精神を病む妹と、その家族ー2ー
「どうしようって、何が?」
妹のこんな弱々しい声を聞いたのは、子どものとき以来だ。家の中で鬼ごっこをしていて、私が押し入れの奥に隠れたとき。「お姉ちゃんがいない、お姉ちゃんが消えた。どうしようーー」。襖の向こうから聞こえてくる妹の不安気な声を思い出し、私は気が動転してつい大声を出してしまった。
「仕事がーー簡単なことも覚えられないんだよーー」
妹は苦しそうに、途切れ途切れに言った。なんだ、そんなことか。あのとき、妹の不安な声に私も怖くなって、すぐに押し入れから飛び出すと、妹はへなへなと座り込んでべそかいたっけ。また安心させなきゃ。私は妹が楽になりそうな言葉を継いだ。
「だったら仕事辞めて、いっとき休んだらいいじゃん」
妹には夫と2人の子どもがいる。夫の収入だけでは暮らせないため、共働きでこれまで頑張ってきた。だが、その生活に限界が来たのだ。ただ、数年前に若干の父の遺産を手にしているから、少し休養する余裕はあるだろう。
「お金がないんだよ」
妹は沈んだ声で、私の予想を全否定した。
「1カ月くらい休めるでしょ?」
「子どもの学費や塾、家のローンもあるし、お金が全然足りないんだよ」
「足りないって、お父さんのお金もあるじゃない」
「なくなっちゃった」
一瞬私は、妹が言った言葉の意味がわからなかった。
「なくなった? いったい何に使ったの?」
「株でぜーんぶ、なくなっちゃった」
先ほどの沈んだ声から一変、妹はケタケタと笑い始めた。まるで、ねじが壊れて笑いが止まらなくなった人形のように。
何か言わなきゃと頭の中で言葉を組み立てようとするのだが、妹の受け入れがたい現実と甲高い笑い声が私の脳を乱し、片っ端から言葉を潰していく。株? 初心者が株でそんなに大損するものなのか? いや、精神安定のためにスピリチュアルに頼っていたから、占いなどで散財してしまったのではないか? それにしては大金すぎる。しかも短期間だ。まさか宗教なのか? そういえば、父の相続の手続きで妹が取り出した印鑑は大きく立派で、凝った書体が気味悪いくらいだった。
「本当に株なの? 宗教に入ってるんじゃない?」
長い沈黙の末、私はやっと言葉を絞り出した。「ずーっと体調悪いから、これからどれだけ働けるかわからない。子どものためにお金増やしたくて株やったんだ。宗教じゃないよ。宗教に頼りたいけど、お金がない」
いつの間にか、妹は笑うことをやめ、また暗い沼に潜んでいるような弱々しい声で言った。
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