靴も社会も不適合
ネガティブシーズンが明けて、やっと朝起きて夜眠る生活ができるようになってきた。頭がさえ、就活や卒業論文へのやる気も芽生えて、躁状態への移行を感じ取った。
久しぶりに外に出かける気分になり、私は気分を上げるべくよそ行きキラキラハイヒールを靴箱の奥から引っ張り出した。
身長が高く、ヒールなしの靴ばかり選んでしまう私だが、たまには背伸びをしたいのだ。
久しぶりのピンクのハイヒールは少しつま先が窮屈だったけど、それでも普段より高い目線に私は気分が高ぶるのを感じて、玄関を後にした。
バカだわ…と駅についてから思った。
かかとが痛いしつま先も痛い。靴が合わなくなっていた。おかしいな、前は履けたのにな、なんでだろうなあ…と何の解決にもならない疑問で痛覚を紛らわせながら、私はフリースペースの椅子に座り思案した。
ばんそうこう買うか?靴買うか?それか我慢?
一番安上がりなのは忍耐である。しかし、4時間後に立ち仕事のバイトを控えている条件がある以上、忍耐という脳筋アンサーは愚策に思えた。
ばんそうこうか…私はパンプスを脱ぎ、自身のかかとを覗き込む。ぷっくりと水ぶくれになった哀れな踵と目が合った。摩擦で真っ赤になった踵と、ねじれるようにパンプスのつま先で押しつぶされている小指は、「靴を買え!」というシュプレヒコールを、雇用主である私に叫んでいるように思われた。
靴買うか。いやでもな、と最近の寒々しい財布を思い出す。残念だが手持ちは5千円もない。クレカで破産しかけたことのある経験が頭をよぎる。
私はばんそうこうで何とか可哀そうな足たちに溜飲を下げてもらおうと、駅の薬局に向かった。
ため息を隠すことなく薬局でばんそうこうコーナーを探す。一歩一歩、歩くほどに体重でつま先は押しつぶされ踵はひりついた。
なかなかばんそうこう売り場が見つからず絶望感が私の背中に覆いかぶさってきたあたりで、視界の左端が輝いた。
見つけた!
一瞬痛みを忘れ、品物を吟味すべくしゃがみ込む。かかとに負担がかかって思わずうめいた。
どのばんそうこうにするか思案する。ケアリーブ、バンドエイド、キズパワーパッド、プライベートブランド…
散々迷った挙句、ちょっとお高いバンドエイドのバラエティパックを購入した。かかとのためだけにばんそうこうを買うのがもったいなくて、ドケチにも用途が多そうなものを選んだのだ。かかとに貼れそうなものは6枚しかなかった。
駅の椅子に腰かけ、私は靴を脱ぐ。
「私は靴擦れの女、仕方がない、みんなも私には興味なんてない」とまじないのように脳内で唱え続け、なんとか裸足でばんそうこうを貼る羞恥に耐えた。
無事にばんそうこうを貼り終えて、ハイヒールを履く。さっきより痛みが和らいだ気がした。大丈夫、わたし強い子。
そう思いながら立ち上がると、先ほどよりは弱弱しい踵のヒリつきが、少し自分を大人にしたような気がした。
錯覚だった。2,3歩歩いて私は顔をゆがめる。左右に三枚ずつ貼ったばんそうこうがはがれたのだ。
「バカだ…」
そんな私を不思議そうに、通り過ぎる高校生がチラ見していた。
結論から言えば、私はGUで柔らかパンプスを購入した。何とかアルバイトはそれで持たせたものの、残念だが別の部分に水ぶくれができるという悲劇的な結末で、私の本日のお出かけは幕を閉じる。
この世の終わりかような気分で知人にこの話をすると言われた。
「靴はくときは靴下かタイツを履けよ」
その発想がなかった私は、再度「バカだ…」とうめいた。