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大河べらぼう鑑賞◆黄表紙に見る江戸の商業出版の工夫(前編)
大河「べらぼう」2話目が放送されました。
吉原を繁盛させるため、主人公の蔦重が目をつけたのが吉原遊郭のガイドブック「吉原細見」。
「吉原細見」は正月と7月に刊行されますが、これを発行していたのが鱗形屋という版元。
版元というのは、今でいう出版(本の企画から制作まで)と書店(本の販売)を兼業しているお店のことです。
ドラマの中の蔦重は、この版元である鱗形屋から「吉原細見」を仕入れて販売している、というわけです。
しかし「吉原細見」は現状、鱗形屋の独占販売。競争相手がいないので、自然と編集もおざなりになってしまう。
今よりもっと良いものを作ってたくさんお客さんを呼び込みたい、そういう想いで蔦重がまず取り掛かったのが細見の「序文」を、お江戸で評判の作家であり本草学者であり、名コピーライターでもあった平賀源内先生に依頼することでした。
現在でも有名人による巻頭ページや、著名人からの推薦文が入った帯は当たり前に目にしますよね。
このように、現代の出版業界で定例となっている工夫は、すでに江戸時代からやり尽くされていることが多くて驚きます。
せっかくなので、今まで書籍ほか雑誌やフリーペーパー、パンフ、チラシなどなど様々な商業出版物を担当してきた私なりに、これは現代にもあるあるな工夫だなと思う部分を、主に黄表紙を例にとって見て行きたいと思います(あくまで私調べでございます)。
※ちなみに黄表紙というジャンルが誕生するのは、1775年の恋川春町「金々先生栄華夢」からです。現在のドラマ内の時代ではまだ誕生していませんが、おそらくあと数年(1~2年?)で出て来るというところではないかな~と思います。
黄表紙に見る江戸の商業出版の工夫
巻末に新刊の目録を載せる
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これは恋川春町が手がけ、黄表紙という一大ジャンルができるきっかけとなった「金々先生栄華夢(きんきんせんせいえいがのゆめ)」の最終ページです。版元は冒頭でもお話した鱗形屋。
現代もこんなページを単行本や文庫本の最後で見かけますよね。今うちからこんな新刊が出てるからおすすめですよ~、気になったら買ってくださいね~と版元がお知らせしているわけです。
ついでに言うと、「金々先生栄華夢」のところを見てください。大ヒットとなる作品のわりに、一番下に小さく書かれてますよね。作家・春町の名前もない。
実は版元・鱗形屋は、この作品がそんなに大ヒットするとは思っていなかったのでは……?と推測されてもいます。
思わぬ作品がヒットする、今も昔も流行のきっかけはなかなか読めないものですね。
編集者(版元)が登場して本ができた経緯を語り宣伝する
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これは山東京伝「箱入娘面屋人魚」の最初のページ。
ここで手をついて口上を述べているのが、誰あろう、今の大河ドラマの主人公・蔦屋重三郎その人です。
わざわざ版元の主人自らが登場したのには訳がある。
近頃京伝が世の中に悪い評判を受け、それゆえに京伝はすっかり黄表紙のようなふざけまくったオモシロ話を書く気を失ってしまっていたのですが、しかしそうなって困るのが版元。人気作家の新刊が出ないとなれば、店の存続にも関わってきます。
そこで「ぜひぜひ新作を書いてください」とお願いして、京伝も「まあ、旧知の仲の蔦屋さんですから仕方ないですねえ」と固い心を曲げて新作を書いてくれることになったとのこと。
このような大変だった制作の経緯を説明して、「だから!どうか!本作を買ってください!マジで!」と読者に頼んでいる、というわけです。
※なぜ京伝が悪しき評議を受けたかについては《1789年に石部琴好という人が書いた「黒白水鏡」という作品が政治批判のため発禁処分となり、その挿絵を担当した京伝も罰金刑をくらったため》という説がありますが、鈴木俊幸「蔦屋重三郎」(平凡社刊)によると、それについての確証はないとのこと。一体全体何があったんでしょ。
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こちらは朋誠堂喜三二「桃太郎後日噺」の最終ページ。
物語のクライマックス、登場人物たちが三角関係の泥沼、安珍清姫のような修羅場を迎えたところで、鐘があがると版元の鱗形屋の主人が登場。突然の登場は作者もあずかり知らぬこと、なんて言ってますがそんなことはないはず笑
「毎年出版している絵草紙が大変評判がよく、ご贔屓にあずかりましてありがとうございます。今年はとりわけ珍しい趣向に取り組みご覧に入れたいと思います。お買い求めいただきご覧くださいませ」
だそうです。
今でもこのように編集さんが登場して、〇〇先生に依頼した経緯を語ったり、これからの編集部の抱負などを語って宣伝したりすることがありますよね。
「本ができる工程」を作品化する
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十返舎一九が書いた「的中地本問屋(あたりやしたぢほんといや)は、版元が作者に依頼し、彫師摺師など職人たちが本を制作していく様子を描いた作品。
創作なので、版元は実際にはない「傑作ができる妙薬」を作家に飲ませてみたり、職人に怠けられては困ると酒を富士山から湧き出た琵琶湖の水(よくわかりませんがとにかくご利益ありそう)にすり替えて素早く仕上げさせたりと、一九先生のギャグセンスに導かれつつ、本が出来上がっていく様子が記されています。
これは直接的な宣伝とは違いますが、今でいうところの漫画家の仕事密着番組や、出版社の裏側を描くドラマなどと同じような感じかもしれません。
多くの出版物が作られていた江戸時代でも、作家への依頼はどのようにしているのか、職人さんたちはどんな風に本を作っているのか、そしてそれがどのように店頭に並ぶのかは、他の職業の人々が詳しく知ることはなかったでしょう。
知ってみるとそれぞれの工程の苦労がわかり、なるほどそんな手間がかかっているのか、面白そうだな、よしそれじゃあおいらもひとつ買って応援してやろう、なんてより親近感をもってもらえる効果もあったかもしれません。
作者本人が作品内で自作の宣伝をする
・・・と、まだまだあるある工夫について書こうとしたところで、タイムアップ。前編としてはこれまで。
なにせ、1月19日(日)には京都みやこめっせで開催される「文学フリマ京都9」へ大和堂として出店することになっていますので、この続きは京都から戻って来て以降、ということにさせていただきたいと思います(これもまた宣伝)。
※こちらのイベントは終了しています
文学フリマ京都9
1月19日(日)
11:00〜16:00(最終入場15:55)
京都市勧業館みやこめっせ1F 第二展示場
入場無料
サークル/大和堂 き21-22
この記事で紹介した「金々先生栄華夢」「箱入娘面屋人魚」「桃太郎後日噺」「的中地本問屋」など、すべて現代語訳でまるっと読める「黄表紙のぞき」「続 黄表紙のぞき」という作品ほか、江戸時代がもっと楽しくなる本をお持ちする予定です。
お時間ある方、お近くの方、ぜひお越しください。
お待ち申し上げております。
(大和堂主人、口上)
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