清貧

ストーブを買う金がない
エアコンは電気代を食うからダメだ
一個89円のカップ麺をすすりながら
果たしてこれは清貧かどうかを思案する
もしも俺がうら若き乙女だったら
間違いなくそう呼べただろう
しかし実態は無精ひげのフリーター
大家が持ってきた山盛りの柿を見つめながら
明日からの主食にため息を否めない
寒さは物悲しさを連れてくる
孤独を愛してもいないし愛されてもいないのは救いなのか
来月末で今のバイトは契約が切れる
かなりきついシフトの合間に新しい職を探すのは
なかなか厳しいものがあり
俺の将来は今のところどどめ色だ
言うまでもないがこんな男を好いてくれる
聖女のような女はいるわけもなく
というか物好きな女がいるわけもなく
恋の指南書は大昔に古本屋に売っぱらった
そうしたら古本屋の主人にこれもういっぱいなんでと
突き返されたので1円にもならなかった
それ以来押し入れのどこかに眠っているはずだ
出番なんて来るはずもないのに
ヤバいバイトの時間に遅れる
こんな時に限って親から電話がかかってくる
あとで折り返すからと言う俺に
あんた仕事はどうなの恋人はできたのと
切ろうとしても切らしてくれない
だから折り返すってと強引に終わらせると
駆け足でバイト先のコンビニに向かう
ギリギリセーフだったはずなのに
店長がまた嫌味を垂れてくる
自分より弱い者にしか当たれないハゲのおっさんだ
すみません親から電話が入っちゃってと
笑顔で頭を下げると
何やらぶつぶつ言いながら奥に下がって行った
こんな職場だけど最近楽しみができたんだ
いつも同じ時間に来る黒髪の彼女
少食なのか総菜を2,3品だけ買って
こっちがありがとうございますと言う前に
笑って目を見てありがとうと言ってくれる
彼女が来る時間まで時計をちらちら窺ってしまう
何も望んじゃいない
たった30秒の逢瀬でいいんだ
ああでも俺がこのコンビニ辞めたら
彼女とも会えなくなってしまうんだな
唯一の癒しがなくなってしまうんだな
これが恋なのかどうかもわからないままに
何で自分がそんな行動をとったのかわからない
気づくとおつりの代わりに映画のチケットを差し出していた
俺来月でこのコンビニ辞めるんです
一度だけでいいから俺とデートしてくれませんか
彼女はしばし固まっていた
そしてゆっくりと手を差し出すとチケットを握った
私でよければ⋯
それからの記憶が全くない
気づくとその日がやって来ていた
俺んちストーブもないんですよ
うちにはこたつがありますよ
マジですか入りたいなあ
よければいつでもどうぞ
飛んでこい恋の指南書よ
俺に勇気と希望を分けてくれ
今なら自信を持って言える
俺は清貧だ
なぜって彼女の笑顔を見てると
心がどこまでも透きとおってゆくから

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