見出し画像

どうか、ご無事で

 ふと仕事の打ち合わせ中に、突然鳴り響いたウィーンウィーンと耳障りな音がweb越しに聞こえてくる。私は思わず体が少し、強張った。その不穏な音は、緊急事態が起こったときに鳴るもので、私がいた場所は全く揺れる気配がなかったので誤報だといいな、と思っていた。webの向こう側にいる人たちも何がんだかわからない様子だった。

 結局その後、テレビをつけると鹿児島や高知の湾岸線沿いで地震が起きたことがわかった。火の用心、津波も第一波が到来している。あれはもう10年前のことになるのか、東日本を襲った大地震。もう随分昔のことのように感じる。私は当時、東京でちょうどアルバイトに行く途中の出来事だった。

 電車に乗っている最中で、突然ぐらぐらと揺れた。そのとき地下の中を電車は走っていたのだが、思いの外それほど大きな揺れは感じなかった。それでも、電車が急停車して近くの駅までトボトボと歩くことになったときには、これは何かまずいことが起こっているなという感覚があった。

 降り立った駅は浅草だった。普段はたくさんの人でごった返しているのに、外に出たら辺り一体が割れたガラスだらけだった。そのとき参拝に来ている人たちも皆何が起こったのかわかっていない様子で戸惑いの様子が表情に現れていた。あのときにやるせなさ、寂しさは正直言葉に表すことができない。

 今浅草を訪れても、当然ながら何事もなかったかのようにたくさんの観光客で溢れかえっている。割れた瓦礫や破片の存在は微塵も感じられない。それでも、ふとした拍子にあの日の出来事がフラッシュバックする。近くには、割れたガラスで血を流した人の姿があった。

 そしていざテレビを見た時の衝撃といったら。街が大きな波によって全て流されていく。それまで築いた人たちの生活が、跡形もなく消えていく。当時を綴った小説やルポを折あるごとに読むのだが、やっぱり当時は今思い出しても全てが覆ってしまった瞬間だと思う。結局、家族の姿を確認することができなかった人も多かった、ということを聞いた。

 どうか、無事でありますように。日本は地震大国だと言われ、自然災害とは切っては離せないことはわかっている。たくさんの混乱の中で、それでもこれまで積み重ねてきた歴史によって、皆が警戒心を持って、少しでも不安な日々から解放されることをただ願った。

末筆ながら、応援いただけますと嬉しいです。いただいたご支援に関しましては、新たな本や映画を見たり次の旅の準備に備えるために使いたいと思います。