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読書は彼女の最大の情熱だった。読んで得たものは、ほかの何にも代えられない宝物だった。


ゾラン・ジヴコヴィチ『本を読む女』(三浦優祐・和訳、書肆盛林堂、2024年3月31日)

本を読む女』は、タイトル通り、本を読む小説。タマラさんという朗読を仕事としている女性の周辺に起こる奇怪なできごとを短編連作として八篇収める。それぞれにフルーツがからんできて、なかなかにジューシィな作品群になっている。

ジヴコヴィチは同じく書肆盛林堂から昨年刊行された『図書館』で初めて知った作家。一九四八年ベオグラード(旧ユーゴスラビア)生まれ、セルビアを代表する作家の一人だそう。

図書館』(渦巻栗 和訳、書肆盛林堂、二〇二三年)
https://sumus2018.exblog.jp/30248643/

たとえば「アプリコット」はこんな物語である。ある日、読書中に何の果物を食べたか思い出せなくなったタマラさんは、市場であらゆる種類の果物を買ってきて、順番に食べながらやっとのことでアプリコットだったことを思い出す。ところが、今度は、読んだ本の内容を覚えていないことに気づいて愕然とする。

 彼女の目は窓の向かいの本棚に止まった。ぼんやりと本を見つめているうちに、ふと、自分が何を覚えているかどうか確認する方法があるのに気がついた。
 本棚に駆け寄り、題名を読み始めた。これらは彼女が気に入り、手元に残しておくと決めた本だ。いくつかの題名を見ただけで、その本のことを何も覚えていないことは明らかになってしまったが、それでも必死に、自棄になって確認を続けた。
 次から次へと本を取り出し、一冊一冊にパラパラと目を通し始めたとき、彼女は自分が無意味に奇跡を待ち望んでいるのだと気づいた。しかし、彼女は最後の一冊の確認を終えるまで、止めることはできなかった。しばし本棚の前に立ち尽くす彼女の脳裏で、暗い考えが膨らんでいく。
 人生が彼女の内側へ崩れ落ちていくようだった。読書は彼女の最大の情熱だった。読んで得たものは、ほかの何にも代えられない宝物だった。そして今、彼女は突然それを失った。

p104

ここでタマラさんはアプリコットをつまんで心を落ち着かせる。こういうことはいつか必ず起きること、少し早くやってきただけだ、そう思い直す。

 今後は、すべての読書が最初の読書になる。彼女は微笑んだ。彼女の目の前には、かつて愛した本で満たされた書棚がある。初めて読んだときと同じように、また楽しむことができるだろう。実際、考えてみると、そんなにたくさんの本は必要ない。一冊あれば十分だ。どの本が一番好きだったか思い出せれば、きっとその一冊だけを手元に残すだろう。一番好きな本を何度も何度も読み返すことほど楽しいことが、ほかにあるだろうか。

p105

だが、何が一番好きだったのかは、思い出せない。ま、しょうがない、どんどん読んでいくだけのことだ……う〜む、人ごとではないお話です。

『本を読む女(ひと)』《ゾラン・ジヴコヴィチ ファンタスチカ》第2弾
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