小学生女子の私は、うちでオレで「心は少年」だった。
小・中学生の女子はなぜ「うち」という一人称を使うのか。
こんな記事を見つけて、「ヘドバンか」ってくらいうなずいてしまった 。
私もかつて、自分のことを「うち」と呼ぶ小学生女子だった。
小学2年生くらいのころから、誰がはじめたか分からないけれど、クラスの女子が一人称として「うち」という言葉を使いはじめた。
私の小学校は、学年18人。女子が9人しかいなかった。
バリバリ主観だけど、女子ってものすごく意地悪だ。
さっぱり原因がわからないが、「私たち友だちよね」と言っていた子が、ある日突然「お前マジうざい」と言いはじめるし。
小学2年生ですでに、スクールカースト制度のようなものはできあがっていたと思う。
そんな環境で、私の学校は女子が9人しかいない。
クラスがえもないから、意地悪な女の子たちの中でうまくできないと、本当に場所を失う。
女ってめんどくさい。小学二年生ですでに、めんどくさかった。
だからみんな「うち」という一人称を使うことで、女子から無意識に逃げていたのかもしれない。
第二次性徴でうちからオレに、心は少年に。
第二次性徴がはじまると、女からの逃避が謙虚になったように思う。
私は、体の発育が早かった。初めてのブラジャーも初潮も、クラスで一番に迎えたかもしれない。
身体が女性に近づく私を、いじわるな女子はからかった。
もう少しすれば、みんな同じようにブラジャーもナプキンも使うのに、と今では思う。
私は自分の育ちすぎた胸をはじめ、自分のルックスが嫌いになった。
でも成長が遅いことで焦ったり、コンプレックスを感じている場合もあるのだろうな。
また別件だが、私は「好きな男の子」の意味を勘違いしていたせいで、男女を嫌でも意識させられる恋愛というものを、毛嫌いしていた。
そこから「女子として意識されよう」という意味があるのだと勘違いして、女の子らしいものや、ファッションからも遠ざかろうとした。
そこで私が出会ったのが『銀魂』という少年漫画だった。
「銀魂腐女子」というものを、ご存知の方もいるとは思うが、私の典型的な銀魂腐女子だった。
主人公の銀時が言う「俺、心は少年だから」という姿勢にあこがれて、一人称がうちからオレになった。
少女漫画の甘ったるい恋愛より、「友情・努力・勝利」だよな。
こうして振り返ると、私は女から逃げたくて、少年漫画に走り、自分をオレと呼びはじめたのだと思う。
ボーイズラブもそのころハマったけど、恋愛からの逃避だったのかもしれない。
女をやめたいと思ったのは、一度ではない。
ここでふと思いだしたが、「男性はスカートが履けないけど、女性はスカートとズボン、どちらも履けるよね」という話がある。
男性は、自分を私と言っても、俺といっても、僕と言ってもいい。しかし女性は、基本的に私しか許されていない。
女性は一人称を口にするたび、嫌でも「自分は女だ」と認識しなければいけないのだ。
男性のことがわからないので申し訳ないのだが、女というのは、本当にとてつもなくめんどくさい。
女同士の人間関係もそうだし、生理痛はめちゃくちゃしんどい。
産休育休とか、チカンとか下着泥棒とか、厄介な壁にぶつかるたび「女じゃなかったらなぁ」と考えてしまう(私は被害にあったことないし、逆に被害にあった男性もいるかもしれないけどね)。
女だからいいことも、確かにあるかもしれない。
単純なことだけど、女子校は楽しかったし、マジョマジョのコスメはかわいい。
だけど「女をやめたい」と思うことは、思い返すだけでも一度ではなかった。
前にも書いたことがあるのだが、黒歴史って「生きるのに必死すぎた結果」なんじゃないかと思う。
だから「女の子の一人称は、私でしょ?」って決めつけず、寛容な姿勢でもいいよね。
ところで気になったのだが、男性は男をやめたくなることがあるのだろうか。
デートはおごりだったり、髭を毎日そったり、それなりにめんどうはあるような気がする。
けれどスカートを履くのも、スイーツを食べるのも、現代の日本で男性がやるには、ハードルが高そうだ。
もし男から逃げている男性がいたら、ぜひハウツーを教えてほしい。
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