シベリア鉄道の旅 38周年記念 〜 列車内で酔いどれロシア人と一緒に歌ったロシア民謡 ♫
38周年ってハンパだけど(笑)。因みに昨日はこれだった, つまり, フォーク, ロック, ソウル, ジャズなどのジャンルから「列車」に絡む歌の数々 ♫
シベリア鉄道の列車内で, ウォッカ片手に酔いどれロシア人たちと一緒に歌った歌
当時のソ連時代のシベリア鉄道の列車では, ロシア人はじめソヴィエト連邦の国民の専用車両とは別に外国人専用車両があって、後者から前者に入ることは原則的にできなかったけれど(列車内「当局」とも言うべき事実上「官憲」がいて制止された)、その逆, つまりロシア人などが外国人専用車両に入ってくる(遊びに来る)ことに関しては許容されていたというか規制が緩かったというか、兎に角それは可能だった。
で、筆者も(1983年4月30日にハバロフスクからシベリア鉄道の列車に乗車)、1983年5月1日付のこんな日記を残している(ただしその 2日後、5月3日の朝イルクーツクで途中下車する際に彼らから聞いたところによると, 彼らのうちの一人は 5月2日の夜、列車内当局≒官憲に呼び出されて注意されている)。
この後、続けて「今日は ウォッカで酔った。しかしこれは 言える。世界平和はソビエト旅行から!(半分冗談, 半分本気!)」などと書いている。
この日記は以下の note 投稿でも取り上げて,
上の note 投稿では, 酔いどれロシア人たちと一緒に歌った歌の中から「インターナショナル」を載せていたんだけど, あれは今日のテーマから外れる。つまり、ロシア「民謡」ではない。そもそもあれって, ええい! ウィキから引用してしまうと,
「インターナショナル」は19世紀末フランスのパリ・コミューン(1871年)の直後に「L'Internationale」として誕生した。作詞者はパリ・コミューンに参加していたウジェーヌ・ポティエ(Eugène Pottier;1816 - 1887)である。
まぁそれでも今日の番外編として(番外編がいきなりかよ, 笑)、再度 ♫
上の方でリンクを載せた拙者の 2021年5月2日付の note 投稿の中で書いたけれど、これは 1981年12月3日アメリカ公開, 1982年4月10日日本公開のウォーレン・ベイティ製作・脚本・監督・主演、ダイアン・キートン共演(というか彼女も主演だなぁ)、1917年に起きたロシア革命をシンパシーと批判の眼を持って取材したアメリカ合州国のジャーナリスト、ジョン・リードの半生を描き、当時の「時代」と恋人ルイーズ・ブライアントとの関係をも物語の核に置いたアメリカ映画 "Reds" から!
こうなったらもういっちょ, いや多分もう二丁!!
まずは 1983年4月30日, ハバロフスクからシベリア鉄道の旅をスタートさせた筆者が、途中下車して 1泊するイルクーツクまでの 3泊4日の列車旅の 2日目, 1983年5月1日に(停車中に降りて)撮った写真と,
そこで再会した筆者の当時の恋人 ルイーズ・ブライアント!
アメリカ合州国出身のフェニミスト・ジャーナリスト・活動家だったルイーズ・ブライアント(Louise Bryant; December 5, 1885 – January 6, 1936 ... 1983年5月1日時点で没後47年余り)と 山本 剛(1960年911生まれ, 1983年5月1日時点では22歳!)が恋人であるはずもなく、再会するはずもなく、そもそも会ったことなど, ないのであった(笑)。
この役を演じたダイアン・キートン(Diane Keaton; born January 5, 1946)にだって会ったことない。あ, でも映画館の中なら会ったことある, こっちは客席, あっちは銀幕の中, "Annie Hall", "Looking for Mr. Goodbar", "Reds", "5 Flights Up"... とにかく拙者が一番好きな女優はダイアン・キートン。もちろん健在!
それはともかく、ロシア革命を取材したアメリカ合州国のジャーナリスト、ジョン・リード(John Reed; October 22, 1887 – October 17, 1920)の半生を描き、製作・脚本・監督・主演のジョン・リード役ウォーレン・ベイティ(Warren Beatty; born March 30, 1937 .. 健在!)と恋人ルイーズ・ブライアント役のダイアン・キートンが共演した 1981年12月3日アメリカ公開, 1982年4月10日日本公開の映画 "Reds", 邦題「レッズ」、あの映画、ほんと, 良かったなぁ!
このシーンもいい。
"Do you believe in our Lord, Jesus Christ?" ー "I believe in the teachings of Christ. Am I being trialed for witchcraft?" .. 「私はキリストの教えなら信じる。私はいま魔女裁判にかけられてるってわけ?」(アメリカ議会の査問委員会で上院議員と渡り合うルイーズ・ブライアント)
この映画, 日本で公開されて直ぐ, 当時住んでいた札幌の映画館で観た。
以下、この映画のことは書いてないけれど(笑)。
ステンカラージン ♫
彼らと一緒に歌った時の日記の写しは, 前章。
以下は、この下の YouTube クリップのディスクリプションから転載。
久遠にとどろく ヴォルガの流れ…の訳詞で知られるロシア民謡。1883年にサドフニコフ(Д. Н. Садовников)により詞をつけられたこの曲は、世界史の「ステパン・ラージンの乱」で知られる17世紀のドン・コサックの頭領ステンカ・ラージン(Стенька Разин, 1630-1671, ステンカはステパンの愛称形)が、遠征先のペルシャで娶った姫との婚礼中、部下の中傷に激昂し、姫を船から投げ落とした…というエピソードを歌っています。映像は1939年のソ連映画『ステパン・ラージン(Степан Разин)』のスチール写真より。歌はソ連時代の女性歌手、アンナ・ゲルマン(Анна В. Герман, 1936-1982)。
※詞の中に何度か出てくる「アタマン(атаман)」とは、コサックの首領、隊長のこと。
歌については ♫ (該当の項目に直リンク)
カリンカ ♫
彼らと一緒に歌った時の日記の写しは, 前々章。「カリンカ」はかりんとう, つまり花林糖ではありません。食べられないけど、歌えます。「カリンカ」と言えば .. カーリンカ, カリンカ, カリンカ, マヤ ♫ 「昭和」世代には懐かしいロシア民謡のひとつ。
以下は、この下の YouTube クリップのディスクリプションから転載。
今回はテトリスのBGMとしても有名なカリンカです。間違ってるところがありますが気にしないでください。
カリンカ「Калинка」というのはカリーナ「Калина」の指小形で、日本語に直すと「ガマズミちゃん」という意味になります。
指小形とは親近感を表す語です。この動画の「カリーンカ、カリーンカ、カリーンカ・マヤ~」と言ってるのは日本語で「ボクのガマズミちゃん、ガマズミちゃん、ガマズミちゃん」と言ってるようなものです。
この曲の"сосёнушка"(松の若木ちゃん)や"малинка"(ラズベリーちゃん)もそれにあたります。
カタカナは手間を省くため引用です。「ー」の記号はアクセントというよりリズムに合わせてあるのだと思います。
次, ロシア人女性と踊ってみよう(笑)。
次, 報道官がカリンカを踊ってもいいが、その前にロシア, 反体制活動家や野党政治家やジャーナリストへの弾圧を止めろって。
カリンカ!
カチューシャ ♫
彼らと一緒に歌った時の日記の写しは, 前々々章。
ここでまず、まず, というか, とりあえずというか, シベリア鉄道の旅で 1983年5月8日にモスクワに着き 2泊, そのモスクワを発つ日 1983年5月10日にモスクワで撮った写真をば。モスクワ, モスクワ, モスクワ と 3回書いた, ってかこれで 6回書いた(笑)。
カチューシャ ♫ ... カチューシャはロシアの女性名カチェリーナの愛称形と卑称の中間的な呼び名, らしい(拙者その辺, ロシアの「名前」事情についてはぜんぜん詳しくない)。
次, なんか兵隊さんのようだなぁ。ロシア人女性兵士, もしくは兵隊さんの格好をしたロシア人女性が歌う「カチューシャ 」♫ ... ロシア, 戦争やるなよ!ってか攻められたのならともかく(それでも何とか外交努力で戦争回避して人命を失う愚だけは避けてくれ)、お前んとこからウクライナとかを攻めたりするなよ。
これも兵隊さんだけど、カチューシャと言えばこの人のカチューシャ・ダンスが何といっても一番。世界の兵隊さんたち、戦争は止めてカチューシャ・ダンスを踊ろう!(カチューシャじゃなくてもいいけど, 笑)
この人, 世界で, うちのカミさんの次に綺麗かも!
最初に上げた YouTube クリップのディスクリプションには「カチューシャはロシアの女性名カチェリーナの愛称形と卑称の中間(的)な呼び名」と書いてあったけれど、ウィキではこう書かれてる。どっちが正しい?
カチューシャという娘が川の岸辺で恋人を思って歌う姿を描いた歌曲である。カチューシャとはエカテリーナ(Екатерина)の愛称形である。
ボーナス・トラック 1 〜 ポーリシュカ・ポーレ
当時の日記では「ポーリシュカ・ポーレ」を歌ったとは書いてないんだけど、この歌は拙者, 子どものころ好きだった。当時はソヴィエト赤軍の軍歌になった歌とは露知らず, 恋の唄, ラヴ・ソングだと思ってた。
俳優・歌手の仲 雅美(1950年11月9日生まれ, おお拙者より10歳上、そりゃそうだな俺は小学生だったんだし)のウィキから転載すると,
1971年(昭和46年)、TBSの木下恵介・人間の歌シリーズ第4作、「冬の雲」に出演。ドラマ挿入歌のロシア民謡「ポーリュシカ・ポーレ」をカバーして歌い、これがオリコン年間チャートで17位、36.1万枚の大ヒットとなった。
民謡と言っていいのかは分からんけど(もともとは軍歌)。これ、めっちゃくちゃ懐かしい(後で記すように元歌の歌詞とはぜんぜん違う歌詞!)。
ウィキの「ポーリュシカ・ポーレ」から転載すると,
ポーリュシカ・ポーレ(ロシア語: Полюшко-поле)は、1934年に作られた曲。ヴィクトル・グーセフ(Виктор Михайлович Гусев, 1909-1944)作詞、レフ・クニッペル作曲。クリメント・ヴォロシーロフに献呈された『交響曲第4番《コムソモール戦士の詩》』の第1楽章の第2主題がのちに独立して軍歌として歌われるようになった。ロシア語のポーレ(поле)は「草原」の意味であり、ポーリュシカ(полюшко)はポーレ(поле)に縮小辞を付けたもの。直訳すれば「愛しき草原よ草原」と言った意味。
ロシア内戦における赤軍(クラースナヤ-アールミヤ、Красная-Армия)の活躍を歌ったもので、赤軍合唱団の歌唱により世界的に知られるようになった。日本では1971年、仲雅美が歌いヒットした曲として知られる。なお、橋本淳による仲雅美の歌った歌の歌詞は、原詞と異なり恋を歌ったものとなっている。さらに別の歌詞で岸洋子にも歌われている。日本語では『ポーリュシュカ・ポーレ』、『 愛しき草原』、『わが草原』、『小さな草原』、『草原よ』などとも訳される。1998年にはTBS系テレビドラマ『青の時代』(堂本剛主演)のオープニングテーマにOrigaによるカバーが使用された。
今は亡き ORIGAさん(1970年10月12日 - 2015年1月17日, 日本を拠点に活躍したロシア人シンガーソングライター)が歌った, ポーリュシカ・ポーレ ♫
ちょっとこのイメージで思い出した, ロシア人モデル(今はアメリカ合州国にいる .. いや今はスペイン在住かな) Vika Levina さん。
こちら, 同じくロシア人モデル Yulia Rose さん。
ポーリシュカ・ポーレ!
ORIGA さんが歌ったヴァージョン, 和訳つき ♫
次のは元歌に近いのかな, つまり, 軍歌っぽい勇ましさがあるヴァージョン, 和訳つき ♫ ... それにしても「集団農場」って懐かしいね。学校で習ったもんね(笑)。
さて戦争の歌, 軍歌, 「ポーリシュカ・ポーレ」♫
仲雅美が恋愛ソングとしてカバーしたことでも知られるポーリュシカ・ポーレの原曲を意訳しました。本当の意味に絶望して、どうぞ。
(上はこの YouTube クリップのディスクリプションから転載)
ポーリシュカ・ポーレ!
戦争, 止めてくれ! .. あ、カチューシャ・ダンスに戻ってしまった(笑)。
とにかく戦争なんか止めて、この人のように, カチューシャ・ダンスの技を競え! 頼む 🙏
ボーナス・トラック 2 〜 一週間
ボニージャックスも歌ってたロシア民謡, 「一週間」♫
さてさて、ボニージャックス。これって 1963年12月の, 第14回NHK紅白歌合戦, でありましょうか。拙者そのとき 3歳。我が家には当然のようにその当時テレビなんて贅沢なものはありませんでした。
しっかし、これってタイトル通り「一週間」を歌ってるわけだけど、これが同じように(もはや同じようにとは言い難いけれど, 笑)「一週間」を歌ったアメリカ合衆国はアフリカ系アメリカ人のブルーズ・ソング "Stormy Monday" となると, 趣がぜんぜん違う ♫
Stormy Monday ♫
Stormy Monday のベストはこの人, Robert Jr. Lockwood のヴァージョン ♫
ボーナス・トラック 3 〜 怪僧ラスプーチン
これって ボニーM の歌ですが(笑)。でも ラスプーチン って,
グリゴリー・エフィモヴィチ・ラスプーチン(露:Григорий Ефимович Распутин グリゴーリィ・イフィーマヴィチュ・ラスプーチン、ラテン文字転写:Grigorii Efimovich Rasputin、1869年1月21日(ユリウス暦1月9日) - 1916年12月30日(ユリウス暦12月17日[2]))は、帝政ロシア末期の祈祷僧。シベリア、トボリスク県ポクロフスコエ村出身。
奇怪な逸話に彩られた生涯、怪異な容貌から怪僧・怪物などと形容される。ロシア帝国崩壊の一因をつくり、歴史的な人物評は極めて低い反面、その特異なキャラクターから映画や小説など大衆向けフィクションの悪役として非常に人気が高く、彼を題材にした多くの通俗小説や映画が製作されている。
ワケありで(下の YouTube クリップ観ればワケ分かります)、またまた拙者が 1983年5月10日にモスクワで撮った写真を載せて ♫
Rasputin 〜 Boney M (1978) ♫
下のでは, パフォーマンスは 1:07~ ♫
いやはや, この歌も懐かし過ぎ。拙者, 高校3年の頃の流行り歌なんだなぁ。ユーラシア大陸「ほぼ」一周旅行しようとして, その初っ端の方で, シベリア鉄道の旅をする, それよりも 5年ほど前なのだった。
シベリア鉄道の旅 〜 1983年4月30日ハバロフスク発, 5月3日イルクーツク着・1泊, 5月4日再び乗車, 5月8日モスクワ着
これは昨日の note 投稿の最終章にて!