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………それを曲らずに右へ戻ると精進堂つて本屋がありますから


『九年母』昭和14年6月号、11月号

姫路のおひさまゆうびん舎で買った雑誌の中に『九年母』が二冊ありました。

俳誌「九年母」を発行する九年母会は、兵庫県芦屋市を本拠とする
伝統俳句系の俳句結社です。

https://sites.google.com/site/haikukunenbo/home

昭和十四年六月号と十一月号です。当時の編輯兼発行人は五十嵐久雄(播水、1899-2000)、発行所は神戸市湊東区楠町2丁目170 九年母発行所。播水は姫路出身(姫路文学館でも生誕120年記念展が開催されています)。

大学在学中の1920年より句作をはじめ、京大三高俳句会で高浜虚子と出会い師事する。1922年、「京鹿子」同人。1930年、山本梅史の跡を継いで「九年母」選者。1932年、「ホトトギス」同人。1933年、山口誓子・水原秋桜子・日野草城・鈴鹿野風呂らと共に「京大俳句」創刊に参加。1934年、「九年母」の発行所を神戸に移し主宰。1968年、兵庫県文化賞、1973年、神戸市文化賞、1979年、神戸新聞平和賞、1989年、兵庫県高齢者特別賞を受賞。2000年没、101歳。 

ウィキペディア「五十嵐播水」

表紙絵は富田通雄。
https://asa-ing.co.jp/h/sanpo-hi/sanpo-h1405

6月号目次
11月号目次

それはいいとして、パラパラめくってみて、最後に目次をじっくり眺めると、どちらにも大岡龍男の名前があるのでビックリしました。

大岡龍男『なつかしき日々』
https://sumus.exblog.jp/8623419/

それぞれの号に小説のようでもあり身辺随筆のようでもある短い文章を寄せています。播水とは『ホトトギス』つながりだったのでしょうか。六月号は「写生帖より」、昆布茶を飲む女とのたわいもない会話のスケッチです。十一月号は「亀井戸(名所めぐり一)」、大岡はNHKに勤めているのですが、その放送の空き時間に昔の面影を求めて亀戸天神に出かけます(大岡は一貫して亀井戸と書いています)。かつて母と姉といっしょに弁当を持って馬車で出かけたことがあったのです。四十年近くも前のこと。すっかり道を忘れてしまって銘酒屋の女に天神様の場所をたずねます。

「莫迦ね、あなたつたら」のつけから女は嗤つて
「来る気もなくつてこゝへ来たの」
「さうさ」
「嘘ばつかし………からかつてるんだわ」
「いや本統だよ、なにしろ三四十年前に来た切りなんだ………そう、四十年でもないね、その時一緒だつた姉が去年三十年の法事だつたんだから」
「あなた一体いくつ………」
「まあそんなこたあどうでもいゝ、天神様はどつちなんだ教へとくれよ」
「妙な人ねーー、じや、お教へたげやうか」
と汚い二階の窓によつて行つて
「一寸こゝへ来てごらん………あんたどつちから這入つて来たのかねーーきつと天神様の裏門の前を素通りして来たんだよ………ね、あすこにおすしやがあるでしやう」
「判らない」と、私は背伸びした。
「判るわよ、そら吉野すしつて書いたるでしやう、ね、あのおすしやさんのところをあんた今きつと曲つて来たのよ………それを曲らずに右へ戻ると精進堂つて本屋がありますからそれへついて左へ這入れば天神様の裏門です………」
「…………」
「まだ判らないんだよ、この人は」
「まあ行つてみよう」
「判かんなかつたら戻つて来なさい、もつと易しく教へたげるから」
「そのたんびにお茶代とられりやとんだ高い天神様にならあ………ありがとう、じやあさよなら」
「気をつけていらつしやい」

P27-28


古い映画を見ているような………配役は誰がいいかな、などと考えてしまいます。「………」(3文字分)の多様も独特の間を作っているようです。今どきは発掘作家ばやりですので、どなたか『大岡龍男全集』出しませんかねえ、無理? 無理ですね。

「写生帖より」
「亀井戸(名所めぐり 一)」

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