【思煙】シーシャの技術史|「誰でも簡単に美味しく」のその先へ
先日、とある常連さんと生成AIについての議論になった。
その方は以前からクリエイター活動を行っており、AIが生み出す生成物の危険性やその学習過程について、人類がどう向き合うべきかを語り合った。
コード一行で美しいイラストが簡単に生み出せてしまう時代に、人が自ら手を動かして造り上げる創作物の価値が問い直されている。
人類は数多の技術革新の上にその生活を成り立たせてきた。そしてその技術革新は、過去の否定や破壊を伴う。文字通りの創造的破壊。
カメラの登場は画家を脅かした。車の登場は街から馬車を消し去り、スーパーマーケットの登場は商店街を震え上がらせた。
シーシャも同じだ。シーシャの歴史が始まって数百年。現代のシーシャは、その黎明期から大きく姿を変えた。特に21世紀に入ってからの技術革新は、属人性からの脱却というメガトレンドを孕む。
人が生み出すものには、その人の歴史が刻まれている。シーシャもそれは変わらない。
丹精込めて作り上げる至高の一本。フレーバーの特性、使っている器材の特性、お客さんの好み。今までシーシャに向き合ってきた歳月を、目の前の一本に注ぎ込む。
シーシャ沼に落ちた人々の多くは、お気に入りの作り手がいるだろう。「この人のシーシャが吸いたい」。その人が生み出すシーシャに、その人が向き合ってきた歴史に、価値を見出す。
シーシャの属人的な部分。その作り手にしか出せない味。翻って技術の進歩は、誰でも簡単に美味しいシーシャを作れる方向に進んできた。
もちろん新たな技術の登場は、その技術を使いこなせるかどうかという、新たな属人性を生む側面もある。しかし大まかに言って、器材やフレーバーの進化が属人性を少しずつ削り取り、シーシャが多くの人に広がる原動力として機能してきたことは否定し難い。
21世紀に入ってまもなく四半世紀。属人性と技術革新の狭間で、日本のシーシャのこれからを考える。
ロータスが全てを変えた
2011年、シーシャの歴史を大きく変える会社がアメリカで誕生した。その名はKaloud(カラード)社。Reza Bavarによって設立された同社は、2012年に世界初のHeat Management Device/System(HMD/HMS)であるKaloud Lotus(ロータス)を発表する。
シーシャは基本的に炭を熱源として利用する。ロータス登場以前はボウルに貼ったアルミの上に直接炭を置く、いわゆる直炭が主流だった。
ロータスに代表されるHMSは、言ってしまえば炭を入れる/載せる鉄板であり、熱をボウル全体に均等に伝える役割を果たす。炭がむき出しになっている直炭に比べ、安定感や安全性も大幅に上がる。
ロータスを皮切りに、Apple On TopのProvost(プロボースト、日本ではアマボーストの名で知られる)、Amy GoldのTurkish Lid(ターキッシュリッド)、OdumanのIgnis(イグニス)、SteamulationのSteamulation HMS(スティミュレーション)など、多種多様なHMSが登場した。
ボウルの進化も著しい。かつてシーシャ用のボウルといえば、手作業で作られた素焼きのエジプシャンボウルが主流だった。国や地域によってサイズや細かい作りに差異はあったものの、特に日本において、21世紀初頭から2010年代前半までのシーシャボウルの大半はこれだった。
翻って2024年現在、シーシャ用のボウルはその形状、素材、製造方法によって多数のバリエーションを持つに至った。HMSと同じく、「誰でも簡単に美味しく」をコンセプトとしたボウルも次々と登場している。
1つの代表例は、Tokyo Shishaで販売しているチルインボウルシリーズである。日本の伝統的な磁器である有田焼で作られ、形状はすべてファンネル。厳密に統一された規格により、個体ムラも最小限に抑えられている。
作り方や吸い方に依存せず、誰でも簡単に安定した煙を出すことに主眼をおいた製品群であり、ロータスが外壁にハマることで安全性も追求している。
手作業で作られた素焼きのエジプシャンボウルに直炭。ボウルの深さや形状といった個体差も考慮に入れつつ、焦げないように炭の位置を丁寧に微調整する。
そんなトラディショナルなスタイルで提供するシーシャ屋さんは今では珍しくなった。
革命を掲げるフレーバーの登場
フレーバーも大きく様変わりしている。現代のシーシャはフルーツやお菓子など多種多様な香りを楽しむ喫煙具として知られているが、この形態になったのは実はごく最近である。
タバコが旧大陸に伝来し、シーシャが誕生したのは大体16~17世紀頃。そこから数百年、シーシャは紙タバコと同じくタバコの風味そのものを味わう喫煙行為だった。
ロータスと同じく、ここでもある企業が転換点を作る。20世紀も終わりに差し掛かった1988年、エジプトのNakhla(ナハラ)社が世界初のフレーバー付きシーシャタバコ葉を発売。アプリコット、ストロベリー、アップルの3種類だった。ほどなくして、定番フレーバーとして今も愛され続けるダブルアップル(Two Apples / Double Apples)も登場する。
厳密に言うと、草の根レベルでシーシャタバコ葉にジャムなどを混ぜて提供するシーシャカフェは昔から存在していたようだが、シーシャは香りを楽しむもの、という文化の端緒となったのはナハラ社であると言ってしまって概ね間違いない。
中東系フレーバーの代名詞として今も愛され続けるAl Fakher(アルファーヘル)社が誕生したのは1999年。アメリカ系フレーバーの古参であるStarbuzz(スターバズ)社の設立が2005年。
アメリカ企業の参入を1つの契機として、シーシャーのフレーバーは多様化の一途をたどる。同時に、火加減が簡単で作りやすいフレーバーも増えていった。
ナハラ社が世に出し、今も定番として愛され続けているダブルアップル。アップルの名に反し、リコリスやアニスなど薬草系の風味が特徴のフレーバーであり、シーシャの作り手にとって1つの登竜門となっている。というのも、作り方によって味が大きく変化するからである。
熱の入れ方によって、リンゴのようなしっかりした甘さが出ることもあれば、スパイシーな雑味が強い風味にもなる。いかに甘く濃厚なダブルアップルを作れるかは、作り手の試金石として長く機能してきた。
そんな状況に「革命」が起こる。2021年、Revoshi(レボシ)社のDouble Apple Strong(ダブルアップルストロング)が日本でも発売された。
Revoshiは、「Revolutionary Shisha Company」を掲げるトルコのフレーバーメーカー。シーシャフレーバーの革命児が世に出したこのフレーバーは、まさに誰でも簡単に甘く濃厚に作れるという、革命的なダブルアップルであった。
ダブルアップルストロングが登場したとき、驚きと同時に脅威を感じた。甘く濃厚なダブルアップルは、熟練のシーシャ職人の証。そんな常識がフレーバーの技術革新によって粉々にされたように感じたからである。
ダブルアップルだけではない。フルーツ系にせよ、お菓子系にせよ、フレーバーの技術革新は日進月歩。「シーシャのフルーツってこんなもんだよね」「シーシャのお菓子って大して甘くないよね」というある種の諦めは、ここ数年で大きく覆りつつある。
器材とフレーバーの選定さえ誤らなければ、誰でも簡単に美味しいシーシャが作れる世界がやってきたのだ。
技術障壁が崩れてきたことで、シーシャ屋の参入障壁も年々低くなっている。自宅でシーシャを楽しむ人の数も確実に増えてきた。プロと非プロの垣根は、確実に取り払われつつある。
「この人のシーシャが吸いたい」。そんな感情の源泉は、その人の知識と技量、これまでシーシャに向き合ってきた歴史にある。あえてそれを「属人性」と呼ぶのであれば、属人性を廃する形で進んできたシーシャの技術進歩は、「誰のシーシャでもいいや」という世界に続いているのだろうか。
シーシャカフェのチェーンストア的発展
渥美俊一という人がいた。昭和から平成の時代を生きた経営コンサルタントであり、チェーンストア経営研究団体「ペガサスクラブ」を設立、主催。製造業界に比べて立ち遅れていた日本の流通業界を、チェーンストアを通じて近代化すべく尽力した。
ペガサスクラブに参加していた人々は、名だたる企業の会長・社長たち。総合スーパーのダイエー、イタリアンファミレスのサイゼリア、家具・インテリア小売のニトリ。いずれも大衆に対して、安価で満足感があり、かつ豊富な選択肢を与えてくれる名企業である。
これらの隆盛は、間違いなく日本の流通業の進化と言えよう。ごく限られた人しかアクセスできなかった食材、料理、家具などを薄く広く広げ、人々の日常を底上げした。
シーシャの技術革新も同じではないか。
日本のシーシャの歴史は浅い。参考にできる文献は圧倒的に海外のものが多い。どうすれば美味しいシーシャを作れるのか。これまでは熟練のシーシャ職人と呼ばれるような作り手だけが、その秘密を暗黙知として蓄積していた。
そして現在、2024年。時代は変わり、誰でも簡単に美味しいシーシャを作れる器材やフレーバーが次々登場している。今や日本全国にシーシャを提供するお店が広がり、それらに勤めるスタッフ諸氏の日々の研鑽は言わずもがなだが、そこに優秀な道具が加わることで、日本中のシーシャのクオリティを底上げしている。
渥美俊一が目指した流通業界の進化と成熟。いまシーシャ業界が直面している種々の技術革新もまた、大衆が日常の中で安心して美味しいシーシャにアクセスできる世界を作り上げつつある。
重要なのは、日本のチェーンストアはハイエンドを駆逐したわけではない、という点である。
サイゼリアを例に取ろう。同社の人気商品「ミラノ風ドリア」は税込み300円。「パルマ風スパゲッティ」は税込み400円。最低賃金の半額以下で、美味しいイタリアンにありつける。一方で、高級イタリアンと呼ばれるお店が現在も多数存在することは言わずもがな。
チェーンストアの功績は、市井の人々が普段使いできる選択肢を提供し、人々の日常生活のクオリティを押し上げたところにある。イタリアンを日本人の日常に溶け込ませることで、「いつもはサイゼリアだけど、大切な日の記念としてたまには高級イタリアンに行ってみよう」というような、ハイエンドへの入り口を増やしたとさえ言える。
今や、シーシャ業界が直面する問いは変わった。技術革新と属人性の二項対立ではなく、技術を上手に使いながら、シーシャを愛する人々にどれだけ豊かな選択肢を提示できるかが問われている。
成熟した産業には、多くの人を満足させる層の厚さと選択肢が必要だ。技術とそれを使う人々の進化によって、誰もが日常の中でアクセスできる普段使いのシーシャのクオリティは底上げされる。
翻って、特別な日に訪れるお店や、シーシャを特別愛する人が選び取るようなお店もまた共存していくだろう。そこでは、道具だけではいかんともしがたい作り手の知識と技術、こだわり、手間暇が惜しみなく投入される。誰でも簡単に美味しいシーシャを作れる時代だからこそ、そうしたお店に求められるクオリティもまた引き伸ばされ、卓越していく。
筆者も1人の作り手として、この業界に身を捧げる覚悟を決めた人間として、この要求に向き合い続けなければならない。
誰でも簡単に美味しいシーシャを享受でき、特別な日には特別な一本を楽しめるような、豊かで成熟したシーシャ業界を作り上げるために、今日も店に立つ。
【シーシャ屋ばんびえん】
高田馬場と中野に計3店舗を構えるシーシャカフェ。
毎日14:00-24:00で営業。
【つー@ばんびえん / Daiki Tsukamoto】
シーシャ屋ばんびえんスタッフ。
「知って楽しい、真似して便利」をコンセプトとした #シーシャ雑学 をTwitterで発信中。
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