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金曜日の魔法

ある夏の金曜日、日が暮れてもなお、蒸し蒸しとした暑さを漂わせる夜、残業に励んでいた私は、21時を少し回った頃に会社を出て、くさくさと帰路をなぞっていた。

誰が言ったか、「金曜日の魔法」という言葉がある。
金曜日には、暦のシステム上、どうしても人は少し浮かれてしまう。そのおかげかはわからないが、普段は起こらないような事件が起こったり、逆に普段なら難航する出来事も存外あっさり解決したりする。社会をつなぐ歯車の回転が、いつもと少しリズムを違えて回る、それが金曜日の魔法だ。

事実、週末を控えた金曜の夜を、世界中の人はその尊さを称え、言葉を尽くして様々に表現する。

有名なものでは、英語で「TGIF」などと表現する。意味は、Thanks God it's Friday(おゝ神よ、金曜日だぜ)という感じである。神とか言っちゃう感じがなんともアメリカンである。

かたや中国語では「天に感謝、地に感謝、今日は金曜日だ」みたいな言葉があるらしい。なるほど、金曜のあのハジける感じ、森羅万象へ感謝することで表す、なんとも大陸の人っぽい壮大な見方である。と、思いきや、モンゴルの言葉では「金曜日兄さんの誕生日だ!」みたいな言い方をするらしい。

モンゴル人「ほら、曜日を人に例えたら、金曜日がお兄さんで、誕生日を、祝う、気持ち。ワカルデショ?」

同じ大陸民族でもこうも違うらしい。
かたや日本人の「華金」という表現は、はじけて酒でヘロヘロになりたいくせに、華とか言っちゃってなんとか慎ましい感じに表現しようという、無駄な抵抗が伺えてそれはそれで好感が持てる。

おや、このくだり、思ったより面白くなりそうなのでもう少し掘り下げてみる。

どうやら韓国語では「燃え上がる金曜日」というそう。

韓国人「え、もうそのまんまの意味。金曜日はサ、燃え上がるじゃん?」

おれ「なんじゃこいつ。」

欧州の方に目を向けてみた。フランス語では「ああ、助かった。金曜日だ」みたいな感じらしく。

おれ「そんな疲弊してる感じなんや」

フランス人「ちゃうねん、フランス人はあれ、ベースのテンションがあまり高くないネン」

なのだそう。

ちなみにイタリアもスペインも普通に「おっしゃ金曜日や」くらいの感じらしく、ここは目立って特徴はなかった。それはそれで意外である。

それでいうと、この日の私は、フランス系のダウナーな金曜日の迎え方をしていた。

このままではあまり良い週末のスタートが切れなさそうだな、という一種の焦燥感みたいなものもあり、いつもの二人、ジェームスとミユ・キノシタに「今から飲むことなどありえるかね?」という回りくどすぎてほとんど何を言ってるかわからないような誘い方をしてみた。

こういう時、友達というのはありがたいもので、二つ返事で「いくわ」と帰ってきた。Thanks James it's fridayである。少し間を置いて、ミユ・キノシタが「彼氏も一緒やけどええ?」と返事。全く問題はない。

それどころかむしろ会いたい気持ちさえある。
これに対し私も二つ返事で

「全然ある」

という、会話が成立してるかどうかでいうとギリギリアウトな相槌をかますなどした。金曜日の魔法のせいである。

ミユ・キノシタとは共に数々の試練を乗り越えてきた、もう旧知も旧知の中で、親しすぎてもはや実の姉よりも粗雑に扱うことにしている。関係の粗雑さは、一周もすれば親さと比例してくる。ロケット団でいうところのムサシとコジローみたいな間柄だ。ワンピースでいうところのチョッパーとウソップみたいな感じ、ミニモニでいうところの辻ちゃんと加護ちゃんみたいな感じである。最後のはなんかちょっと違う気がするが、これもまあ金曜日の魔法のせいである。

そんなかくかくしかじかがあるわけで、ミユ・キノシタと"だいちゃん"と呼ばれるその彼はどうやら真剣に交際しているようだし、一度ご挨拶をしておかないとな、という感情を抱いていた。と同時に、それを思うにつけ、「ふっ。俺もそれなりに常識人やな」という意味不明の安心感を得ることにも成功していた。

最寄りの駅を集合地点に定め、当該カップルと大男ジェームスの来訪を待った。

ピロん

「着いたで」とミユキノシタからLINE

顔を上げるとそこには、炊き込みご飯みたいな色のワンピースを着こなすミユキノシタと、ラガーマンよろしく、がっしりとしていながらそれでいて圧倒的な清潔感とまろやかさをバランスよく兼ね備えた"だいちゃん"であろう男性が立っていた。

「あ、どうも〜はじめまして」
とまるで社会人みたいな挨拶をしてやると、

「いつもミユキノシタがお世話になってます。ニコッ」

歳上の人にこう言っては失礼かもしれないが、その笑顔は可愛らしいというほかなく、一撃で強烈な好感度を植え付けられてしまった。この人に二つ名をつけるならば「歩く安心感」これである。

合流して間もなく、私が焼鳥が無性に食べたい旨を申し出ると、これまた二つ返事で賛同してくれた。お得意の鳥貴族へ向かう。

あとで知ることになるが、この二人、この直前にも鳥貴族で仕事終わりの飯を済ませていたらしく、彼らにとってはまさかの鳥貴族ハシゴとなってしまった。眉毛がずり落ちそうなほど申し訳ない表情を浮かべる私をヨソに、このカップルなお快く、一緒に鳥貴族の敷居を跨いでくれた。この炊き込みご飯ガールとニッコリラガーマンなかなかの人格者コンビである。

だいちゃんその人は、初対面の印象そのままに、優しさと穏やかさのその奥に痛快な視点を持ち合わせ、隠そうとしても滲み出る知性がそこにあった。どう考えてもヒエラルキーで言えば下のわたしにも、というか普通に年齢で下の私にも、終始丁寧な言葉遣いを続ける姿勢は、もはやちょっと小馬鹿にされてる気もしないでもなく、なんとなく途中からロバートキャンベルさんと喋っているかのような気持ちになっていた。

そんな折、パタパタと履き慣れたスニーカーを鳴らしながら、こなれ感のあるブラウンのTシャツを着て、ジェームスは颯爽と登場した。

だいちゃん「ジェームスでかいな。でかいなジェームス」

確かにそう言った。確かにだいちゃんからすると、自分より大きい哺乳類を見ることはそう無いだろう。そのリアクションはわからないでも無い。

だいちゃん「ジェームス、むちゃくちゃええ声してんな」

ジェ「せやで、僕実はめちゃくちゃええ声やねんで」

俺&ミ「慣れすぎて気づかんかったけど。確かにむちゃくちゃええ声してんなジェームス」

そうなのだ。彼の声は、目を閉じてきいたらほとんど布施明なのである。

こうして、だいちゃん初めましての会はわきあいあいと和やかに幕を開けた。

こういう時、彼氏に対しては彼女の、昔からの友達だからこそ知るエピソードを話したり、彼女からは彼氏の、人柄が伝わるようなエピソードを話してもらったり、はたまたこちらの自己紹介まがいの話をしたりするのが定石なのだと思うが、そこはジェームス。

ジェ「僕こないだおもっくそコロナ禍のUSJいってきたわ。ゴリすいてた。午前中でひと通り乗ったし、汗かきまくったから、このTシャツこうてん。二回乗ったハリドリで紅蓮華二回ともきいたわ。」

と、完全にだいちゃんを自分のペースに巻き込む。

だいちゃんも負けじと

だ「うちの彼女今まで屁こいたことないねん」

とよくわからない自慢をしていた。完全にかまいたちのそれである。

穏やかに滑り出した会は、お酒の力も借りて、初対面とは思えないほど、わきあいあいと和やかな一晩となった。

そして健全に終電で解散。

このメンバーで終電にきちんと解散するのも、それはそれで乙なものだ。

金曜日だからと言って無理にはしゃぐ必要もなければ、不必要に酒の海で泳ぐ必要もない。そういうあたしンちの1話みたいな穏やかな日があってもいいのである。

そうして爽やかに迎えた土曜日の朝は、少しだけハイボールの香りがした。

というわけで

友達と彼氏の私生活を聞く

とかけまして

国体で噂のアフリカ人陸上選手をスカウトしに来た時の気持ち

とときます。

そのこころはどちらも、

「話聞いてたわいないな(話聞いて他愛ないな・話聞いてたワイナイナ)と思うでしょう。

おあとがよろしいようで(?)


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