どんな出会いも突然に
今回は少し雰囲気を変えて、
最近出会った素敵な本についてお話しをさせてもらおうと。
おそらく、自分は本を読むのが好きな部類に入るのだと思う。
といっても趣味に走りがちなので、有名な方の本を読んだりしているのかと言われたらそんなことはない。
まして恋愛小説などはほとんど読まない。
そんな中、今回はご縁もあり林伸次さんの本を拝読した。
一つ一つの話が終わる度に、なんとも言えない余韻が残る。
短くはあるものの、幾つもの本を読み終わった様なこの満足感が醒めてしまう前に、感じた事をまとめていこうと思う。
恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。
胸がきゅうとなるようなこのタイトルを理解するより先に、
本の表紙がとても目を引いた。
全体的にぼやけたピントと淡い色調、なんと切なさのある本だと。
そして表紙の題を見て納得の装丁だった。
ページをめくっていくと波に流されるように自然に一気に本を読み切った。
その日に店内で流す曲と、お客様の飲まれるもの、
お客様自身の話の全てが呼応していて、どれが抜けていても一話読後のこの気持ちにはなれないのだろう。
第一話目のお客様がキールを口にしたタイミングで発せられた一言。
この言葉に心奪われた。
「恋には四季があるって存知ですか?」
美しい表現だと本を読んで久しぶりに感じた感覚。
小学生の頃に夢中になった作家以来の衝撃だった。
だけれどその表現は本当に的確だと思う。
まだ恋人になるかならないか、片思いの息苦しくも楽しい春。
晴れて恋人になった後の、相手を考え居ても立っても居られない高揚の夏。
以前までの激情が薄れ距離があき、相手への相違か悲しみを感じ始める秋。
別れに向かって、無関心もしくは苦しみを抱えていく冬。
まさにその通りだと思った。
とても分かりやすく、それでいて繊細で美しい。
この様な美しい話がオムニバス方式で次々と、バーという小さな箱の中で描かれていく。
恋を追いかける者と秘密にする者
本を何周か終えた後、心に残った話が2つあった。
前半に綴られている、『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』の曲とともに紹介されるラムを飲む女性の話。
彼女は既婚だが、未婚の15歳年下の男性を好きになった。
共に出かけた先でお互いの気持ちを伝えあう事で、彼女は離婚を心に決めた。
また、後半の『ナッシング・トゥ・ルース』を聞きながらリースリングを飲まれる女性の話。
双方とも既婚ではあるものの、どちらとも相性の良さに運命を感じた。
しかし結局、お互いの家庭を壊す事は本意ではないと、
悔いの残らないよう一年中のイベントを過ごした後
元の生活に戻る女性の話。
一見、後者のリースリングの女性は恋を諦めて家庭に戻っていく、
そんな少し切ない話のように思っていた。
一年のイベントを共に過ごした後、それがお互いのためであると
唐突に訪れた別れの冬を良い思い出として抱えて生きていく。
対照に前者のラムの女性は、
想いの通じたそ若い男性とは最後別れるだろう事、
最終的には彼が手に入らない事を理解しつつも旦那との別れを決意する。
今の夏が終わる事を理解しながら冬を目指していく、
正に目の前の恋に生きるのである。
ただ何度か読んでいくと
リースリングの彼女の行動は諦めのお話ではなくて、
ある意味前者の女性と同様、一生この恋を引きずっているのではないかと感じた。
彼女は自分が死ぬ時にもう二度と会えない彼を思い出すのだろう、というのだ。
死に際にまで思い出すと言うことができる程の深い想いがある相手を、
果たして本当に死ぬ間際だけに思い出すものなのだろうか。
それ程の感情なら、日常の本当にふとした瞬間に、
必ず溢れ出てくるのではないかと思ってしまう。
自分は以前一緒に出掛けた場所や食べたものを見たり、
香りや雰囲気なんかで、当時の記憶を簡単に鮮明に思い出してしまう質だから余計に。
ましてや彼女は、
相手の男性も同じ想いで別れている事を理解しているからこそ、
余計に淡い両片思いのままの春が心のどこかでちらついてしまうと思う。
正直これはただの邪推かもしれない。
それでも、こんな恋の残し方もるものなのだなだと、綺麗な方法だなと感じた。
ラムの彼女は今後の事など気にかけないフリをして、脇目も降らず胸を焦がす熱さや苦しみを、自ら抱きしめにゆく恋。
一方リースリングの彼女は、もう二度とその熱に直接触れられない事を承知で宝物の様に胸に秘めて、
たまに取り出してその時の激情を大切に大切に保管していく恋。
様々な考え方と手法とで、各々の恋の形がある。
久々に会った友人と話す内容が次第に恋愛の話に移行していく事も、
これだけ千差万別の考え方があるのなら納得で、
恋の話題が尽きない事も当然なのだと改めて感じるのだった。
そして改めて恋は素晴らしいものだと感じた。
痛みや苦しみを与えながらも生きるための活力を与えてくれる。
いい意味でも悪い意味でも、それと距離をおいていた自分からすると、久々の胸がときめく感覚だったのだと思う。
どんな出会いも突然に
そもそも林さんとの出会いは、店主に誘ってもらったことが始まりである。
bar bossaは普段は日中の営業を行わない。
しかし、お盆の時期に合わせて二日間ほど日中の営業も行うと告知があったそうだ。
店主の御家族に加わり従業員である自分が参加して良いものかと悩んだものの、店主がとても尊敬する方だと以前より聞いていた事もあり、今回参加させてもらったのだ。
折角そんな方とお会いできるのだからと、いくつか記事を読ませて頂いた。
何と読みやすい文章だろうと印象だった。
理解しやすい様に書かれた文章なのだろうという事はもちろんだが、
言葉に棘がない感じというか、文章らしい硬さがないというか、
水の様にすっと入って馴染んでいくというか。
感覚で生きている自分としては、共感を得ながら表現するのは難儀で、
とても言葉には言い表せないのだが、何とも言えない心地の良さを感じていた。
そして多分、この方自身も柔らか雰囲気をお持ちなのだろうと考えていたら
まさにその通りの方であった。
物腰が柔らかで、やはり言葉遣いが丁寧。
バーでは客は話をしたくなるものだと言われるが
自分は語るというより逆に話を聞かせて頂きたい、
そんな雰囲気を持つ方であった。
渋谷は正直近い場所ではない。
それでもまたぜひ立ち寄らせて頂きたいと考えさせられる、不思議な、でも優しい空間だった。
そしてこの本も、久しぶりに焦らす様な甘酸っぱい春を経験したいと、そう思わせるには十分すぎる本だった。