【本のはなし(1)】甘い匂いに誘われたあたしはカブトムシ〜「変身」(フランツカフカ)




aikoの名曲、「カブトムシ」を初めて聴いたのは確か、桑田佳祐のカバーだった気がする。
一人紅白歌合戦。
桑田佳祐1人で往年の名曲から最近の新曲まで情感豊かに歌い上げる。
「カブトムシ」を歌う桑田佳祐は大変なハマり役で、甘酸っぱく切ない恋心をしゃがれた声で歌う姿に虜になってしまった。
桑田佳祐からaikoへの逆輸入である。


ところが、カフカの描いたムシの世界はそう甘くはない。

販売員をしている主人公のザムザがある朝起きたら、突然醜い虫になっている。ベッドの上で身動きが取れない。それがなんの虫なのかは小説の中で語られない。

仕事には行けず、部屋の中に引きこもり、家族には煙たがられ、しまいには父親から林檎を投げつけられる。

実際のフランツカフカも父親との関係が悪かったらしい。

小説家として身を立てたいと思いながらも公務員として生計を立てていたカフカは、日ごろ溜まっているフラストレーションを小説にぶつけたかったかもしれない。


虫になってしまったザムザは、とうとう家族から見捨てられてしまう。


個人に突然、不条理なことが襲いかかって、社会との接点が途絶えてしまう。
カフカの世界観は、皮肉なことに現代で再現されている。

学校でいじめられて、部屋に引きこもってしまう子供はたくさんいる。
それだけでなく引きこもりの息子を殺めてしまう高級官僚、数十年もの間、家族以外の誰とも関わらず、とある親の一言にカッとなって、しまいには両親を殺めてしまう息子。

カフカの小説は、何かに擬態しているように見えて、その内実は、圧倒的なリアリティに満ちている。

それは、甘酸っぱくない、陰湿なリアリティである。


aikoの「カブトムシ」を聴くたびに、カフカの文学を思い出す。


暗い空気感が漂っていながらも、カフカは希望を持たせるラストを書いている。

それは、少し色気がある、明るいラストである。


思い通りにならない現実の中にもカフカはささやかな希望を見出したかったのだろう。

強い悲しいこと全部、心に残ってしまうとしても、それはそれで幸せなのだ。

カフカの文学を生涯忘れることはないだろう。


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