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なぜ今、この国では努力が報われなくなっているのか

10年ほど前でしょうか。「努力は報われるとは限らない」ということをつぶやいて炎上をしました。アスリートであるあなたが努力が報われないと言ってしまえば努力する人がいなくなるではないかという声をいただき、私なりには思うところもあったもののそういう意見もごもっともだと納得もしました。当時、私の肌感覚では人々の一定数は努力は報われることを信じていたように思います。

「努力は絶対裏切らない」という池江選手の言葉にたくさんの反応がありました。コメントを見ていて驚いたのは、想像以上に多数の「努力しても報われない人は多数いる」「努力しても報われないのがほとんどだ」という声の存在でした。このような意見は10年前には多数派ではありませんでした。きちんと統計を取ったわけではないですが、今この国では、急激に努力に対しての信用が薄れていき、努力しても報われないという感覚を人々が持ち始めているように思います。

努力とは何かを突き詰めると定義が難しいので、ここでは「目標や夢を目指して労力を傾けること」としましょう。そして報われるとは何かを定義すると「目標や夢が叶う」ということにします。目標や夢にも色々あり、全てがそうではありませんが、大きくみて社会的成功や、経済的成功が夢には含まれることが多いので、社会的成功経済的成功を果たした場合は、一部分夢は叶ったということにします。

トマピケティは21世紀の資本の中で、r>gというとてもシンプルな計算式で長期的には格差は拡大することを説明しました。rは資本から生み出される年間収益率で、gは所得や産出の年間増加率です。経済素人の私のつたない理解では、持っている資本が富を生み出していくスピードは、労働などの産出で生み出していく富のスピードを上回るということになります。資本は生み出した富を再投資できるので、一度差がつき始めるとこの差はだんだんと開いていきます。

gのスピードに最も影響するのは、人口と生産性だそうです。人が増え生産性が高まっている間は、資本が生み出す富のスピードに追いつけます。成長している時は土地持ちの人が家賃をもらっていても、働いて給与が増えていくスピードもまた速いのでさほど気になりません。自分だって土地を買えばいいわけです。ところが人口が変わらなく、生産性も高まらない状況では、つまり成長のスピードが落ちると、資本が富を生み出すスピードが上回り始めます。

ピケティの著書の中で象徴的な一幕があります。懸命に努力し勉強してきたある若者と、曰く付きの男が出会います。男はこう言いました。「君が今から一生懸命努力して、いい職業に就いたとしてそこから得られる富はいかほどのものか。そんなことより、ここの資産持ちの家のお嬢さんを口説くんだよ。彼女と結婚して資本を手に入れれば、生み出す富は比べ物にならない」r>gが広がるということは、努力よりも生まれが成功に影響するということを象徴している場面です。

人口において現在の日本は極めて厳しい状況にあります。人口を維持するどころか減少し、高齢化もしています。生産性も向上しているとは言えません。そうすると、ある時代に築いた資産を持っている一定以上の年齢の世代が資産から生み出す富のスピードに若い世代はいくら働いても追いつけないということになります。おそらくこれがあらゆる形で顕在化してきているのが今の日本です。

そして、日本は国内の格差だけではなく、世界と比較しても競争力を失っています。ある世代以下は、世界と比較して、国の中で比較して、二重に沈みつつあるので、すごい勢いで降るエスカレーターに乗っているような感覚を持っているのではないでしょうか。いくらもがいてもせいぜい今の位置をキープするのがやっとというところですから、努力しても努力しても報われないと感じてもおかしくありません。これが「努力は報われない」と感じられるようになった原因だと思います。

散々お先真っ暗な話をしておいてじゃあどうすればいいのかというと、これだという答えがないのが本当に辛いです。ただ、ピケティがいうには長期的には生産性と経済成長率を高めるために教育への投資は(限界はあるが)有効なのだそうです。

10年前私は、努力は報われるとは限らないと言いました。しかし、そう言いながらも私自身の人生は根底のところで努力の存在を信じていました。そう信じられるギリギリの世代だったのかもしれません。努力が報われにくくなっているのは確かです。しかし、それでもある程度目標を持っていかなければ、もっと沈んでしまうのも間違いありません。

これまでは努力することでしたが、これからは、いい場所を選び、いい戦略を選び、賢く努力することが大事になると思います。私たちは戦略的にならなければなりません。そして、なんにせよ次世代の子供たちに私たちは全力で支援をし、彼らが「夢は叶う」と信じられるような土台を作る必要があると思います。努力が報われるかどうかは運ですが、努力が報われると信じられることが全てのスタート地点だからです。

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