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コロナの後遺症

どういうわけか、利益がでなくなっていた。

あぁ、ガネーシャ(弊社)はコロナとの2年半の戦いで寝ぼけた会社になってしまった。

あぁ、会社が寝ぼけたんではなくて自分が寝ぼけてたんだ。


と、2ヶ月前ほどに気づいた。本当最近。

このコロナ禍で色々もがきました。特に最初の6ヶ月。

ただ、最初にキツかっただけで、後半は楽になっていく。

何を隠そう国から出る「時短要請協力金」のおかげで毎月利益が出ていたからである。

そしてガネーシャのメイン事業がハンバーガーと焼肉であったから、居酒屋などとは著しい売り上げダウン、たとえば50%ダウンとかはせず、20%〜30%ダウンぐらいの売り上げ減少で済んだ。

これはすごくラッキーだった。この2年半でハンバーガーと焼肉というコロナ禍でも強い事業をもっていたことが本当にラッキーだった。

そして牛宮城のプロデュースがコロナ禍での大きなプロジェクトだった。

Youtubeと飲食業という両輪を回していく過程を見ながら、いや参加しながらお店を作っていくことは想像以上にハードで、本当に大変なことをだったけど得たものお多く、ガネーシャ自体、自分自身の成長にも繋がることだった。

激動の3年間を過ごし、いきなり協力金もなくなった。

そこからがハードだった。

コロナ禍でスタッフたちも、僕も失ったことがある。この2つが今も後遺症として残っている。

  1. 売り上げ目標達成意思の低下

やっぱり緊急事態宣言とか都、県の要請で売り上げが左右されすぎたこの2年半。売り上げ目標を立てても客単に売り上げが下がってしまう現象が避けられず、みんなコロナのせいや社会のせいにする癖がついてしまう。

  1. 何かしらすぐに休業、営業短縮

都や県からの指示がやはり強く、ちょっとしたことですぐに休業をしていいですか?となってしまう。そしてこちらも容認してしまっていた。


この2つがなかなかしんどい後遺症で、現場のスタッフが弱ったぁと非常に感じた。現場が悪いわけではなく、僕の経営判断が100%悪いと思う/

そしてこれを容認してきた2年半だったので仕方ない。

気持ちを切り替えて、コロナ前のスタンスに戻して行った。それも急激に。

このスピードを意識した僕の意識改革は今ではガネーシャ全体で伝わっただろう。

この3ヶ月すべて黒字化できた。(その前5ヶ月ぐらい赤字でした)

この後遺症はなかなか重たい。

一方で色々種を蒔いたものが咲いてきた。
これを今からパワフルに進めていく。

1.SHOGUN BURGER フランチャイズ事業
全国各地に毎月1店舗のペースでオープンが決まっている。
海外も決まった。

2.SHOGUN FRIED デリバリー専門フランチャイズ事業
少し気軽にできる参入できるSHOGUN ブランドのフライドチキン&フライドポテトのデリバリーブランド。

3.焼肉プロデュース事業
焼肉屋を作るお手伝い。


今から逆襲しちゃいます。

さ、今日もがんばろ。



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