家具職人、木工を志す人に伝えたい、たった一つのこと 第六話
今回はいつものハンドパンの話ではなく、私のもう一つの職業である木工について、どうしても書いておきたいことがある。
先日、とあるブログを読み、あまりの内容に思わず息が止まりそうになった。
そのブログの書き手は、大学を出たばかりの女性で、仮にAさんとさせていただく。
Aさんは大学在学中に、家具職人になりたいと思い立ち、多くの家具製作の会社に当たってみたが、未経験で女性ということもあり、殆どの会社に断られてしまう。
そんな中、Aさんの熱意を受けて、あるオーダー家具の会社が採用してくれた。
入社してしばらくは、職人の仕事を横で見て覚えるように言われて、見る事やる事全てが新鮮で楽しく感じられた。
だが半年を過ぎ、徐々に仕事をやらせてもらえるようになると、そうも言っていられなくなる。
もうそろそろ仕事が出来るようにならないといけない、しかし全然思うように出来ないという焦りからか、Aさんは毎日の行き帰りの車の中で、何故か涙が止まらなくなってしまう。
さらに、家に居ても動悸が止まらなくなるなど、もう限界だと感じたAさんは、病院に駆け込む。
結果は、適応障害だった。
医師からは、休職、転職を勧められたが、まだ木工への熱意があったAさんは、処方された抗うつ薬や睡眠薬を飲みながらも、仕事を続けることを選ぶ。
薬の副作用と思われる吐き気や眠気、不安感に耐えながら何とか頑張るAさんを、さらなる事態が襲う。
利き手の指に、ひどい怪我をしてしまったのだ。
ブログの写真から察するに、傾斜盤という大型の機械に付いている、高速で回転する刃物での怪我のようだ。
治療をしてくれた医師によると、箸を上手く持てなくなるなど障害が残るとかも知れないとのことで、結局Aさんは2ヶ月半の休職を余儀無くされる。
適応障害に加えて大怪我と、体も心もボロボロになったAさんはもはや動く気力もなく、ほとんどの時間を寝て過ごすことしか出来なかった。
若い女性が、利き手の指の機能を失う程の大きな怪我をする。
一体、どれ程の不安と苦しみだろう。
木工という仕事は、甘くない。
200Vの強力な機械で、直径30センチもある刃物を高速で回転させ、そこに木材を素手で押し当てて加工するのだ。
どれだけ気をつけていても、慣れから来る一瞬の油断か、あるいはほんの偶然で、材料はあらぬ方向に弾け飛び、刃物に巻き込まれた指は、その形と機能を失う。
さっきまで確かにあった指先が、激痛とともに永遠に消し飛ぶ。
私は思ってしまうのだ。
もしAさんが、未経験でいきなり家具製作の現場に入らずに、職業訓練校などで木工の基礎を学んでからの入社であれば、こんなつらい思いをせずに済んだのでは、と。
私たち職人が、木工の基礎を知らない人に仕事を教えるのは、実はかなり難しい。
基礎を学んだ上で、ようやく仕事の話が通じると言ってもいいだろう。
Aさんも、全く木工の知識がない状態で入社してしまい、職人さんの言っていることがほとんど分からず、さぞ苦しかったと思う。
もし彼女が入社時に、ある程度の木工の基礎を身につけていれば、職人さんの指導もより理解出来たし、まして適応障害や、大怪我をするまで追い込まれることは無かったのではないか、と考えてしまうのだ。
これから木工職人を志す人に、これだけは伝えておきたい。
あなたは絶対に怪我をしてはならない。絶対に、だ。
そのためには一見遠回りに思えても、一度木工の基礎を学んで欲しい。
どうか、いきなり現場に入らないで欲しい。
あなたの一つしかない、代えの効かない体を失わないために。