ルールと心を動かすパズル 『Baba Is You』
寒暖差の激しい3月を乗り越え、ようやく暖かくなってきたが、僕のメンタルはいつになく傾いたままだった。10代の頃は軽く落ち込むことすら滅多になかった僕だが、多忙と責任の重圧に睡眠不足、さらには厳しい寒さまでもが加わり、参ってしまったのである。
精神的に弱る経験の少ない僕は、弱った人がハマる典型的なピンチに陥っていた。物の見方が狭まり、考え方が凝り固まったのだ。いくらでも解決法があるはずなのに「この辛い日々が永遠に続く、そうにちがいない」と思い込んでしまう。次第に気力を失い、家事すらできなくなる。
毎日着実に荒んでいく部屋、溜まっていく洗濯物、観たいと思いながらずっと観ていない映画、買ったのにプレイしてない大量の積みゲー……。このままではマズい、とにかくできることからやっていこう。部屋の掃除は苦手だから、まずは簡単そうなゲームから……。
そうして選んだのが『Baba Is You』だった。
『Baba Is You』はシンプルな倉庫番(マス移動と押すだけの動作)タイプのパズルゲームだ。プレイヤーは主人公を一マスずつ歩かせ、主人公が押して動かせるものを動かし、ゴールを目指す。
ただひとつ、他にない特徴がある。それは「パズルのルール」もパズル内にブロックとして存在している点だ。
「WALL」「IS」「STOP」はそれぞれが独立したブロックで、主人公はこれを押して動かすことができる。それらの連結が外れれば、「WALL」はもはや「STOP」ではなく、壁は主人公を遮ることがなくなる。
それだけではない。例えば「STOP」の代わりに「PUSH」を置けばどうなるか。「WALL」は今や「PUSH」できる。つまり主人公は壁を押して動かすことができる。
主人公もルールの中にいる。「BABA」「IS」「YOU」がそれだ。この連結がもしも外れてしまったら、「YOU」が存在しなくなってしまう。うまくすれば、「YOU」をBABA以外のものに入れ替えることさえできる。例えば、このマップで「WALL」を「YOU」にしてしまえば、何が起こるだろう?
僕らはいつだって「そうにちがいない」という狭い見方と凝り固まった考え方に閉じ込められている。その牢獄から抜け出すのは、何ものにも代え難い特別な体験だ。『Baba Is You』はその「牢獄と脱出」のデザインが極めて優れている。決してワンアイデアなだけではない。各ステージが常に新鮮な「固定観念の破壊」をプレイヤーに与えてくれるのだ。「OPEN」するのは「KEY」でないといけない理由はあるのか? 「YOU」がひとつだけというのは思い込み? 「WIN」が「FLAG」であるとは限らないはずだ……。
パズルに集中しているとき、僕の心に雑念が入るスキマはなくなる。責任、重圧、雑務、焦りといった、24時間僕の心を渦巻いていた「黒いもの」はスッキリ消え去り、目の前にあるパズルと、心地良いBGMが心を満たす。
パズルは心のストレッチなのかもしれない。
あっという間に時間が過ぎた。ゲームを中断し、散らかった部屋を眺める。何を悩んでいたのだろう。部屋は片付ければいい。洗濯物も洗濯機に入れるだけ。完璧にこなす必要もない。それでも大変なら、たまには誰かに助けてもらってもいいんじゃないか。仕事だって、別に失敗したからといって僕が死ぬわけではない。WORK IS YOUじゃないんだ。
そうして、次の日たっぷり寝坊して社長にメチャクチャ怒られ、MENTAL IS OWARIになるのだが、それはまた、別のお話。
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