秋田、ゲストハウスの夜。【ぶらり東北ひとり旅日記】
これは2024年4月の旅の記録です。
夕食を近くの郷土料理屋で済まし、宿に戻った頃には21時を回っていた。
今日のお宿は、蔵付きの古民家を改装したゲストハウス。
母屋だった部分が宿となり、ドミトリーや個室が並ぶ。
共有キッチンは広くて使い勝手が良さそうだし、シャワールームやトイレはどれも綺麗だった。
そして、元々蔵だった部分は、発酵料理を提供するバルになっている。
宿としての受付機能も兼ねているこの場所は、到着した18時頃にはオーナーさんとスタッフの方が一人いただけで、ガランとしていた。
それでも冷蔵庫にはビールやりんご酒が並び、座敷にはギター。
それを見ただけでも、盛り上がる夜の空気が滲み出ているようだった。
私が宿に戻った時間には、その予見通りというか、バルの方からは楽しそうな笑い声が響いていた。
旅の夜、アルコールが入って少し火照った体で、そのまま眠りにつく気持ち良さを覚えてしまった23の春。
シャワーを浴び、髪を乾かし、ベッドにはシーツを敷いておく。準備は万端。
少しの緊張と少しのワクワクを胸に、私はいざバルへと向かった。
*
カウンターには30歳くらいの男性が2人と、40代くらいの女性が1人、並んで飲んでいた。
キッチンにはオーナーのお姉さんが居て、親しげな4人の会話にお邪魔するのは、人見知りの私にはなかなか勇気が必要だった。
おずおずと、という感じで、まだ行けますかね……と聞いてみる。
既に22時近くになっていたが、オーナーさんが快くカウンターの1席に受け入れてくれた。
とりあえずメニュー表をざっと見て、気になった梨のお酒を注文。
カウンターには大きなボトルが何個か積まれていて、そのうちの一つに梨が漬け込まれていた。
レードルが見当たらないとしばらく探していたオーナーさんだったが、諦めて、というか開き直って、ボトルをそのまま傾けて注いでくれた。
それを常連さんが笑っている。
せいぜいチェーンの居酒屋くらいでしか飲んだことがない私は、そのユルさ自分の心も緩むのを感じる。
カウンターからはキッチン部分が丸見えで、シンクの洗い物とか、冷蔵庫の張り紙とか、居心地が良いオシャレさの中に少しだけ親近感があるのも、また落ち着く雰囲気だった。
こういう、店側と客側の距離が近い空間に、少し憧れがあった。
大学の頃も社会人になってからも、「行きつけの店」みたいな存在って無かったし、そもそも外食に行くことも少ない。
一人旅のあいだ、ずっと誰かとコミュニケーションをとりたかったモヤモヤも手伝って、いつもより大分と開放的になっていたと思う。
話を聞いてみると、カウンターで飲んでいたお兄さんの一人はこの宿のスタッフさんらしかった。
距離が近いどころではなく、もはや仲間内で宅飲みしているところに急にお邪魔している、くらいの気分になってくる。
実際、その場にいた常連さんはみんなこの十文字町に在住の方で、週末になるといつもここで飲んでいるような話ぶりだった。
こういう時に、ほんとうに便利で強いなぁ、と思うのが「北海道から来たんです」というワードだ。
大体の旅先で、「へぇ、北海道!」という具合に驚いてくれる。
距離としては比較的近場の秋田県でもそれは通用してくれたようで、よぅ来たねぇ、と労ってくれた。
中でも積極的に話しかけてくれたのが、母親くらいの年代の、ストラップ付きのメガネがイカしたお姉さん。
一人称がオレで、バリバリの秋田訛りが耳に気持ちいい。アネゴって感じ。
翌日の予定が決まっていないと言うと、アネゴやオーナーさんたちが十文字・横手周辺のおすすめ観光地を色々と教えてくれた。
増田の漫画美術館や、昔ながらの蔵が建ち並ぶ街道。
横手のかまくら館、オススメの横手やきそば。
岩崎のおしゃれなカフェや醤油の醸造所。
田沢湖のたつこ像。
少し距離はあるが、翌日に大曲で花火大会があること教えてくれたのは、確かオーナーさんだった。
大曲の花火と言えば、日本三大花火のひとつだ。
その一つ一つにお礼を言い、せっせとGoogleマップに旗を立てていく。
行きたい場所リストが、また沢山増えてしまった。
そんな話をしていると、テンションの高い男性が1人来店してきた。
「ちょっと、ラストオーダー終わってるんですけど?」
というオーナーさんのあしらい方からして、この人も常連らしい。
というか、後で分かったことだが、以前このバルでスタッフをしていたらしい。
この人がなかなかインパクトの強いお兄さんで、どういう話の流れかさっぱり忘れてしまったが、色んな話を聞かせてくれた。
自分が楽しければ周りの目は何も気にならない的な自分の人生観を熱く語っていたり。
別れた元カノと、飛行機のキャンセルが間に合わなくて行った函館旅行で起きた事件の話だったり。
先ほどのアネゴと意気投合したらしく、横で話を聞いて笑っているだけで楽しくなる、面白い人たちだった。
ずっと横にいてくれたスタッフのお兄さんはとにかく聞き上手で、私の旅の話をいろいろ引き出してくれたのも嬉しかった。
やがて何処かからか帰ってきたもう一人のスタッフらしきおじさんが、プリンが無いと冷蔵庫を漁り、えっ食べちゃったゴメンとオーナーのお姉さんが謝っていたり。
23時過ぎに更にもう1団体入ってきて、後ろの席で飲み始めたり。
本当に居心地が良くて、楽しくて、幸せな時間だった。
旅先での一夜限りの出会い。
ずっと、こんな旅がしてみたかった。
やっぱり、人と出会うのって楽しい。
旅って楽しい。
ほんの2時間くらいの席だったけど、今回の旅でいちばん濃くて、いちばん思い出に残る時間となった。
*
蛇足。
翌日も引くくらいいい天気だったので、カモシバで500円で借りたチャリをひいこら漕ぎながら、
アネゴ達がオススメしてくれたカフェに街道に漫画美術館にと色々遊びに行くことが出来た。
極めつけに、思い切って大曲の花火大会に行ってみた。
有料エリア外ではかなり良い席を陣取ることができ、花火の質も非常に高かったのだが。
やはり、1人の花火大会というのはさすがに寂しい。
道すがら購入した酒とおやつを片手にウキウキで観覧したのだが、家族連れやカップルに囲まれて、レジャーシート代わりにビニール袋を尻に敷いて眺める花火は、思いのほか侘しいものだった。
夏の花火大会は、絶対誰かを連れていこうと心に誓う私だった。
サポートなんて頂けた日には舞い上がってドーナツ買っちゃいます。