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昼休みに話しかけてきた利用者
その利用者は昼休み中、個室で施設のタブレットでずっと動画を見ている。
スマホもパソコンも持っていないから、登所した時にタブレットで好きなアーティストのライブ映像を見るのが楽しみの一つらしい。
昼休み中、挨拶以外では話しかけないように言われていた。
「昼休み中、話しかけないで」紙に書いて机に貼ってもあった。
昼休み中は頭からすっぽりと上着をかぶり、作業中は黙々と淡々とこなした。
外の世界と自分の世界とを切り離し、分けて生活していた。
そんな利用者が日に日に私に心を開いてきた。
施設を利用開始してから二年が経った。
今では昼休み中に上着をかぶることや張り紙をやめ、動画を見る手を止め、私に話しかけるようになった。
「動画を見なくていいの?」
「だって、せっかく真咲さんと会えたんだし、真咲さんと話した方が楽しい。」
その利用者は週に一回、半日しか利用していない。
昼休み中は代わる代わる誰かしら職員が作業の仕上げや仕事をしながら様子を見ていた。
昼休み中、私も毎週毎週見守りに入るとは限らない。そしてその週一の半日、私がその人の作業担当になるとは限らない。
私の職場は作業の種類がたくさんあり、半日ごとに作業は変わるし、作業場所がいくつもにわかれているからだ。
今日は二人で女性のコーディネートやファッションの画像を見た。初めてだった。
二人で、こんな洋服素敵だよね、とか
マニキュアやメイク、今度これをやってみたい、とか
そんな女子会トークを繰り広げた。
最近は同じ部屋で作業をしていても、大抵担当グループが違うが
休憩時間にその利用者は「真咲さん、真咲さん」と話しかけてくる。
今日は私に会えるから早起きしてとびきりオシャレをしたとか
私に褒められたのが嬉しくて小物を作ったと言って見せてくれたりとか
「真咲さんと今日は会えてたくさん話せたから嬉しいな。」とか
私を喜ばせることをたくさん言ってくれた。
それが私は嬉しかった。
一週間に一度会えるその日が特別なのは
私も同じだった。
その利用者が利用開始した頃、その人は拒絶的だった。
私に、ではない。
施設に対して、だ。
利用日のたびに苦情や文句を言い
「好きでこんな施設を利用しているわけじゃない。」とも何回も言われた。
周りとは仲良くなる気はないと
自分は作業をやりに来ていると
挨拶以外は周りと会話しなかった。
表情も険しく、壁を向いて過ごしていた。
私も周りもとても気を遣っていた。
傷つけないように、傷つかないように
一線を引いていた、あの頃。
あの頃の私が見たら、こんな未来をビックリするだろう。
「真咲さんに会えるから今日施設に来てよかった。」と、笑顔をたくさん見せてくれて、自分のことをたくさん話してくれて、私のこともたくさん質問してくれる。
今では施設の何人かの職員や利用者と打ち解け、できることが増えたが
それでもずっと、「真咲さんが一番好き。」と私を慕ってくれた。
私は要領がいい方ではないし
仕事で失敗することも多い。
人間関係に悩みを抱えることもあるし
仕事に対し、自信満々というわけではない。
それでも利用者の一人にでもここまで慕ってもらえたら
利用者の一人がここまで変わったきっかけになったのなら
私がここにいて、この施設で働いていることに意味はあるのかもしれない。
「また来週会おうね。帰り気をつけてね。」
そう伝えると、初めてハイタッチをしてくれた。
ボディタッチが苦手な人で、同性ともそういうことはしたくないと前に話していたのに。
福祉職を続けていてよかったと思う瞬間は
まさにこういった瞬間だ。