「シンプルさ」と「死生観」
日々の行動を「シンプル」にしていこうすると
「捨てるべきか残すべきか」の選択にせまられる
ことが出てくる場合があります。
そこには、なんらかの判断基準が必要になります。
その判断基準すら究極にシンプルにするならば
少し極端すぎるかもしれませんが、
それは「死んでしまうか?」の選択になると
私は考えています。
そのもの自体がないと死んでしまうのなら
「捨ててはいけない」
それ以外は大したことはないので
悩む必要はなく自然に任せると考えています。
「死」を意識する。
それは「死」を身近に感じ、「死」に直面する状況で
「死」を意識することで「生」を意識し始める。
だふにあは、15歳のときに、父が倒れて
初めて「死」を意識しました。
父が「死ぬかもしれないのだ」と考えたときに、
自分の周りにある「当たり前」が「当たり前ではない」
とわかり始めた。
昭和のオリンピック前は、バスが崖から落ちたり、
列車が衝突したり、船が座礁して沈むのがたびたびあり、
もっと死が近かった。
戦争で多くの人が亡くなった。
今日一日生きていたことが既に幸運であり、
それが見えた時に「感謝」が生まれ、
幸せを感じることができる。
「死生観」を持つことが「幸運」への最初の入り口なのです。
ではまた。。。。。。。