7年間で23%
脊髄梗塞の患者数は人口10万人に対して一人らしい。
まさか母親がこんなにレアな病気にかかるとは思わなかった。
60代後半になっても週5で働き、休みの日は農作業やガーデニングが趣味で、夫婦でよく旅行や外出にも行っていたのに。
私はずっと、母親は畑で死ぬのだと思っていた。
夏、畑で熱中症で倒れたまま死ぬのだと思っていた。
だけどまさか母親が障害者になり、畑作業ができなくなるとは思いもしなかった。
もう畑で死ぬことはない。
「畑でそのまま死ねたら本望じゃない。」母親が言う。
今となっては、そんな死に方はそう悪くはないのかもしれない。
脊髄梗塞の患者数は非常に少なく、脳梗塞が100人の村に数人いるとしたら、脊髄梗塞は1人もいるかいないか、というくらい珍しい病気らしい。
平凡な人生でよかった。
平凡な幸せがよかった。
こんなところで運を使わないでほしかった。
脊髄梗塞の平均年齢は50~60代らしいが、若年者の発症例もあり、遺伝子変異が関係していると示唆されているらしい。
原因としては、大動脈手術の周術期に合併症として起こる場合が多いが、20%程度は原因不明とされている。
お母さんはその20%の内の一人らしい。
10万人に一人の割合で、原因が分からない2割の内の一人なんて、レアにもほどがある。
手術の影響で発症した脊髄梗塞の場合は3年間で23%が死亡するのに対し、発症のきっかけが手術ではない脊髄梗塞の場合は7年間で23%が死亡する。
ネットにはそう書かれていて、私は読んでいてドキッとした。
お母さんは70代で亡くなる可能性もあるのだと思うと、複雑な気持ちになった。
お母さんは入院中、医師に二回「こんな体で生かされても仕方ない。死にたい。」ともらしたら、「人間はそう簡単には死ねないのよ。」と二回とも言われたらしい。
お母さんはよたよた歩きながら、色々できないことが増えながら、それでも今日も生きている。
お母さんにはずっと元気でいてほしかった。
畑で死なないでほしかった。
長く一緒にいたかった。
長生きしてほしかった。
だけど今は
さんざん普段制限がかかって、我慢して、生きているのを頑張っている分
せめて死ぬ時は苦しまずに死ねるといいのにと思う。
もう、これ以上お母さんに苦しんでほしくない。
7年間で23%。
高いか低いかよく分からない。
だって私も明日どうなるか分からない。
お父さんもだ。
…私かお父さんが今急死したら、お母さんはどうなるだろう。
お母さんが死ぬことよりも私やお父さんが死ぬことの方が怖くなった。
お母さんは要支援2だけど、今家で一人で過ごせる時間は限られていて、私やお父さんが生活面を手伝うことも多い。
「こんな体で生きてても仕方ない。」お母さんが泣きながら嘆いた時
「私が仕事に行っている間に人生を嘆いて、お父さんとお母さんで死なないでね。私を置いていかないでね。」と言った。
「そんなこと考えないよ。ご先祖様に申し訳ない。ともかはそんなこと考えたの?」とお母さんは驚いていた。
考えていたよ。
二人で一緒にいなくなりそうで怖かった。
「死ぬ時は家族三人一緒だからね。生きるのも家族三人一緒だからね。」
私は半泣きになりながら言った。
例えば七年後、私は40代後半に突入しているけれど
その頃父は母は私は
一体どうなっているだろう。