、本当に疑問を持たれてしまう。
毎日深夜まで残業するも仕事が終わらず、終電・タクシーで帰ってからも、明日の仕事のことが気がかりで、眠ることが怖い。
そんな状態が1年半続いた、ある日、クライアントに訪問した帰りの電車で、ふと、ここで乗客へ暴力事件を起こせば、会社に帰らなくて済むのだろうか、、、、
人間は追い詰められたら自分を守るために人も傷つける。
通り魔事件の犯人の気持ちが少し理解できるところまで来た時、これはもうダメだと思った。
先輩に体調不良で帰宅します、と伝えて、その足で精神科へ行った。初めて精神科に行くと、医師はこちらの体調を心配することなく、うつ病の診断をすると、お薬出しておきますと言われ、休職届けを会社に出すための紙を書いてくれた。
精神科の医師はカウンセラーのようにこちらの話を聞いてくれるものだと思っていたパンダは、その対応にガッカリしたが、休職できると知った安堵感で満たされた。
(精神科の医師はうつ病もデータとして扱います。薬で脳内物質の割合を変えることで、理論上、うつ病にはポジティブな影響をもたらすので、カウンセリングのようなことはせず、薬を飲んでおいてください、という対応になります。このことを知っていれば別にガッカリもしませんが、あと一歩で通り魔事件を起こすギリギリの人間にそんな対応なのか、とその時は驚きました。)
そこで約4ヶ月休職をして、別の部署に配属されることになった。
休職期間中は、雇用保険から給料の7割がもらえる。何も働かず、これだけお金がもらえることは精神上非常に良かった。これで銀行口座がどんどん減っていっていたら、回復しない状態でまた働きに出る事になっていたかもしれない。
休職を終えて、営業部署からインターネット広告の部署へ異動することができた。
こうしてようやく才能の無い営業職から離れることができた。