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「今さら知りたい男女7人」第56回 桃子が取り間違えた買い物袋(秋8話)

「今さら知りたい男女7人」 さて、今回はまだ続く秋8話「妊娠」より、良介と桃子がザ・プライム川崎でお茶をしたあとの続きからネタを取り上げます。

秋8話「妊娠」より。
前回(第55回)取り上げたように、ザ・プライム川崎2階でお茶をする2人

56-1 ザ・プライム川崎でお茶をしますが・・
56-2 美樹とのデートの邪魔になるからと早々と桃子は帰ります
56-3 ところが桃子は買い物袋を間違えて持ち帰っていて、良介の買い物袋から桃子が買った女物のトレーナーが出てきます
56-4  同じ頃、桃子も自分が買い物袋を間違えて持って帰ってきたことに気付きます

さて、今回はこの取り間違えた買い物服をを取り上げます。つまり、赤枠で囲ってる買い物袋ですね。

56-5 買い物袋1
56-6  買い物袋2
56-7 買い物袋3

こちらの紙袋は川崎にあるさいか屋の買い物袋となります。56-7、56-8のカットではっきりわかります。

56-8 ブレていますが「夜7時まで営業 川崎さいか屋」の文字があるのがわかります

さいか屋は横須賀発祥、川崎、藤沢など神奈川中心に展開しているデパートです。

では、さいか屋で良介、桃子は何を買ったのでしょうか?

56-9 良介が買った物を手にする桃子

ホットキャロットでの良介のセリフによるとトレーナー、靴下、パンツ

56-10 トレーナー以外にも買い物袋から出てきた日用品

セリフにはありませんがそのほかに、歯ブラシ、歯磨き粉、髭剃り関連(※1)などの日用品のようです。

56-11 良介の持ち帰った袋からは桃子の買い物品が・・

桃子はトレーナーと・・ 美樹が右手に持ってる物は何でしょうね? 

さて、当時の川崎さいか屋があった場所ですが、住所は川崎市川崎区小川町1-1となります。

このさいか屋とチネチッタは背中あわせで建っていて近いんですね。なので、さいか屋で買い物したあとチネチッタへ向かったというのはわりと自然な感じがします。

一方でさいか屋で買い物するシーンはなく、買い物袋についてことさらフォーカスしたカットもないので、何もこのシーンわざわざ「さいか屋の買い物袋」を用意しなくても・・? 何か適当な買い物袋を2つ用意してもよかったわけで、そこをわざわざ「さいか屋の買い物袋」にしたことにスタッフのちょっとしたこだわりを感じます(※2)。

この川崎さいか屋ですが、放映当時小川町にあったものは2015年5月末を持って閉館となりました。建物は取り壊され、現在は川崎ゼロゲートという新しい商業施設に生まれ変わっています。
なお、川崎さいか屋は川崎日航ホテル3階に場所を変えて営業されています。

56-12 かつての川崎さいか屋

さて、ここからが本題・・・本題ではなくおまけですね・・・ ドラマからはいささか脱線しますが、当時の川崎駅東口の商業施設について触れていきます。

というのも、今回取り上げたさいか屋(の買い物袋)、「秋物語」の舞台であるアゼリア、チネチッタを含む川崎駅東口の商業地帯は戦後の混乱期からスタートし、1987年の直後に(箱としては)ほぼ現在と変わらぬ姿になりました。「秋物語」はそんな節目の時期に川崎を舞台として放映されたと思ったからです。

どういうことか? 見ていきます。

まずは戦後からの川崎駅東口の商業施設のざっくりとした歴史(※3)

~太平洋戦争時の空襲で川崎駅前は焼け野原となる~

1945年11月  川崎銀星座(映画館)が再開される
      
~戦後混乱期のこの時代、映画は大衆娯楽として大いに賑わったとされますが特に川崎の映画街は人を集めたと言われています~

1948年 川崎銀星座に続き、復興を遂げた劇場群が川崎映画街となる

1949年 川崎駅前の商店通り 川崎銀座街、川崎銀柳街が商店街として名乗りを上げる

1951年 小美屋が川崎駅前に出店。後年、岡田屋、さいか屋が進出してくるまで川崎市唯一の百貨店であったとのこと

1955年 岡田屋が百貨店として本格稼働
1956年 さいか屋が川崎駅前に出店
1958年 川崎駅直結の駅ビルかわさきが開業

~こうして昭和30年から40年代にかけて川崎駅前に小美屋、岡田屋、さいか屋の大型百貨店が軒を連ねることとなります~

1968年 映画街が改称され、映画、ボウリング、スポーツ施設、ダンスホールなどを備えたレジャー施設 「ミスタウン」となる

1980年 岡田屋が岡田屋モアーズとしてリニューアル。百貨店から専門店を誘致したショッピングセンターに業態転換

1985年 小美屋が百貨店連合の直営になったことから、ダックシティ小美屋川崎店と屋号を変更

1986年7月   「男女7人夏物語」放映開始
   10月  川崎駅前地下街アゼリア開業

1987年7月   チネチッタ開業。チネチッタはシネコンの先駆けと言われる
   10月  「男女7人秋物語」放映開始

1988年3月   川崎ルフロン開業。西武、丸井が川崎駅前に進出
   7月   川崎BE開業(駅ビルかわさきからのリニューアル)

では、「秋物語」当時の川崎駅東口の商業施設のざっくりとした位置関係です。

駅ビルかわさき
川崎駅直結の駅ビル。「秋物語」放映の翌年「川崎BE」としてリニューアル。また、2012年にもリニューアルを行い、現在は「アトレ川崎」となり営業中

アゼリア
1986年開業の川崎駅前の地下街。「秋物語」の舞台の1つ。現在も元気に営業中

ダックシティ小美屋川崎
旧小美屋デパート 1996年に閉店し、その後川崎DICEとして生まれ変わる

岡田屋モアーズ
百貨店の岡田屋が80年代にショッピングセンター化したお店。現在も元気に営業中

川崎さいか屋   
「秋物語」放映当時川崎駅前に唯一残っていた百貨店。先に書いたように当時あったお店は2015年をもって閉館。旧店舗跡地は川崎ゼロゲートという新しい商業施設となっている

川崎ルフロン
「秋物語」の翌年、西武、丸井を迎え入れて開業。ただし、その後西武、丸井は撤退し、現在はヨドバシカメラを中核としたショッピングセンターとなっている

チネチッタ
映画館を軸に、各種スポーツ、エンターテインメント施設を展開していたミスタウンが発展リニューアルという形で「秋物語」放映直前に開業。現在のシネコンの先駆けと言われる。2003年には大規模再リニューアルを行いラ チッタデッラとなり現在に至る

川崎銀座街
川崎駅前の商店街の1つ。京急川崎駅前からスタートするL字型の商店街

川崎銀柳街
新川通りと市役所通りを結んでいるアーケード商店街。京急川崎駅から映画街に流れる人の流れからこの2つの商店街ができる下地になったともいわれる

こうしてみると、川崎駅東口は戦後の焼け野原から、まず、映画館と商店街が立ち上がり、その後、百貨店が複数進出するなどして大きな商圏が出来上がったようです。

そして、80年代に入り老舗百貨店に元気がなくなりはじめる一方、新しい施設として、アゼリア、ルフロンが開業、チネチッタが新しい映画館のスタイルを提示したというのがちょうど「秋物語」の放映時期となります。

そしてこのアゼリア、ルフロンというピースがはまったあと、川崎駅東口の商業施設はソフト(中味)はさまざまに変わりつつも、ハード(箱)は大きく変わらずに現代に至っているというわけです。

つまり、ちょっと大げさな言い方をすれば、戦後80年を迎えている現代から見て、その中間地点たる戦後40年の時期に川崎駅東口はハード(箱)の開発を終えた・・ そしてその時代に「秋物語」は川崎を舞台として放映された。

それって、単なる偶然なんですが、こうして時代を俯瞰してみたときそんな節目の時期に「秋物語」が放映されているというのは個人的にはなかなかおもしろく感じます。

おそらく制作側はロケ地選定の際に、「アゼリア、チネチッタと新しい施設が次々出きているから、(川崎が)いいんじゃないか?」みたいな話が出たんじゃないでしょうか?

そして、それは長い期間を振り返ってみると、川崎駅東口に商業施設が出揃った・・ つまり、ある種の完成の時期を迎えた・・・(あとは基本的にスクラップ&ビルドを繰り返している)。

こじつけ感ありますが、放映から35年以上経っているからこその見え方とも言えるかなと思います。

もちろんだからといって「秋物語」の見え方が変わってくるとは思いませんが、時代背景と「男女7人」との係わり合いというのも私の中でテーマの1つとなってきているので、ちょっと駄文を投稿してみました。

なお、川崎駅の商業施設としてはいまや顔ともいうべきラゾーナ川崎が川崎駅西口に開業したのは「秋物語」放映から約20年後の2006年。ドラマとは関係なく、東口の成り立ちとの関係性も少ないと思いますので除外してます。ラゾーナファンの方がいたらなんかすいません・・

以上です。
こちらの連載は週一回 金曜の夜か、土曜の朝に更新しています。よかったらまた見に来てください。では、では。

※1 脚本に記述あり

※2 脚本では「近くのデパート」という表記のみ
ただ、近くのデパートということを考えると当時デパートはさいか屋のみですから、そこにしたということも考えられ、そうするとむしろスタッフは脚本に従っただけでむしろ何も考えていなかった可能性も・・w

※3 ネットで散見された情報をまとめただけのものですので、若干正確さに欠けるかもしれません。

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