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サマーウォーズ考① 朝顔の譲渡 モロサカタカミ

はじめに


『サマーウォーズ』は今年15周年という節目を迎える。
各地でリバイバル上映が行われ、私も初めて劇場で鑑賞したが、改めてこの作品の魅力を確認できた。この作品の魅力は、デジタル空間の新しさと、田舎の大家族というノスタルジアの絶妙な融合にあると思う。特に後者に関していえば、私は健二と同様、東京の核家族で生まれ育ったが、陣内(じんのうち)家の宴会を見ると、なぜか懐かしいと思ってしまう。こうした風景を見ると、憧れを抱くと同時に、もうこの頃には戻れないのだろうな、という気分にもなる。

家族の形が多様化した現在から見ると、信州上田の旧家の物語というのは、ある種の古さや、家族のしがらみを感じさせてしまうものかもしれない。しかし、単に大家族のしがらみのみがクローズアップされる作品であるのなら、15年たった今もリバイバル上映されることはないはずだ。今回筆を執ったのは、作品を愛する一人として、物語をより深く分析することが、作品に対する恩返しではないかと思ったからである。

あいにく、私の専門は身体表象ではなく英文学であり、映画批評の用語は持ち合わせていないため、ストーリーに関する分析、特に「家族」というテーマで論じていきたいと思う。この論考では主要登場人物である栄、侘助、健二を中心に、『サマーウォーズ』で描かれる家族について、考えていきたい。前後半に分けて投稿するほど長くなってしまったが、お付き合いいただければ幸いである。

*台詞は、アニメスタイル編集部編、『サマーウォーズ 絵コンテ 細田守』、メディアパルからの引用で、()内はその台詞が書かれてあるページ数となっています。


1.「絆」の象徴としての栄

もうひとりの主人公


この物語には二人の主人公がいる。一人はいわずもがな、高校生の小磯健二である。そして、もうひとりの主人公が、陣内家16代目当主の陣内栄である。絵コンテにも、栄は「本篇のもう1人の主人公」(47)と記されている。夏希や佳主馬ではなく、齢90に近い陣内家の当主である栄が、もう一人の主人公であるのはなぜだろうか。その理由は、『サマーウォーズ』が家族の物語だからだろう。普通の作品であれば、ティーンエージャーの成長がメインになるが、この作品では個人の成長よりも、「人と人とのつながり」に焦点が当たっている。だとした場合、一家を束ねる大黒柱であり、「絆」の象徴とも言うべき存在の栄が、もう一人の主人公であることは納得がいく。

一家の当主であり、「絆」の象徴である栄について深く知るためには、まず陣内家がどのような一族なのか考える必要があるだろう。陣内家は、先祖の墓が室町時代からあり、武田氏の家臣として活躍するも、武田氏滅亡によって上田に移り住み、明治になって始めた生糸商が成功して繁栄するも、陣内徳衛(栄の夫)の浪費癖が原因で、山も問屋も工場もすべて失うという、激動の歴史を歩んでいる。

陣内家が生糸で財を成したというのは興味深い。製糸業は、富岡製糸場に代表されるように、日本の近代化において重要な役割を占めた産業の一つであり、生糸は明治大正期においては、日本の主要な外貨獲得源だった。武田氏の家臣として徳川軍と戦って負けた陣内家は、200年の時を経て、近代日本の発展に尽力したのだ。しかし1929年の世界大恐慌により、生糸の価格は暴落し、第二次大戦後は日本の絹生産は衰退している。徳衛の浪費癖が無くても、陣内家は危機的な状況にあったはずだ。大正9年(1920年)生まれの栄は、世界恐慌を幼い時に経験し、25歳で敗戦を迎えるという激動の時代を生きてきた。

そんな栄が一家の衰退を食い止めるために頼ったのが「人と人とのつながり」だったのだろう。栄の部屋にある手紙の束や、手帳に記された連絡先は、栄の権力の証であるとともに、交流の歴史でもある。人と人とが協力して問題に取り組むことの重要性は、この物語でも度々描かれており、逆に自己中心的な態度はこの作品では否定的に描かれているといえる。

栄は、浪費家で性的にも放埓な当主である夫の代わりに家を取り仕切り、妾の子である侘助までも、立派に育て上げた。しかし、その侘助も10年前に一族の資産を持ち逃げしてアメリカに渡るという、「勝手な」振る舞いをしている。こうしたエピソードからも陣内家が女系家族になった理由の片鱗が窺える。家族や土地を守ろうとせず、外に向かう男性よりも、栄をはじめ、堅実に家を守ろうとする女性陣の方が、家長にふさわしいと言えるだろう。それは栄の功績が大きかったに違いない。

世間の重視


陣内家は財政面では切迫しているが、先祖代々の土地を守ってきた地方地主であり、旧家としてのプライドを維持している一族だと言える。OZというインターネット世界のトラブルを我がごととして考えて、問題解決に当たるという姿勢自体が、ノブレスオブリージュの考えを持つ権力者の姿勢であるといえる。しかし、そうした世間に目を向ける姿勢が、かえって栄や陣内家が世間の目を気にする存在であることを明らかにしている。

養子である侘助が、今回の騒動の原因をつくったAIの開発者であったことが本人の口から語られると、万作の長男である頼彦は「今日どれだけの人が被害に逢った? どれだけ世間様に迷惑をかけた?」(239)と詰め寄る。栄は薙刀を持って侘助に「侘助。今ここで死ね」(247)と告げるが、ここも命より名誉を重んじる武家の価値観があらわれており、漱石が言うところの「ロマンチックの道徳」観であると言える。一族の長である栄にとって、身内がしでかした今回の騒動は、世が世なら切腹をしなければならない程の恥かもしれない。栄の死は、「世間様」に迷惑をかけたことに対する償いと捉えることもできる。西洋史研究者の阿部謹也は、身内が不祥事を起こした家族が、不祥事と何の関係もないのに世間の目を憚って生きざるを得ないのは、日本に「ケガレ」の観念が残ってるからだと述べている(19-20)。侘助が自分はただの開発者だと言っても、その理屈は「世間」では通じない。もともとが妾の子であり、周縁的な存在であった侘助は、今回の騒動で完全に外の、「ケガレ」の存在となってしまったといえ、栄に認められようとした行為が、かえって栄の死期を早めるという皮肉なすれ違いが起きてしまっている。

しかも、そのAIの開発には、陣内家の資産が使われており、間接的に陣内家はAIの暴走に力を貸してしまっている。世間を重視する陣内家にとって、侘助の存在は到底受け入れられる存在ではなく、恥や世間の目を意識する陣内家は、日本的な価値観が根付いた家族だとみなせる。

斜陽の陣内家


AI開発は、栄に恩返しをしたいという侘助の気持ちの表れだが、その背景には陣内家の財政的な逼迫があった。しかし実は財政面だけでなく、後継ぎの問題でも陣内家は危機的な状況にあると言える。その点について、公式サイトにあった陣内家の家系図を見ながら確認していきたい。


陣内家家系図 公式サイトより

栄の長女であり、本家である万里子には理一と理香の二人の子どもがいるが、理香は独身主義を貫くと宣言しており、理一の子も作中に登場しない(恐らくいない)。女系家族の伝統、本家の血筋を重視するのであれば、少なくとも理香の代に途絶えてしまうことが示唆される。

朝顔の譲渡


であるならば、誰かほかの女性を次の当主にする必要がある。白羽の矢が立ったのが夏希である。夏希は彼氏を連れてきたお祝いに、栄から陣内家の象徴とも言うべき朝顔柄の浴衣を渡されている。生糸で栄えたという話も併せて考えると、この贈り物は単なる結婚の祝い品ではなく、栄から夏希への、権力の譲渡をも含意していると言える。

本家は、後継ぎとなる人物がおらず、分家の人間も一家を束ねるだけのカリスマ性を持つ人間は少ないように思われる。家系図を見ると、夏希は栄の長男の孫にあたる。夏希の母である雪子も当主の候補ではあるが、彼女は栄の死に際に立ち会えず、渋滞に巻き込まれても、おっとりと、「いつ着くか分かんないな~」と万里子に述べており、冠婚葬祭に出席するか不明な雪子よりも、早くから栄の元を訪れて、仮とはいえ彼氏を連れてきた夏希の方を当主候補にすることは不思議ではないだろう。他にも陣内家には女性がいるが、本家との距離や、性格を考えた場合、夏希が最も適当な後継ぎだと言える。

一方で、夏希の名字は篠原であり、健二と同じく首都圏に住む都会の人間である。夏希への権力の移行は、地域主義と政財界への繋がりという陣内家の特徴のうち、地域主義的な面が抜け落ちることを意味する。万里子が存命中は、栄と同じように本家が中心となるだろうが、そのような本家/分家といった枠組み自体が、現実の流れと同様に、今後は解体されていくのではないだろうか。小惑星探査機「あらわし」によって陣内家の屋敷が半壊したのも、伝統的な家族体制の崩壊とも見なせる。いずれにしろ、時代の変化と共に家族の形は変わらざるを得ず、陣内家はこれからよりフラットな関係に移っていくと推測できる。栄から夏希への権力の譲渡は、陣内家の体制を内側から変える結果をもたらしたと言えるだろう。

2. 個人主義者である侘助

「親子」のすれ違い

次に、侘助について考えていきたい。本家の養子であり、ラブマシーン事件の原因であり、日本とアメリカを行き来する侘助は、その存在も行動も、トリックスター的なものであるといえる。個人的には作中最も多面的なキャラクターであるように思う。侘助は、財政的にひっ迫する陣内家の状況を見て、アメリカに渡り、ラブマシーンの研究を進めていた。米軍にラブマシーンを売却し、莫大な資産を手に入れた侘助は、栄に認めてもらおうと陣内家に帰ってくる。新約聖書の「放蕩息子の帰還」ではないが、侘助は栄に対し、いつもの皮肉な態度とはうって変わり、これまでのことを謝罪し、子どものような顔つきで「母」の承認を求める。

今、米軍から正式なオファーがあった。ジジイが生きてた頃以上の大金がこの家に入るんだぜ? これもばあちゃんのおかげさ。なんたって、ばあちゃんにもらった金のおかげで独自開発できたんだから (243)

経済的な成功者となり、故郷に錦の御旗を持ち帰ったつもりの侘助だったが、その想いとは裏腹に、「世間」である陣内家からは反発を食らう。世間に迷惑をかけたAIの開発者が身内から出たということは、一族全体の不名誉につながる。「世間」の論理で動く陣内家に、個人主義者の侘助が馴染めないのも無理はない。しかし、侘助にとっては陣内家こそが帰る場所なのだ。栄に「今ここで死ね」と言われると、侘助は「帰って来るんじゃなかった」(248)と呟く。栄自身もそのあとに、「身内がしでかした間違いは、身内でカタをつけるよ!!」(249)と家族に宣言する。この場面、二人の対立が鮮明になってはいるが、侘助が家族の一員という認識は両者に共通している。本当に決別するならば、「どっかで野垂れ死ね」とか、「もうお前は家族じゃない」と言えばいいが、「つながり」は維持されている。

夏希の活躍によって彼は再び家族に迎えられる。彼の存在は、その名前が暗示するように、栄に詫びることで家族から迎え入れられる。しかし、最後のシーン、栄の誕生日兼葬式で侘助は姿を見せない。先ほどケガレについて言及したが、これは、侘助の罪が完全には許されていないことを示している。冠婚葬祭という最も世間を意識する場においては、ケガレが完全には消えていないことを表しているとも考えられる。

また、アメリカ帰りである侘助が作り上げたAIが、アメリカ国防省に売られ、一連の騒動を引き起こすという一連の流れを考えると、アメリカ=個人主義=経済発展が、日本=地域主義=世間と対比されているのが分かる。その点でも侘助は中間的な存在だと言える。彼はアメリカ的な物質主義者である一方、AIの開発はあくまで家族に貢献するためであり、家族、とりわけ栄に対する承認を欲していた。しかしその方法は、先祖代々の土地を売却して得た資金でAI開発を進め、結果的に世界中を混乱に貶める結果を招いた。栄の怒りを買うのは必然であったといえる。

個人から家族へ


この映画では、個人の限界がよく描かれる。栄の遺言でも、「いちばんいけないのは、おなかがすいていることと、1人でいることだから」(404)とあり、個人を家族や世間のなかに内包しようとする力がこの作品では働いているといえる。キングカズマは一人でラブマシーンに挑んだ結果敗北し、AI開発者として莫大な富を得た侘助も、家族からは冷遇される。アメリカ映画であれば、両者は称賛される存在になったかもしれない。

健二や夏希の活躍も、彼ら個人の能力に注目が集まる一方で、後ろで支える家族の存在がやはり大きい。家族の繋がりを比較的肯定的に描いているが、一方で個人の活躍を家族が妨害する場面も散見される。たとえば最初のラブマシーンとの戦闘では、キングカズマは真悟と祐平ら子どもたちによって邪魔をされているし、二回目の戦闘でも翔太が冷却用の氷を持ち出したことで、ラブマシーンに敗北してしまう。優秀な人間が必ずしも報われるわけではないことは、世間を見ればわかる。世間の論理で行けば、食卓を共にせず、一人の世界に閉じこもる佳主馬の姿勢は、侘助ほどの逸脱ではないにしろ、褒められるものではない。栄の遺言にあるように、この物語では一人でいることは良しとされていない。必ずみなで食卓を囲むことが求められる。もし、真に個人として生きていきたいのであれば、地域共同体から、日本から出るしかない。侘助の渡米は、陣内家のしがらみから逃れる目的もあったのではないだろうか。

侘助と栄 スタジオ地図Xより

そう考えると、ラブマシーンとの最終決戦前、皆で決戦前の円陣のように、円卓を囲んで食事をするシーンは、象徴的だろう。これまで食事に参加しなかった佳主馬と侘助も食事を共にし、陣内家の価値観を皆で共有している。家族それぞれが自分のやるべきことに全力で当たり、「家族」という単位で動いている。また、夏希にアカウントを付与してくれた人々は、絵コンテ集には、「大家族たち」と書かれている(433-437)。ここでも家族が単位になっていることがわかる。一人の天才の努力ではなく、皆の協力で物事を成し遂げるというのは、日本の漫画やアニメでよくみられる展開である。『サマーウォーズ』の場合、インターネットという個人同士の空間と、昔ながらの家族を対比させ、どちらも重要なつながりとして描いている点が、今になっても人気が衰えない理由の一つだろう。

参照サイト:
https://s-wars.jp/ (閲覧日 9月20日)

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