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おかえり、おふくろ

第1回

「どこ行く?」

定年退職後の僕は、毎日が日曜日みたいなもんだ。
趣味の写真が高じて、ちょっとしたカメラマンをしている。
時間があればドライブして風景写真も撮るのだ。
そんな僕に、ある日突然、不思議な再会があった。おふくろだ。
大正生まれのおふくろは、いつも着物をシャキッと着ている。今日も自作のカメラ柄📸の着物で、ちょこんと僕の車の後部座席に座っていた。

「真人(まこと)に任せる。早よ連れてってえなあ。どこでも良いからあ」

僕は助手席のキャリーバッグをあけた。ササッと2つの影が後部座席に移った。
今日は西に行こうか。米子方面。行き先を決めないドライブは、その途中途中の景色を楽しめるから好きだ。スローライフとは無縁だったこれまでの走り抜けてきた人生に、僕はもう戻りたくない。

ーーー早くに妻を亡くし、定年前にはおふくろ、親父も見送った。
子どもたちも成人してそれぞれ家庭を持ち、孫の守りをするじいさんだ。
あれだけ賑やかだった大世帯の我が家も、今や僕一人。
いや、僕と、犬の「ぽてと」(♀・6歳)と「ぷりん」(♀・1歳)の3人。寂しくなったものだ。

ん?
お気付きだろうか。
おふくろも見送ったのだ。
そして、僕の運転する車の後部座席に座っているのも、そのおふくろなのだ。幽霊か?って?
幽霊でも良いね。おふくろに会えるのは。見送った後だから余計に孝行が出来る。

後部座席に移った2つの影は、ぽてととぷりん。ぽてぷりだ。後部座席のおふくろを挟むように座っていた。
僕は車を走らせた。

定年してから買い換えたTOYOTA Roomy。その銀色の車体が西に傾いてきた陽光を迎え受けて、金色に変わろうとしていた。

「夕陽に間に合うかな」

サングラス越しにバックミラーを覗くと、ラジオから流れる美空ひばりの「人生一路」を口ずさむおふくろと、ぽてぷりが眩しい陽射しを目を細めて見ていた。

「1日が終わるんやなあ。時が経つのは早いなあ」

「おふくろ、何時まで良いの?」

「何時でもええの。遊んでえなあ」

「僕は良いけど、その…門限というか、あの世に帰らなきゃいけない時間とかあるのかなって思って」

「ないない。そんなこと真人が気にせんでええの。早よ写真撮るとこ行こうなあ。美味しいものも食べさせてえなあ」

「ワンワン」(ぽてぷり)

僕の顔はほころんだ。時間はまだあったんだ。
仕事をしながら介護が上手くできず、おふくろに認知症が出始めた頃はショックすぎて不安と苦しさだけが心にあった。少しずつ慣れて認知症のおふくろとの会話を楽しめるようになってきたのも良い思い出だけど、小さな身体で大きく何度も呼吸を繰り返すおふくろの辛そうな姿がずっと目に焼き付いている。酸素吸入もした。買えるものは何でも買って身体を少しでも楽にしてやりたかった。後悔がないとは言えない。その分ここに現れたおふくろに何でもしよう。

しかし、おふくろだけがなぜ来れたんだ?
親父は?妻の沙都子(さとこ)は?そのうちみんな揃うかな。いや、僕が向こうに合流か…。ぽてととぷりんがいるうちはまだまだ頑張らにゃ。

小一時間ほど西に走らせて、大山の中腹まで来た。県営大山第4駐車場だ。そこから徒歩で少し上がった大山情報館から、弓ヶ浜を臨んだ。

「マジックアワーに間に合ったな」

ここから見える弓ヶ浜の夕陽がとても美しい。
その後のトワイライト、月が上がってくる様も絶景だ。特にスーパームーンの時は、地球ではない星に着陸したかのようだ。

おふくろと、ぽてぷりもマジックアワーの始まりをジッと見つめて待っていた。


〈写真(蓮畑から見た大山 米子市)・文 ©︎2021 大山鳥子〉

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