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数百万円は無駄だったのか

今日は昔話から。

私は運が良く経済的にもある程度恵まれ、教育投資にはそこそこに積極的な家庭に生まれた。

教育投資に積極的、といってもなにかを強制されることはないものの、私がやりたいと言ったものには何事も応援してくれる両親であった。

しかし、マセガキだった私は幼い頃はスポーツに打ち込んだり遊びに時間を費やすことなく、公文や英会話教室、個別指導塾などに通った。

そのまま私は中学生になり、高校受験やその後の進路を意識するようになったことから、塾以外の習い事をやめ、長期休暇や受験期間中は多くの時間を塾で費やし、家には寝るために帰る程度であった。

私はそこそこ成績優秀な生徒で、生徒会役員や学級委員も務めていた。それ故に、高校に大した希望は無かったものの、自らのプライドやぼんやりと抱いていた将来への不安を解消するため、なんとなく偏差値の高い高校を目指した。

結果として第一志望校に合格。しかし、同年12月末をもって休学、翌年に中途退学をしている。

では、高校受験のための塾に費やされた数百万円は無駄だったのかと問われれば「素晴らしい高校に入って素晴らしい高校生活を送る」という当時の目的を果たすことはできなかったことから、無駄と言えるかもしれない。中退時は両親に申し訳ない気持ちで一杯であった。

しかし、今考えれば塾で得たものも沢山ある。

実は私が今こうしてnote記事を書いているのは、当時の塾の先生の影響である。彼女はnoteライターであり、彼女のような思考力や文章力を持つことはひとつの私の目標のひとつもあることから、私も記事を書き始めた。

また、彼女には事ある毎に相談させていただいており、私のまわりの頼りになる大人の一人だ。実際、高校中退や高校留学、大学受験にあたっても大変お世話になった。

ほか、もう一人、当時私の数学の授業を受け持ってくれた先生との出会いも大きい。彼女とは今でも年に数回は会っており、そのたび当時の思い出話をしつつ、今の不安事やこれからについてアドバイスをくれる。年齢も近く、先生というより仲良い先輩という感じなので、親や友達に話せないことも言いやすい。先日も相談ついでに美味しいローストビーフを奢ってもらった。

大かまど飯 寅福

こんな素敵な先生との出会いは一般に塾費用の数百万円の対価とされる「成績」「入試結果」などとは全く関係なく、むしろ塾の授業をサボって先生とおしゃべりしたりしたことによって形成された関係性なわけである。両親の前ではなかなか大きな声で言い難いことだ。しかし、塾の存在がなかったら彼らと出会うことがなかったこともまた事実である。

話を現在に戻す。

先日、私は大学に入学し、入学式にて同学教授も務めていらっしゃる「そして父になる」「万引き家族」の是枝裕和監督からご祝辞を頂戴した。(他学部の祝辞だったが、それはこの際気にしないこととする。)

その中で彼は以下のように述べた。

早稲田の一限の授業は当時確か朝8時20分開始で、当時清瀬というまあ電車とバスを乗り継いで朝だと1時間半くらいかかるところに住んでいたので基本遅刻する。

遅刻してしばしば締め出され、早稲田の街を彷徨うことになって、映画館に吸い込まれました。今のような綺麗なシネコンではありません。 早稲田松竹のような、名画座です。ビデオや、配信などと言う便利なものはまだなかったので、あちこち通って映画を観ました。

高田馬場周辺だけで今の松竹に加えて、駅前にパレス、駅の向こうのスーパーの地下にパール座という、名前には似つかわしくないトイレの匂いのする映画館でした。

そして、何より、ACTミニシアター。ここは年会費を一万円払うと毎日朝から晩までいられたので通いました。そのうちもう高田馬場に辿り着く前に池袋の文芸坐で映画を観るようになって、ますます足は遠のきました。

10代の終わりから20歳にかけて、そこで出会った映画たちが今の自分を形成しています。職業にしようなどとはおもっていませんでしたが、自分の進路を漠然と小説家から映画に舵を大きく切りました。幸いにもそれが仕事になりましたが、もしなっていなくてもとにかく何かに没頭した経験は無駄ではなかったと思いますよ。自ら発見し、主体的に学ぶ姿勢からしか、何も身になる知識、教養は身につかない。その意味では、映画館が私の大学でした。

つまり、人生なんて何がプラスでマイナスかその時には全くわからないということです。だから、今の皆さんの価値基準に照らして、役に立つか立たないか。で時間を捉えるのはやめたほうがいい。そんなことで物の価値は決まらない。

むしろテレビやネットがいいぞ、見ろ、買えと言い募るものなど目もくれずに自分だけのお気に入りの城を作った方がいい。そう、思います。特に大学時代は。
2022年度 早稲田大学入学式祝辞
是枝 裕和 教授 
早稲田大学ウェブサイト(https://www.waseda.jp/top/assets/uploads/2022/04/2204_speech_koreeda.pdf)より引用

「人生なんて何がプラスかマイナスか分からない」。一見、マイナスのようなことにもそれはマイナスなことだけでなく、多少のプラスのことも含んでおり、のちのちそのプラス要素が重要になることもある。

私は高校生限りでさまざまなことを辞めたり、大きく舵を切ったりした。高校1年から続けた無料塾ボランティアに区切りをつけ、昨年末には自ら設立した教育支援NGOの代表も辞任した。それは大学で本来やりたいことをやるための事前マネジメントである。

その決断がプラスかマイナスか現時点においては分からないし、きっとまた沢山の失敗をするだろう。しかし、重要なのは簡単に物事の損得を判断せず、好きに生きることだ。このご祝辞を胸に、私は「自分だけのお気に入りの城」を作るべく奮闘することを決意したのである。

最後に。是枝裕和教授のご祝辞はYoutubeチャンネル「Waseda Live」より一般の方もご覧いただけます。また、早稲田大学のウェブサイトより全文をご覧いただくこともできます。上記以外の部分も新入生の心に響く素晴らしいご祝辞でした。正直な心からの言葉で学生に語りかけてくださる教授がいらっしゃる大学の門を叩くことができたこと、大変嬉しく思っております。

是枝先生、ありがとうございました。

4月1日 大隈記念講堂前にて

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