有吉佐和子『悪女について』倫理観を整える
1978年に出版された有吉佐和子著『悪女について』。
今読んでもめちゃめちゃおもしろいです。
500ページの大作ですが、27章に分かれていてすごく読みやすい小説です。
有吉佐和子さんのレビューを note で見かけたのがきっかけで今回書いています。
『悪女について』のあらすじ
1970年代、女性実業家の富小路公子が日本橋の道路で亡くなる。
どうやら自分の所有するビルから転落したらしい。
自殺なのか、他殺なのか……。
一代で大金持ちとなった公子。大豪邸をかまえ、テレビのコメンテーターまでつとめ社会的にも大成功していた。
しかし、そんな彼女の生活は、ウソにまみれていた。
インタビュー形式
公子と関係のあった27人に、新聞記者がインタビューする形で話が進みます。1章につき1人が登場しリレーしていきます。
公子は直接登場することがなく、すべてインタビューの会話によってのみ間接的に登場します。
新聞記者の存在は感じますが、あくまで聞き手に徹しています。
不思議なことに、話し手によって公子の印象がまったく違います。良い面を見ている人もいれば、悪い面を見ている人もいます。
共通するのは、彼女がウソをつきまくっているという点。
ウソを恨んでいる人もいれば、気にしていない人もいます。
一見、悪女と思えない悪女
悪女の持つ根源的な怖さを間接的に描いている作品です。
わかりやすい悪女ではなく、むしろ全く悪女に見えないのがこの作品のおもしろさです。
主人公の公子について多くは語られません。ですが、行間から人物像が浮き上がってきます。
一見おしとやかな公子が、男性女性問わず惑わしていきます。
そこにわざとらしさはなく、とても自然に振る舞います……。
公子自身が自分で作りげたウソに塗り固められた人生を人前で演じているのではなく、信じ切って生きていると解釈しました。
煙に巻かれる
公子は裏で汚いことをたくさんやっているのですが、その部分は小説に出てくることがなく、周りの証言からぼんやりわかります。
確実に悪いことをしているのですが、良いこともたくさんしています。ますます混乱していきます。
章が変わるたびに新たな公子像が出てくるので先が読めません。そして、最後までこの流れが続き、物語はスパッと終わります。
一般的な悪女像とはまったくちがう悪女を有吉佐和子さんが描き、その意外性に驚きました。
悪い年寄りたち
一番の気づきは、年配の人でも悪いヤツがたくさんいることを思い知らされた点です。
戦後の混沌とした時代をさまざまな視点で描いているので、荒れた時代に生きた人々がたくさん登場します。
中でも印象に残るのが、悪いことをするヤツらです。
現代は年配世代の人達がすごくまともに見えるし、弱い存在に思えてしまいます。ですがそれは勘違いで、昔悪いことをした人もいて品行方正とかけ離れた人がたくさんいることに改めて気づきます。
この気づきは僕の中ですごく大きかったです。
特に戦後の時代は今の若者世代よりももっともっと悪質なことをやっていたことが、この本を読むとありありとわかります。
公子の本名は鈴木公子です。富小路という華族のような名字は公子のウソです。物語の中には富小路という旧家出身の家族が登場します。品があると思われがちな旧家の人たちも自分のことを棚にあげて成金を批判します。
こうした描写が真を突いていて、ギクッとする表現が随所にあります。
映像化
舞台化や映像化されていて、小説が発表された1978年にテレビドラマ化し大ヒットしています。
劇団四季出身である影万里江さん版がすごく見たいのですが、再放送もDVD化もしていません。浅利慶太さんの2番目の奥さんで、加賀まりこさんが「浅利さんに殺されたようなものよ」と話したといわれる人物です。
そして、田中みな実さん版をこの前見ました。
あまりに的はずれで……。
まず時代設定に変更があって、現代に舞台を移しています。ですが、公子が成り上がっていく背景には、戦後のどさくさが大きく関わります。小説の内容をそのまま現代に持ってきてしまっているので、どう考えてもおかしなことになります。
また、演技の方向性のセンスが欠けていたように思います。公子はわざとらしく見えてはいけない。
小悪魔的なイメージでのキャスティングだと思いますが、有吉佐和子の書く公子は自覚のない悪です。人を傷つけ、それを気にしない。むしろ自覚はしているのか……。
どちらにせよ人前でわざとらしさはなく、とても自然に振る舞います。
もったいない内容とはいえ、田中みな実さん版を見て、改めて小説の理解が深まったように思います。
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