姉貴と弟のような関係
私が21歳の頃、某SNSである男の子と知り合った。
二歳年下のA君である。
今まで、ネット上でメル友や彼氏を求めて連絡先を交換し、メールしていた人はいたが
A君はそういった類ではない。
私が毎日書く日記や私の思想に興味を示し
実際に会ってみたいということだった。
異性としての私に興味がある訳ではなく
ネット上に存在する“真咲ともか”に興味があったわけである。
私がネット上の自分を真咲ともかと名乗ってから
誰かとオフで会うのは初めてだった。
何ヶ月かやり取りをしたものの、前もって写真交換はしていない。
どんな人が待ち合わせ場所にやってくるのだろうと、楽しみと期待と不安が入り混じっていた私の前に
その男の子は現れた。
イケメンで、お洒落だった。
なんということだ。
予想外にイケメンだ。しかもめちゃくちゃお洒落だ。私服がよく似合っている。
そして私はこういったコーデが大好きだ。
私は感じたままにA君に伝えると「俺イケメンっすか?そんなこと言われないですよ。別にお洒落でもないですよ。適当に服着てるだけです。」と、クールに素っ気なく伝えてきた。
さすがイケメンなお洒落は違う。
余裕があるのだ。
共通の趣味がカラオケだったので、まずは一緒にカラオケに行って2~3時間くらい歌った。
彼は本名を隠す気はなく、あっさり本名を教えてくれた。
会員カードは本名が書かれていた。
A君は歌も上手かった。イケメンはこれだから素晴らしい。
私は感想をそのまま伝えたら、またも「歌は普通ですよ。」とクールに返された。
そのくせ、どのアーティストのどの曲のどこがいいと、そういった話になると非常に熱くなる人だった。
このギャップが面白い。
彼の選曲は素晴らしかった。
メロディもそうだが歌詞も良く、私は彼が歌う曲は全て好きだった。
マニアックな曲も多く、知らない曲も半分くらいあったが
もともと私が知っている曲は、私も好きな曲だった。
余談だが、今でもカラオケでよく歌う曲は
A君から布教された曲ばかりだ。
それまでの私は、関係性が築けていない内は、カラオケに行く時は有名なアーティストのシングル曲を中心に歌うべきだと思っていたが
A君は全く気にしなかったので
二人でマニアックな曲を散々歌い、アニソンも歌った。
A君は私の歌にさり気にハモりを入れたりもした。
飲み物は二人ともカルピスだった。
趣味や好きなものがよく似ていた。
カラオケの後はマックに行った。
二人とも少食で、「マックのポテトは実に美味しい!」という価値観が一致し
マックで注文したメニューさえかぶった。
そこではA君が私に聞いてみたかったこととして、様々なお題を私にぶつけ、私は私なりの回答を伝えた。
友達と気軽に笑い話にできるような類の話ではなく、人を選ぶ話の数々で
私はA君が、こういった話を私とならできるのではないかと期待し
今日誘ってきたのだと思った。
面白い。なかなかこういった深い話をできる人はいない。
いや、異性限定なら初めてだ。
A君は自分に正直なタイプなのだと思った。
自分の内側に湧き上がる感情や思考を
私に容赦なくぶつけ、勝負を仕掛けているような気分になった。
そっちがその気ならこっちはこの気だ。
言葉を選びつつ自分の気持ちや考えを言語化したり
話し合いが白熱し
勢いに任せて、確固たる信念を私はぶつけたりもした。
「ともかさんが、案外普通なので驚きました。」
会った初日にそう言われて、私は逆に驚いた。
普通だとあまり言われたことがなかったからだ。
むしろ「変わっている。」と言われることが多かったし
私は変わっている自分が好きでもあった。
個性や自分らしさを私は大切にしていたからだ。
だから、最初にこう言われた時に
私は没個性という意味合いで言われたのかと勘違いし
内心ショックだったが
A君曰く、そういう意味ではないらしい。
「ともかさんは、見た目が普通ですよね。どこにでもいそうな女性で、初対面でも人見知りせず、表面的に会話している分には至って普通……というか、リア充の類。友達も多いですし。」
「そんな一見普通の人が、ブログに紡ぐ言葉や考え自体は深くて、そこに驚きを隠せない。
あんな文章を書いたり、あんな思考の人が、オフではこんなに普通だと思わなかった。」
「それでいて、俺や周りの人がどんな難題をふっかけたり、少数派の意見を言っても、否定しないんですよね。笑いながら、別にたいしたことないみたいに“そういう考えもあるんだね”ってスルッと受け入れちゃう。“そうなんだね”って真面目に向き合ってくれるまともさがある。
そんなことなかなかできないのに、一見どこにでもいそうな普通な女性ということに、俺はとても驚いた。」
そう………私は自分を使い分けている。
プライベートの自分と真咲ともかは同じ人でありつつも、役割は異なる。
真咲ともかは感情吐き出し場だ。
主に喜怒哀楽の怒りと哀しみを担当する。
リアルの世界で言えないこと、言わないこと、でも色々感じたことや考えたことを
ブログやSNSでぶつけていた。
“真咲ともか”が誕生した頃、感情の波が今よりも大きく、より感受性が豊かだったこともあり
性格は暗く淀んでいた。
それが彼女の役割だったからだ。
「嫌われてもかまわない」という覚悟があった。
だから、SNSにありのままにぶつけた。
実際の私はというと、人見知りせずに話しかけ、お笑い気質な人間だ。
周りからは「優しい」「行動的」「喜びや楽しさに素直」といった印象を持たれたし
悩みは聞く側の方が多かった。
心の内側や深い部分は、人にも見せるけれど
相手を選んでいた。
全てを話したからといって全てを理解されるわけではないし
あえて全て話すこともない。
なるべく明るくポジティブでありたい。
それがプライベートの私だ。
だから、私としては自身と真咲ともかで陰と陽の部分を上手く担当し
生活のバランスをとっていたつもりだった。
だが、基本的に陰の部分の担当をしていた真咲ともかは
SNSでは一部の人に尊敬をされたり、美化されていた。
鬼束ちひろやCoccoの歌詞の世界観に近いものを
日々文章として発信していた。
ネガティブに嘘はない。
通常は文章化しないようなあれこれを文章でまとめることで
人は「私だけじゃないんだ」「負の感情を抱いているのは普通なんだ」と捉えたらしかった。
私はA君の発言で考えさせられてしまった。
真咲ともかのイメージを損ねないためには、オフで誰かに会うべきではないのかもしれない。
真咲ともかも私だけど
真咲ともか名義で紡ぐ文章全てが私を表している訳ではないし
ネット上ではネット上の人と繋がり
プライベートではプライベートの人と繋がり
オンとオフは分けるべきなのではないか。
そんなことを考えた。
A君の私への期待やイメージ壊しちゃったかな…まぁもう会わないだろう…と思ったが
A君からはその後もちょくちょく遊びに誘われた。
私を気に入ったらしかった。
A君は私を、本名の下の名前にさんをつけて呼んだ。
男性から下の名前で呼ばれたのは、これが初めてだった。
基本的にはカラオケ→マックでトーク、という流れだったが
A君お気に入りの喫茶店やBarに誘われたり
水族館に行ったり
一人暮らしを始めたというので、部屋に遊びに行ったりもした。
彼氏よりも先に、私に手料理をふるまってくれたのはA君だった。
男子の手料理は初めて食べた。
A君は趣味がギターで、ジブリなど有名曲をメドレーで弾いてくれた。
メドレーに混じって、一曲知らない曲があった。
私「今の曲、知らない曲!いい曲だね。一番好き。」
そう言うと、A君は実は自分のオリジナル曲だと教えてくれた。
私「そういうことは先に言いなよ!」
A「言ったらともかさん、普通に褒めるでしょ。だからメドレーの中に混ぜて素直な反応見たかったの。」
さすがA君だ。
私の性格をよく知っている。
私は作詞をするが、A君は私の詞に曲は作らなかった。
逆にA君の曲に、私も詞をつけなかった。
なんとなく、そういう気にはなれなかった。でも相手には自分の作品を知っておいてほしかった。
お互いに同じ気持ちだったのだろう。
A君は私に「灰羽連盟」というアニメをススメてきた。
ともかさんなら気に入ると思うと言われ
なるほどな、と見ていて思った。
当時、A君イチオシ漫画は「ARIA」で、私は「浪漫倶楽部」で
どちらも天野こずえ先生の漫画だった。
天野こずえ先生は神!と言い合いながら、私とA君は相手がススメる漫画は未読だったので
話をきっかけに、お互いのオススメ漫画も読んだ。
A君は私の弟のようだといつしか思っていた。
精神的な双子の弟だと。
顔も似ていないし、日常生活のスタイルは異なる。
性格自体は似ていないのだが
私の心の陰の部分を取り出して深くした人が
A君だと思っていた。
A君も、「似ていないけど、同じものを感じる。」と言っていた。
精神的な双子説も、否定はしなかった。
「弟、よろしくね!」と私が笑う。
「任せとけ、姉貴。」と彼がクールに返す。
姉貴と弟のような存在だ。
私達は恋愛には発展しなかった。
手を繋いだことさえない。
何度会っても何時間も語り合っても
私達の関係は変わらなかった。
一応友達のくくりなのだろうが
友達というには、少し違和感を感じた。
他の人とは話せない哲学的なことや倫理感、死生観なんかを
私達は溢れるままに伝えた。
心の内にある気持ちを言語化して、お互いなら分かち合えるような気がして
定期的に会っては吐き出し
「あ~私(俺)だけじゃなかったんだな。」と
お互いに安心していたんだと思う。
やがて私に彼氏ができ、A君は多忙な仕事に就いた上に遠くに引っ越したことがきっかけで
段々と会う回数は減っていった。
A君は社会人になって働くごとに、どんどん暗くなり、病んでいった。
趣味が多かったのに、楽しめない状態になっていた。
ブラック企業だったようだし、プライベートでも色々あったらしい。
私は時折会って話を聞いていたが、以前ほどは会えない。
私は私で社会人として忙しかった。
転職の報告を直に聞いたのが、最後に会った日だ。
転職先もハードらしいが
それでも気持ち的にはだいぶ楽らしく
笑顔が戻ってきたのでよかった。
そして今では時折、連絡をする仲だ。
去年、京都アニメーションで放火事件があり、たくさんの人が亡くなり、負傷した時
私は真っ先にA君を思い出した。
A君はアニメ関連の場所で働いていたし、アニメに対する思いが強かった。
私は心配になって、LINEをした。
A「京アニは素晴らしいスタジオだし、好きな作品もあるけど、あんまりそっちに意識寄らないようにはしてる。どういう人達とか関係なく殺しちゃいかんし、大事件だからね。」
A君らしいな、と思った。
それでいて、だからA君が好きだと思った。
私はA君ほどではないけどアニメが好きで
アニメ作りの大変さもよく分かっていて
技術もちょっとかじったくらいでは身につかないことを知っている。
アニメは神だ。
大切な財産だ。
それを無慈悲にも燃やされ
有能なアニメーターの方や京アニ関係の人が亡くなった時
私含め周りのアニメ好きは
そこに焦点をあてて怒り、悲しんだ。
ましてA君はそういったところで働くほどアニメを愛し、仕事の実際を知っている。
そんなA君は
私含めアニメ好きの周りの人の誰よりも
普通であり、まともだった。
「どういう人達とか関係なく殺しちゃいかん」
私はまだまだだ。
アニメが絡んだことで、感情的になってしまった。
本当に、A君の言った通りだと思った。
A君の発する言葉はハッとすることが多く、物事の本質を改めて見極めたり、考えさせられることが多い。
A君曰く、それは私の言葉でも同様らしく
お互いに無意識に発した「当たり前で普通」の言葉や価値観に
お互いにいい刺激を与えている。
なお、A君曰く、今まで知り合ってきた女性の中で一番女性らしいのが私らしい。
彼氏でもなく、友達でもなく、
弟のようなA君に初めてそれを言われた時
驚いたと同時に、とても嬉しかった。
A君は私に嘘を吐かないと、姉貴は知っているから。
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