「笑顔の砦」覗き見た、笑顔と孤独
※『笑顔の砦 RE-CREATION』2019年@KAAT観劇+オンライン再視聴。以下の記事ではWEB動画コンテンツなどURL引用しております。公演内容もネタバレしています。
日本海にある漁村(白浜漁港あたりか)にある古ぼけた平屋建てのアパート、そのの隣り合ったふたつの部屋に住む住人。観客はふたつの部屋で営まれる「生活時間」を同時進行で視野におさめることができる。ふたつの部屋をあるときは対比的に眺め、ある時は同調シンクロするように感じながら眺める。
1.『覗き見』を意識させられるセット
観劇するということは、舞台⇄客席の構造として(一方的饒舌な舞台と対照的に、息を殺して凝視している客席に座る)観客は舞台空間を「覗き見」している感が強い。生で目の前で動いている人の特別な日常を客席という安全地帯に身を落ち着けて(不審者として補導されることなく)じっと覗き見している。そんな元来、観劇体験が持っている特性を、本舞台は部屋ふたつ並べ(どちらも時を止めずに進めることで)強く意識させてくれる。同じ覗きでも、例えばヒッチコックの『裏窓』の場合、監督が観客に見て欲しい編集画を見るわけだけど、舞台は観客ひとりひとりが自分の好みで覗く。視野や視角を変え、時には心理的フォーカスをあてたりして個人の目(嗜好カメラ)で場面を切り取って勝手に印象ポイントを編集しながら見つめることになる。こちらはトレーラー動画。
2.味わいのある幕開け
冒頭は緞帳幕から暗転、漁船「第二金剛丸」の音+飛び交うカモメの声+波打つ海水音。そこから幕が上がって薄ら明かりが漏れると、古びたアパートのふたつの部屋が浮かびあがる。早朝だ。最初に見えてくるのは台所流しにある長方形窓。この外の灯りの漏れる窓は、この劇団特有の存在感を持つ。(「地獄谷温泉無明の宿」でも窓は活躍していた)漏れた灯りからシモテの部屋は人が住んでいる気配。今は誰もいない。カミテの部屋は空き部屋だ。やがてシモテの部屋に早朝の漁を終えたの漁師たちが戻ってくる。この部屋に住む漁師一筋35年の蘆田剛史(53)は第二金剛丸の船長だ。弟分の沖本(42)と佐藤(35)の3人は先ほど海岸で出会った女の子の顔と性格を品定めする(学生のような)恋愛話をしながら、朝から缶ビールを空ける。沖本は流しに立ち、釣ってきたばかりの鰤を捌いて刺身にする。3人は炬燵に入って朝食にありつきながら、朝の占い番組を真剣に見つめる。占いの結果に過剰に一喜一憂する。他愛ない会話で語気が荒っぽくなったりする、いかにもな漁師の気性を表現。暗転幕間のスクリーン文字、明るいメロディと剛さんの関西弁ナレーションで次の場へと繋ぐ。「きつい仕事の後は飲んで食ってまた飲んで、酒呑んでりゃみんな幸せやろ、なんてずっと思ってたんやけど」
蘆田剛史(53歳、兵庫県出身、漁師)を演じた、緒方晋さん
3.ふたつの部屋はシンメトリー
その夜、隣の部屋に越してきたのは藤田勉(55)と認知症の母瀧子(86)。瀧子の「海の見える場所に住みたい」という希望を叶えるために越してきたのだ。暗転前には何もなかったカミテの部屋が、スクリーン演出挟んだ暗転後に見事に部屋のインテリアで埋まっている。
よく見ると、部屋の設計は鏡面シンメトリーになっている。(玄関ドアの位置、ノブの位置まで)家具の設置場所も左右対称で、シモテの漁師の部屋はというと、舞台奥玄関から右へ「冷蔵庫」、「台所の流し」。玄関から左手の壁上に小さな「神棚」。(ふたつの部屋で逆方向を向いて手を合わせることになる)手前にガスストーブ。カミテ側の部屋は逆になっている。どちらの部屋も緻密に生活の息遣いまで作り込まれている。(センターの客席からはわかりづらいのだが、舞台にはある仕掛けがある。両部屋を仕切る壁にポッカリ大きな穴が空いている。実際には空いていない体で物語は進むし観客も空いていないように見つめないといけない暗黙のルール。両方の部屋の役者は、お互い隣の部屋の役者の生声を聴いて時間調整をしないといけない。音も聞こえ動きも感じられるように穴を開けているのだ。この仕掛けにも唸らされる)
4.ふたつの部屋に等しく時間は訪れる
その朝、ふたつの部屋には若い登場人物がそれぞれ入ってくる。剛さんの部屋には今日から働く学生アルバイトの大吾(22)が挨拶に来る。勉の部屋には別れた妻との間の娘さくら(21)が登場。先刻、勉が電話して手伝いを要請しておいたのだ。勉は電話口で娘にタクシーでなく電車で来てくれと頼んでいたが、登場した娘は入ってきた玄関で、勉にタクシーの領収書を押し付ける。ふたりの関係性を一瞬で表現する巧さが光る。演劇では舞台に新しい登場人物が出てきた時、既に舞台にいる人物との関係性をいかに端的に素早くこっそりと観客に伝えるかが脚本の腕の見せ所。新しい来客の人物紹介に時間をかけてしまっては勿体ない。そんなことしたら物語は止まってしまう。
夜がきて深夜がくる。この一日の時間帯を表現するのは光の表現だ。差し込む陽光だったり、室内照明だったり。
5.舞台上の美術や小道具が語りかけてくる演劇
照明を駆使して手を変え品を変え魅せてくる。例えば、舞台を冷蔵庫の中の明かりだけで見せる。開けられた冷蔵庫の明かりの前に蠢く認知症の母親。蠢く人影で不気味さを表現する。例えば深夜になって両部屋とも消灯する深い暗闇の中で(寒い漁村だから)ストーブだけは点けっぱなしとなる。暗闇にストーブの長細いオレンジ色の明かりが両部屋に対象に灯る趣のある光景。これも覗き見観客だけが許された視野。例えば、舞台を照らす自然光の表現、平屋建てアパートの屋根瓦にやさしくともる朝の陽光。例えば、夜になると街灯(街灯自体は舞台の上にはない)の光は、前述した台所流しの「長方形窓」から漏れている。羽目を外したアルバイト大吾に佐藤が喝を入れるため、外に連れ出すシーンだ。このようにこの劇団の舞台に置いては、散りばめられた小道具やセットの細かな造形が役者を差し置いて「前面」に出てくることがある。「ひとりの役者」くらいに重要な存在感を放って。以下はPR動画であh美術セットの制作風景を定点で撮影した早回しが見れる。この手の美術セット制作ムービーもこの劇団の定番になっている。
6.ふたつの部屋はお互い呼応する時間がある
漁師はよく口にする。「生活時間が違うからな」。しかし、このふたつの部屋の住人はよく同じ所作で生活のリズムが合致する。ふたつの部屋がハーモニーを刻んでいるかのように。
●両部屋は同時に、食べる!
庭劇団ペニノの場合、食事は本当の素材で調理して、本当に食べる(駒場アゴラ劇場で行った「ダークマスター」はオムライスの匂いを充満させた傑作だ)シンメトリーな2部屋は(演劇的な構図として)面白いことに、モノを食べる時間は、2部屋がシンクロして同時間で行われる。そのことが沈みそうな状況を和らげる「遊び」にもなっている。
●両部屋は同時に、就寝前に部屋の灯を落として物思いに耽る。
剛さんは部屋の明かりを消して、モニター明かりだけでクリントイーストウッドのマカロニウエスタンを観る。認知症母を寝付かせた勉は手元灯りの中で「老人と海」を音読する。
●両部屋は同時に、まだ日が昇らない早朝の外出をする。
漁師の仕事はじめで外に出る。認知症老人を連れての散歩に出る。
7.笑って生きたいけど、孤独はつきまとう
ヘミングウェイの「老人と海」を読む藤田勉は、「実の母」と「離縁した妻との間の娘」と血は繋がっている3人との間で、密なコミュニケーションがとれない。認知症でかつての母親ではなくなっていく寂しさ。どことなく疎遠な娘。看護に手を焼く家族。小説の中の老人のように孤独に生きている。
藤田勉(55歳、兵庫県出身、町役場勤務)を演じた、たなべ勝也さん
雨の日の晩、瀧子は冷気で、部屋の中でおしっこを垂れ流してしまう。下着を濡らしたまま歩いて向かう先は、サッシをあけて雨降る外に出る。失禁した体を洗い流すように雨に濡れる。一方で剛さんは仲間を部屋に残し、ひとりアパートのサッシを開けて手前にある縁側(客席側)へ出てくる。軒下で飼っている猫の餌が気になったのだ。その時、剛さんは瀧子と遭遇する。そして隣人の悲劇を垣間見てしまうことになる。(認知症が思ったよりも進んでいることを)
藤田瀧子(86歳、兵庫県出身)を演じた、百元夏繪さん
シモテの部屋はカミテとは対照的に血縁関係はまったくない漁師たちの部屋。ここで生まれ35年漁師ひと筋で生きてきた剛さんが、漁の仕事を通じて作りあげてきた「疑似家族」の部屋だ。ある日沖村が打ち明ける。長年一緒に働いてきたが漁師を辞めるという。親の癌が進んでしまうことから実家に帰るというのだ。疑似家族からひとりに抜ける。剛さんの元を去っていく。最後に剛さんはたった独りになるのだろうか。
沖本亮太(42歳、北海道出身、漁師)を演じた、井上和也さん
認知症の母を持つ男の孤独。漁師ひと筋の男の孤独。剛さんは居ても立ってもいられず勉の部屋に蟹を差し入れにいく。
縁側で剛さんと佐藤が語り合うシーンで、剛さんはマカロニウェスタンの主人公を引き合いに出し、笑いながらあたかも自分に重ね合わせるように孤独な男について語る。その語り口に、どこか寂しさを感じたのか(これまで粗暴な言動を繰り返した)佐藤までも涙をぬぐう。
佐藤健二(35歳、愛知県出身、漁師)を演じた、野村眞人さん
ラストシーン終わりで、ふたつの部屋の間にあった中央の壁は割れて、隣り合う部屋が数十センチ離れる。部屋と部屋の間にできた隙間、その床下に仕込まれた照明、空いた隙間から上空へ光がほとばしり出る。ふたつの部屋はまるで大海原を航海するふたつの船のようだ。海に浮かんでいるよう。両部屋の住人の行き来は、茂が引っ越しの挨拶を持ってきた時と、剛さんがお詫びに蟹を持って行った時。剛さんは勉たちが隣に来たときも、隣を去ったときも知らずに別れた。僅かな時間ではあったが壁ひとつ隔てた部屋で、優しさや人情も伝わったかのような「隣の住人」は、いっとき接し合っただけだった。遠い宇宙から俯瞰してみれば、どちらも孤独な存在だ。
8.それでも希望のようなものが感じられる断片
人と人はどこかでつながりができて、影響し合いながら生きている。蟹の味噌汁を食べる家族団らん。味噌汁をつくた娘のさくらは介護のために学校を休もうかと言い出す。アルバイトが休日におでんを作りに剛さんの部屋を訪れる朝。なにかのつながりが新しい結果も生んで、希望の断片として転がっている。
藤田さくら(21歳、兵庫県出身、専門学校生)を演じた、坂井初音さん
朝の光が差し込むラスト。隣人は部屋をたたんでいなくなる。アルバイトだった大吾は、ロゴ入りのジャンパーに袖を通し、漁師になることに決めたかのようだ。新しい生活が見えている。ここでの生活は幸せだったのだろうか。「笑顔の砦」って英訳したら、「ハッピーエンド」にもなる気がする。前述した「ラストの部屋割れ」で孤独も垣間見えるものの……。
山下大吾(22歳、京都府出身、大学生)を演じた、FOペレイラ宏一朗さん
追記:リクリエーションの豊岡公演は本公演の劇場は城崎国際アートセンター。本公演とは関係ない個人的な話になるが、2018年に城崎温泉にて謎解きミステリーイベントを実施した。城崎国際アートセンターや城崎温泉湯めぐりや文学館を転々としての演劇だった。『文豪の残した怪文書』構成や原作を担当。城崎の想い出として、ここにメモ。
|||||||||| 公演情報 ||||||||||
笑顔の砦RE-CREATION
作・演出:タニノクロウ
美術:カミイケタクヤ 照明:阿部将之(LICHT-ER)
音響:椎名晃嗣 演出助手:北方こだち 演出部:さかいまお
映像:松澤拓延 舞台監督:夏目雅也、ニシノトシヒロ(BS-Ⅱ)
宣伝美術:山下浩介 制作助手:柿木初美 制作:小野塚央
出演:
緒方晋(蘆田剛史、53歳、兵庫県出身、漁師)
井上和也(沖本亮太、42歳、北海道出身、漁師)
野村眞人(佐藤健二、35歳、愛知県出身、漁師)
FOペレイラ宏一朗(山下大吾、22歳、京都府出身、大学生)
たなべ勝也(藤田勉、55歳、兵庫県出身、町役場勤務)
坂井初音(藤田さくら、21歳、兵庫県出身、専門学校生)
百元夏繪(藤田瀧子、86歳、兵庫県出身)
※spice 庭劇団ペニノ・タニノクロウにインタビュー
※spice 庭劇団ペニノ・タニノクロウにインタビュー
※演劇最強論ingから徳永京子さんのインタビュー
兵庫県豊岡市の[城崎国際アートセンター]バージョンからタニノさんのインタビュー動画を引用