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わたしだけの道をいく。

疎遠になっていた大学時代の友人をFacebook上で見かけた。
露出度の高い服でイケイケの風貌をした顔写真と、
勤務先に行政書士事務所が書かれていた。

ああ、なんだか成功したんだな。

最後にあったときは、生保レディをしながら
ドロドロの不倫をしていて、
仕事も私生活も大変そうだったから
落ち着くところにちゃんと落ち着いたんだなと思った。

安堵した自分がいた。

そして、それを全く羨ましく思わない自分にも驚いた。
自分はそういう生き方をしたいと思っていないことに気づいた。

進路が断たれた時に、何度かわたしも文系でこれまでの学力を活かして
資格を取るなら「行政書士」はどうだろうと頭をよぎったことがあった。

でも、そちらにはいかなかった。

前回の記事にも書いたけれど、わたしがずっとやってきたことは
暮らしを大切にすることだった。

仕事で成果を出したり、容姿を磨いたり、資格を取ったり。
社会的に認められる働きをすることはできなかったけれど、
病気と闘う中で自分の人生や暮らしをみつめて

より自分にあった生き方、心地よい暮らしを選び取ってきた。

そうして、病気で苦しんでいる時間を除けば
わたしはいまの生活に大変満足している。

一番は夫と出会えたことが大きい。
彼との出会いでわたしの人生は救われた。

幼少期お金で苦労した彼から、お金に代えられない大切なものを沢山教わったし、ほんとうの善意が何なのかを考えさせられた。

そして、子どもとの日々のやりとりが
幼少期に味わえなかった感情を再体験し、
これまでの傷を癒し、沢山の学びを与えてくれている。

1人の時間自分と向き合う中で、得意なものや好きなものをみつめて
出来ることを積み重ねている。

頭の中がよりシンプルにクリアになり、
無駄なものが取り払われ
本当に必要なものだけが残る。

そういうことにこの数年で気づけて良かった。

旧友と自分を比べた時に、
自分が得てきたものが浮き出てきて
それに感謝する気持ちが持てた。

わたしはわたしで良かったと思えた。
苦しんで悩んだことは決して無駄ではなかったのだと思えた。

人にはそれぞれに道があって、
その人にしか出来ない生き方があるのだと思う。

それに気づいて、自分の道を生きることが幸せに近づく一歩になる。

何も成せてないと思った自分の人生に
不思議と誇りを持てた瞬間だった。

彼女が必要で大切だと思ったものと、
わたしが必要で大切だと思ったものは
きっと全く違っていたのだ。





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こう
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