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下着だけが女子をしている

私のブラジャーデビューは小学校高学年だった。

小学生にして身長160cm以上だった為、同級生の中でもブラデビューは早かった方だと思う。
最初はオーソドックスに白のスポーツブラから始まった。
ブラジャーをつけるとはいっても、まだまだ胸は発展途上で、母親のような膨よかなバストにはほど遠く、いかにもなブラジャーへの道のりは遠いと思っていた。

 
中学生になり、同級生は皆ブラジャーデビューを無事に果たした。
私もこの頃にはスポブラを卒業し、ホックのブラジャーに入学していたと思う。
それでもまだまだ、ブラジャーは子ども用・思春期用といったデザインや色で
色気やセクシーさ等はまだまだ足りない。
そんなブラジャー時代を過ごしていた。

 
 
転機が訪れたのは中学校三年生の頃だった。

友達の家に遊びに行くと、PJ(PEACH JOHN、ピーチ・ジョン)、という雑誌を見せてくれた。
外国の女性モデルがカラフルで派手な下着を身につけていた。
女性専用下着カタログだった。

私はおののいた。

下着カタログを見たのは初めてだったし、それがまた外国のモデルさんの下着姿だったからなお刺激的だった。
母親の下着とも姉の下着とも違うどころか、その辺の下着屋にも売っていない鮮やかな派手な下着は
私には眩しすぎて別世界だった。
私のブラジャーの概念にはなかった世界だ。

さすが大人で美人でナイスバディだとこういう派手な下着が似合うものだ!

そうひたすらに感心していると、隣で友人がとんでもないことを言った。

「PJ、かわいいでしょ~!私の下着、PJなんだ。ねぇお揃いで同じ下着買おうよ!!」

 
い・ま・な・ん・と・言・っ・た!?

 
え?私が?こんな?派手派手な?下着を?
え?私が?え?え?えぇ??

 
「お揃いでかわいい下着、楽しいじゃない。かわいい下着つけると気分が変わるよ~!」

 
戸惑う私に友人のプレゼンは止まらない。
そのプレゼンに対して反論はなく、拒否する理由もない。
私は押しに負けた形で、友人と同じ上下セットを二種類買った。
なんだか勝手がよく分からないので、友人にススメられるまま、お揃いを買った。ただし色違いだ。
それは白いレースが素敵でパステルカラーが映えるタイプと、光沢が美しいビビッドカラーのタイプだった。

 

注文をしてからしばらくして、その下着セットは届いた。 
中身が分かっていたにも関わらず、箱を開けた時は、下着のデザインの大胆さや色合いに「ひぇぇぇ。」とおののいた。
着るどころか、下着を触ることさえ時間がかかった。
かろうじて持ったところで、手がプルプルと震えてしまう。

ようやく下着をつけて、全身鏡の前に立って、頭のてっぺんから足のつま先までまじまじ見ても、ため息をついてしまう。

下着だけが女子をしている。

私の率直な感想はそれだった。
下着泥棒に狙われてもおかしくない、お洒落でかわいい下着は、どこからどう見ても私にはひどく不釣り合いだった。
私は髪は天パーで毛量は多く、体はぽっちゃりで、顔もニキビだらけで実に可愛らしくなかった。
だけど、せっかく買ったからには着ないと勿体ない。
「えぇい、ままよ。」の気分だ。
大丈夫。制服の下がこんな下着だなんてみんな知らない。気づかない。

当時、学校に履いていく白い靴下は、ワンポイントだけが許された。
そのワンポイントを何にするかどうか。
私が学校でする精一杯のお洒落なんて、それ程度だった。
カラフルなピンは許されず、髪は黒ゴムでまとめた。
メイクはもちろんしていない。
そんな私が、下着だけはやたらとキラキラとしたかわいいものを着ている。
色々なハードルを勢いで飛び越えすぎた気がした。
真面目な制服の下には、色気や可愛らしさを感じる下着を着ている。

それはひどく、妙な気分だった。

私は勝手にドキドキしていた。
自分が大人に、そして女性に近づいていることに、一人ドキドキした。
友達と約束して同じ日にお揃いの下着をつけて登校したこともある。
二人だけの秘密のような、恥ずかしくて照れくさい、でも嫌な気持ちはしない不思議な気分だ。

何気ない顔をしている友達の制服の下は、私と同じあの下着なんだ…

そう考えると、少し赤くなってしまう。
どんなにふざけ合っていても、笑い合っていても、同級生なのに、友達は私よりずっと先にいる感じがした。
あの下着を自分のものにして、楽しめる余裕からか、友達の横顔はやけにキレイに見えた。

「慣れれば楽しいでしょ?」

友達が笑う。
確かに最初こそ、こそばゆい気持ちだったけど、下着を身につけるたびに私は徐々に慣れていった。
友達を追いかけるように、私も前進していた。心も体も一歩ずつ前に向かっていた。
そして確かに友達が言っていたように、気分は明らかに違かった。明るかった。
誰に見せるでも、気づかれるでもないが、その下着を身につけると、内面は豊かになっていた。

下着が持つパワーがこれほどのものかと、私はこの時に初めて学んだのだ。

 

 
 
ブラジャーの友達の影響とは大きいものだ。

私が次にそれを実感するのは大学二年生の頃だ。
 
 
二年生になってから知り合い、仲良くなった友達から私は補整下着の話を聞いた。

補整下着?なんじゃそりゃ。

友達が何も知らない私に補整下着のプレゼンをする。
どうやら、美を意識した下着らしい。
ブラジャーのデザイン重視の美ではなく、補整下着によってボディメイクをし、ただ体重を減らすのではなく、ボディラインがきれいなバランスの良い体を作る為に必要不可欠なのが補整下着らしい。

ははぁ。なるほど。

どうやら私は下着に疎いらしい。
こうして友達に誘われ、私は人生で初めて補整下着専門店に行った。

 
 
そこは電車に乗ってかなり時間がかかる場所にあった。
下着を買う為だけにわざわざ遠方に行くことが面白かった。
この友達と三人組で出掛けたのは初めてで、その初めて出掛ける目的が下着なのだから笑ってしまう。
そう、笑っていられる余裕が私にはまだあった。
無知だったのだ。


友達に案内されてお店に到着した。
扉の先にある世界は

私の下着屋の概念を大きく覆した。

下着屋といったら入り口に看板があって、色っぽいマネキンが下着をつけていて
ブラジャーのみ、パンツのみ、もしくはセットでハンガーにかかって売られている。
値札が全てについていて、店頭奥のレジの方にはキャミソールの他に、靴下やパジャマ等下着以外も売っている。

それが私の下着屋のイメージだ。

中学生の頃に下着専用通販もあることは知った。
だが、これは一体、なんだ…?

 
そのお店では、品の良い女性が待っていた。
他にお客はいない。
このお店は予約専用だという。
お店の中には試着ブースがあり、ソファ等お洒落なインテリアやタンスが並んだ。
見える場所に下着らしい下着は置いてない。
一見、モデルハウスかお洒落な個人部屋のようなその部屋は
言われなければ下着屋とは分からない場所だった。

 
 
その店員さんはお茶を出してくれた。
お茶を飲みながらアンケートに答え、スリーサイズを測った。
よく少年漫画等に女性スリーサイズが出てくるが、私含め実際自分のスリーサイズを知らない女性が数多くいると思う。
洋服のサイズと同じように、下着のサイズも分類はされていても、大雑把と言えば大雑把で
正確な数値を知らなくても案外どうにかなる。

そんなわけで、私が初めて自分のスリーサイズを知ったのはこの時だ。

スリーサイズを調べた後、自分の体のコンプレックスや理想の話をして
そのカウンセリングを元に小綺麗なタンスから丁寧に数種類の下着を取り出して並べた。
 
ははぁ……

やはりその下着は、そこら辺の下着屋に売っているものと形や質が違かった。
高級ランジェリーといった形だ。

「おいくらなんですか?」

私は恐る恐る尋ねた。
高級だろうとは思っていた上での質問だったが、その品の良い店員さんの口から穏やかに告げられた金額は、私の予想の遥か上だった。
一着で一万円を軽く超していた。

 
ちょ……ちょっと待って。
下着は毎日替えるものなのよ。
こ、こんな一枚数万円だと、一日分買うだけでいくら飛ぶの!?

貧乏性な私は心底ビックリした。

 
「高いから一気に買わないで、ちょっとずつ集めていくんだよ~。」

私を誘った友達二人は平然と言い、自分用の下着のカウンセリングを受けていた。

…私は軽い気持ちでついてきたことを後悔した。

  
予約専用店だ。
他にお客さんはいない、密室。
わざわざ今日はこのお店に来るために遠方に来た。
下着をススメる店員さんと、既に購入している友達二人。
お茶をご馳走になり、アンケートに答え、スリーサイズを測ってしまった。
様子見だったのだ。私は様子を見て、場合によっては買わないつもりだったのだ。

だがこの状態で、誰が買わないと言えるだろう。
通常の下着屋のように、フラッと来て、フラッと見て、気に入ったものがなければ立ち去るというフランクさが
このお店にはなかった。

友達二人は補整下着にハマッている。
効果を信じている。
ここで金額を理由に私が断ったら、今後の関係に亀裂が入りそうで怖かった。
雰囲気は悪くなる。
買うように決して強要はされていないが、非常に断りにくい雰囲気だ。
断るとしたら、お店に来ること自体を断るべきだった。毅然とした態度でするべきだった。

…これはもう、引き返せない。

私は結局、当時の月のバイト代全額に匹敵する下着セットを購入した。
今家にある下着全ての値段を足しても、今日下着に費やしたお金には勝てないだろうと思った。
なんと高い買い物だろうか。
当時、私が今までに個人的に購入したものの中で一番の高額が、補整下着だった。

 
中学生の頃にセクシーな下着を買った時は母親が「あんたも色気づく年頃ねぇ。」と言ったが
補整下着を買って帰った時は
「お母さんも若い頃は試したけどねぇ、結局使わなくなるのよ。」と私に告げた。
人生の先輩、そして親からの切ない体験談だ。

いやだが、もう後には退けない。
信じる者は救われるのだ。
数万円でナイスバディ効果が出たら素晴らしいじゃないか。
母親と私は補整下着のお店が異なるし、個人差がある。
試してみなければ分からないこともあるじゃないか。

 
  
私は店員の方に教わったように補整下着を使った。
ただつければいいというわけではない。
ボディメイクが大切なのだ。
一組しか買えなかった私はその下着をつける日も決められていた。
   

下着を着けた後は着けた後でぬるま湯で手洗いをして、バスタタオルの中に包んで湿気を取り、その後は決められた形で決められた場所に隔離して丁寧に干し、決められたたたみ方でたたんだ。

下着様々だ。

今まで、こんな風に下着と向き合ったことはなかった。
その日の気分で下着を選び、ネットに入れて下着は洗っていた。
ぬるま湯で手洗いなんてしなくても、安物であっても、案外下着はタフなことを私は十分に知っていた。
干す場所だって、他の洗濯物と同じ場所で何も問題はなかった。
もちろん、たたみ方も我流だ。

その私が下着様に負けたのだ。

お金を費やした分、元をとってやろうと思った。
とりあえずは説明通りに使ってみて、ボディラインがキレイになるかどうか、下着が長持ちするかどうかを見てやろうじゃないか。
そんな気分だった。

 
 
補整下着をつけて数ヶ月が経過した。

友達の話では一着だけでは効果が薄いから追加を買うこと、着心地チェックのために定期的なカウンセリングが必要であるということだった。
 
 
補整下着は苦しく、つけているのが辛かった。

また、私が一番安いセットを買ったことも恐らく災いし、部分的にラインはすっきりしたが、全体バランスは悪くなったように、個人的には感じた。

高額を出して、辛い思いをして、丁寧な手入れをした結果得たのは私にとって、決してプラスではなかった。

 
補整下着購入後、私の地元にもお店があることを知った。
友達と私の家はそもそも離れていたので、「今後は様子を見て、自分のペースで地元店に行こうと思う。」と私は友達に告げた。
それは本当でもあり、嘘でもあった。

効果に個人差はあると思う。
食生活や環境も大きく影響すると思う。
私が一セットしか試していないこともあると思う。
補整下着の効果を否定するわけでは決してない。


ただ、私は補整下着にこれ以上投資して、自分のボディメイクをしようという気は起きなかった。
私にはそのやり方は合わなかった。
そう思っている。

 

やがて補整下着はダメになってしまい、私はそれを手放した。
そしてもう二度とそのお店に行くことはなかった。

 

 
 
ガールズトーク中、恋バナばかりではなく、下着の話にもなる。
10代、20代、30代と年代が変わり
私や友達の心身の状態は変化していった。

見た目が可愛らしい下着を好む時代を通り越し、素材や質にこだわる時代に突入した。
加齢により胸が垂れやすくなったり、今まで使っていた下着が合わなくなったりし、下着への探求は止まらない。
今はどういった下着をつけているのか、評判がいいのはどれかといった情報交換をし、ブラジャー話で盛り上がる。

 
私が今一番気になっているのはナイトブラだ。
最近、ネットを見ているとナイトブラの広告がやたら目に入る。
普段用のブラジャーとナイトブラはかなりつけ心地が違うのだろうか。

それもまた、きっと個人差があるのだろうな。

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