戦友よさらば

その愛に嫌われたような、少々乱暴なセックスも、
3ヵ月間風呂に入れないほど重篤な病状も、
全部、全部受け止められるほど、愛してた
でも、それでも、私では足りなかったのですね
救えるなんて思い上がってはいなかった
むしろ社会的にも精神的にも救われるべき側にある私が
誰かを救済することなんて、はなから不可能だったのです
カビとぬめりだらけの風呂を何度もかけて綺麗にして
熱めのお湯にあなたを強引に浸してから
私も全裸になって、あなたの体から髪からピカピカに洗い上げた日のことを
あなたは今も、覚えているでしょうか
重労働だったけれど、私は結構楽しんでいたのですよ
命の次に哀切な愛犬を洗う飼い主になったみたいで
年上のあなたに、そんな例えは、とても口には出せませんけれど
初めてアパートに招かれた時、ガーデニングしてるけど驚かないでねと
意味の分からないことをおっしゃるので黙って着いていったら
押入れの中に大量の大麻が生い茂っていたので
これは私のように荒み切った半生を送ってきた女でないと
部屋には入れられないことよなぁと、笑ってしまいました
友達以上、恋人未満
ずっと、そうだったし、精神疾患に毒されてるとは言っても
立派な大人である同士、都合がよく、そしてそれ以上に、
本気で愛し合ったりしたが最後、あの世で睦み合うことを望んでしまうと
笑顔の裏では心から一番に、恐れていることでもありました
でも病気のせいで殆ど部屋から出られないあなたに会うのは
いつもあなたの暮らす、生活保護者御用達といった風情の
オンボロアパートの角部屋で、ほぼ軟禁されているような
環境のせいでしょうか、あなたは会うと必ず私を抱いた
実は東大の大学院まで出ていて、エリートコースまっしぐらで
その見た目も、切れ長の瞳が麗しいあなたはさぞやモテたでしょうに
あなたのセックスで、私は一度もエクスタシーを得たことが
ありませんでした
捨てられていた、赤ん坊だった
施設に引き取られ、その抜群に秀でた頭脳から
特別待遇は受けてきたものの、彼には愛だけが完全に欠如していたのです
女を肉体を使って愛する術を、習得するのは脳ではありません
IQ190の彼ですら、理解することの叶わなかったもの
痛い、と思っても、私は絶対にそれを口には出さなかった
全身で感じてるふりをして、彼を喜ばすためなら何でもした
恋人未満だなんて、嘘です
私はそんなに優しくはない
彼が私を優しい人間に変えてしまうから、私には演技すら必要じゃない
この度、引っ越しをすることになりました
少々、遠くへ行きます
もう、会うこともないでしょう
でもね、あの日のこと、あなたを隅から隅まで洗いまくった日のこと、
顔射されてもなぜか全く怒る気になれなかった日のこと、
初めて青々と茂る大麻を綺麗だなぁと思った初訪問の日のこと、
全部、忘れないでいてもいいですか
あなたはアメスピをひっきりなしに吸うから
あの世に煙草屋かコンビニがあるといいですね
また、一緒に煙草を吸いましょう
夫は私より長生きしそうだから、こっそり私を抱いてもいいですよ
天国で、再び会いましょう
それまで、お元気で
友達以上、恋人以上、あなたは私の、かけがえのない、無二の戦友です

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