たかたんの愛着障害の考察
ほっこり応援団たかたんです。
半年前ぐらいかな、愛着障害ってワードにすごく過敏に反応して、障害なんだ、脱しなきゃって右往左往してた時期がありました。
現在はというと、ボウルビィが愛着障害って概念作ったけど、しょせん概念で、別に診断名つけられるわけないし、大人になって、子供時代の愛着もらえなかったことを悔やんでも過去は変えられないしもないし、今どうやって自分を変えるかだよね、っていう考えに行き着きました。
個人的に思うんです。愛着って、そりゃ赤ちゃんの頃に得られたほうがよかったけど、愛着がなくても、発達心理学的に言う、成長段階の心理的成長はするし、41歳になっても、安全基地的な人がいれば、愛着ってその人に感じるし(かよたんですが)、それを感じたら人を愛おしくも思うし親しみも感じるし、なんだか愛着障害って言葉どうでもよくなってきたなって。
愛着障害って、教えられてきてないから、体感してないから、人とのファーストコンタクトのときに距離感すごく近いとか、誰にでも愛されると思ってるとか、試したがり行動するとかもあると思います。
大人になって一つ一つの問題行動を、それを起こすときに、自分の心理機序、心と感情の働きを見て、なるほど、この出来事に起因して、こういう感情になって、こう行動してしまうわけだ!と気づきます。
しかも、他の人の愛着障害の問題行動を実際に感じたら、反面教師として、自分こんな行動してたんだ!恐ろしいってなります。
誰にでもファーストコンタクト距離感近い人だったら、周りに初対面で馴れ馴れしくしてくる人がいたら、この人、グイグイ来るなあ、なんか不快感。自分もこんな感じだったのか、ショックー、治さなきゃ。って感じたり。
知識として、人間は初対面の人には心開きにくいのに、いきなり距離を詰めようとする人は、なにか利用しようとしてきそう、もしくは心理的に問題を抱えてると思われる、とりあえず不快感与えるんだな。と知っておく。
愛着障害の問題行動を体感する+どういう問題なのか知っておく+パートナーなどに安全基地になってもらって意見とか傷つかないように聞いたり傷ついたらハグして慰めてもらって愛着を感じる
この3つで、愛着障害が気にならなくなるところまで行くんじゃないかなって個人的には思います。
なんか大人の愛着障害って不治の病と思ってましたけど、意外と生きやすくなるんだなって思いました。