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香港から見るこの世界【1】変わりゆく香港と世界

香港に住み始めて24年。
変わりゆく香港から世界を俯瞰する。

日本を飛び出し、香港という縁もゆかりもなかった地で住み続ける筆者が、これまでの日々のことや、今の生活、そしてこれからの未来予測を独自の視点で書き記します。

このトピックは、日々変わゆく世の中の情勢や自分の中で思いつく瞬間は、ひとまとめにできないため、今書いているこのエッセイをベースに、生活や文化だけでなく、政治や経済はたまた教育など、今後は私なりの考察をシリーズ化して行こうと思っています。
読んで下さる方、応援の方よろしくお願いいたします。

香港との出会い

アパレル商社で働き、出張で初めて香港を訪れたのは、ちょうど世の中はミレニアムで沸いていた時代、2000年の3月だったと思います。幼少期にアメリカで2年近く住み、そして大学時代の留学先も同じくアメリカで過ごした私にとって、海外と言えば西洋のイメージが強く、正直アジアには興味がありませでした。そんな私を根底から変えた街。それが香港でした。
初めて訪れた香港。1997年に開港した巨大な空港からホテルに向かう電車とタクシーの車窓から目に飛び込んでくる景色。ただ「すごい」。そのような、感動に近い印象を持ったことをはっきりと覚えています。

当時の香港は本当にキラキラ輝いていました。早朝から大きな声で朝ごはんを食べる老若男女がいました。通勤であふれる人の波に吸い込まれていく若者たち。夜には光輝くネオン看板の下を、日本では考えられない高級車や2階建てバスがあちこちに走っています。アジアベースながら、多様な人種がミックスされながらも、絶妙な調和で一日中休まることのない活気がそこにありました。

折しも、その頃日本は「失われた10年」というもの寂しいフレーズで、人々の自信が徐々に減退し始めていた時期です。

私が感じた香港の魅力

バブル崩壊から「失われた10年」の日本。そしてイギリスの植民地という立場から、新生「中国香港」としてまさに大国である中国をバックに付け、8年後に控えたオリンピックを目指して再スタートを始めた香港。
勢いは歴然としていました。

特に出張で日本から香港へ移動する際、たった数時間なのに、飛行機から降り立った瞬間からがらっと変わる日本と香港の空気感の違いは常に驚かされました。その違いの最たるものは、人の眼差しです。バブル崩壊後に社会に出た私にとって、日本で街ゆく人々の表情は、どことなく暗く、半ばあきらめたような眼差しをした人が多かったように思います。まずもって人の眼力や表情力というのはこれほどまでに熱気と活気を作るものなのかを私は恐らく社会人として初めて実感したと思います。当時、韓国や中国、タイや台湾をビジネスで行き来していましたが、結局どの国に行っても明らかに日本よりもアジア各国の方が活気がありました。
ただその中でも私が一番魅力を感じ、最終的に移住までたどり着いた香港の魅力。数えだすときりがありませんが、一番のところは「何でも受け入れる」ことだったのではないかと思います。
香港というところは、もちろん犯罪や、その企てには非常に厳しく取り締まられます。しかしそれ以外は、何でもトライしていいですよという懐の深さがありました。

変わり、傷ついた香港

あれから四半世紀という長い年月が経ちました。あっという言う間とも言えますし、これまでのひとつひとつの道のりを思い浮かべると、長かったとも感じます。
その香港が、本格的に変わりだすのは、やはり2014年の雨傘運動の頃からだと思います。
ただ、まだその時点では、そこまで差し迫った変化を感じることは無く、どちらかというと日々の仕事にかき消され、肌感覚では、気が付けば時間が過ぎて行ったという程度でした。
しかし本格的かつ、差し迫った変化は2019年に現れました。まさに最終的に暴動そして大量逮捕にまで至った民主化運動です。そしてその後のコロナ規制は、香港を大きく決定的に変え、それまでの香港にあったものが、なくなってしまったと言っても過言ではないくらいの変貌ぶりでした。その考察はこれからのNoteで語って行きますが、今でもその爪痕は深く、影響は香港全体に広がっています。
奇しくも、今の香港は20数年前に感じたあの時の日本の雰囲気に似ているような気がします。
特に最近、街ゆく人の眼差しが薄れたのを感じます。
激しいインフレに加え人手不足にも見舞われ、以前では考えられなかった「シャッター街」も多くの場所で見られるようになりました。
理由はいくつも挙げられます。それはまたシリーズで少しずつ書き記して行きたいと思います。

香港と「今」を乗り越える。

香港よ頑張ろう。自分もあなたが負っている傷とよく似た状況で、決して他人事ではないけれど頑張ってるよ。歴史に翻弄され、それでも独自の存在感を作ってきた香港は、形は変われど、きっとまた輝く未来があると信じています。
愛する我が家、香港加油。





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