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【リハビリ日記】世にも悍ましい虫の話

 最近、とあることが私の頭をひたすら悩ませている。

 ことの発端は、いつだったか思い出せない。2年ほど前、突如降り立った平和の象徴・でん助(注:鳩のこと)。彼らは、古より人へ刹那に宿るメッセージを伝えるものとして愛されてきたらしいが、私からしたら彼らの存在は目障りなものでしかなかった。ベランダへやってきてはせっせせっせと手紙の代わりに枝の切れ端を運び、ともすれば自分たちの愛の巣を作ろうとする。人の住処に、なんて太々しい! 非常に厄介な存在である。

 なんとか彼らを我が領域に招き入れないようにするべく、ヘリにガムテープを貼ったり、テレワークの合間にジィっと見つめたりして、季節が2つ越えるときに、彼らはようやく執着心を捨て去り、私の目の前から姿を消してくれた。たぶんドラマでよく見るようなドロッドロの愛憎劇に巻き込まれた人たちも、その時の私と同じ徒労感を味わったことだろう。

*

 そして時はゆるゆると流れ、2024年。招かれざる来客はようやくいなくなったかと思いきや、その代わりに現れたのが無数のミニマルズである。ある時、ふと植物の葉っぱの裏を見たら、そこには驚くほどの緑色の小さな虫たちが蔓延っていて、ギャッ!と思わず声に出してしまった。き、気持ち悪い。外は蒸し暑いのに、背中に冷たい汗が降って沸く。これってなんていうんだっけな──と思って調べたら、トライポフォビア(集合体恐怖症)というらしい。

 これはいかん!と思い、視認する限り彼らを必死にその場で払ったり潰したり、もうその瞬間私は生ける殺戮マシーンと化したのである。しかしながら、その後も彼らは増殖するばかり。どこから出てきたのか、植物に寄生してはいつの間にかそぞろ増えているのである。勘弁しとくれ……とホームセンターで買ってきたスプレーを思いっきりふりかけ、なんとか落ち着きを見せているところである。(たぶん、アブラムシですね)

*

 先日、たまたまみなとみらいに出かける用事があったのだが、そこで見かけたのが一つの自動販売機。

 なーんか不思議な外観だなぁと近づいてよくよく見たら、最近何かとメディアでも取り沙汰されるようになった昆虫食の販売機だった。コオロギとかはまだいい方だし、なんなら私が住んでいる地域はイナゴの佃煮も有名だったりするし、それほど抵抗はないと思っていたのだが、やっぱり〇〇の幼虫みたいなのを見ると、昔のB級映画に出てきた○ームを想像してしまって、ギャっと声を出したくなった。

↓まさにこれでした。

 そりゃね、この世界が食糧危機に直面して他に食べるものが虫以外ないというのであれば、これも生きるため、ウッとうめいて食べることはあるかもしれないが、少なくとも自販機で野口さん2枚使って買う人はいないだろうなぁと思ってしまった。たんぱく質豊富と言えどもね……。

 という話をしていたら、私の知人の中に実際に昆虫を食べた人が現れたのである。仮にK君とするが、彼は数年前にちょうどコロナが流行り始めた時、これは何かサバイバル能力を身につけなければならない、と突如思い立ち、何を思ったのか野山に入って食べられそうな虫を見つけようと躍起になったらしい。

「え、それで何を食べたの?」(この時点で私は妙に胸がドキドキしている。ジェットコースターに乗った時の感覚に近い)

 目の前に置かれたクリームソーダからストローを通して、液体を流し込む私。暑い夏はやっぱり、これだよね。

「まずね、セミ」

「へ、へぇ」(完全に変人を見るような目つき)で、「どんな味だったの?」

「んーあれは……エビだったね

「!!!」

 危うく、緑色の液体が鼻から抜けるところだった。

 その瞬間、私の中にエビがピチピチ跳ねている姿がイメージとして浮かぶ。え、エビかぁ。エビねぇ。それ以来エビを食べるたび、同じようにセミがミーンミーンと鳴く姿が思い浮かんだ。夏の夜の儚さを体を震わせて訴える蝉の姿、ピチピチ跳ねるエビ……。

 もう、エビがセミにしか見えない・・・


 という辛い憂き目に合っている。昔の人たちはよう最初エビを食べようと思ったなぁ。我々はエビが美味しいということをわかっているからエビを食べることができるけど、たしかに見え方によってはエビって、ものすごく虫っぽいもんなぁ。悲しい、たぶん第一印象ってものすごく大事で、セミも生まれた時からこいつらは美味しいんだよーと言われたら別の運命を辿っていたのかもしれない。

ちなみに、K君は他にも○ミの幼虫も食べたらしい。その味わい的には、自然の香りがするナッツの味わいとのこと。もうその時点で私は理解することを放り投げた。

脳がショートしかける。だるまさんもどう? と和かに言われたが、この世界が危機的な状況にならん限り、やめておきますと丁重にお断りした。

*

 初夏に差し掛かり、ますます外は茹だるような暑さに包まれ、時にはぬるい雨が降り注ぐ。私は時折会社に出て仕事をしていたのだが、ある日家から帰ってくると、さる出来事が降りかかる。

 私が帰って「疲れたなぁ〜」と思ってぼんやりしていたら、突如私の目の端で黒い物体がスーッと何事もなかったかのように浮遊していたのである。しかもかなり、大きい。その時の私の驚きようと言ったら。二の句も告げられず、これはしかし、捕まえんといかん!と思って追いかけると、彼は私を嘲笑うかのように、備え付けの壁面収納の裏にヌルッと入ってしまったのである。

(や、やられた……)

 私はおっかなびっくり壁面収納の裏を見るも、影も形もない。あれはもしや名前にするのも悍ましいGだったのではなかろうか。一抹の不安を拭うことができない。今の家に新築の状態で引っ越してきてから丸4年が経過していた。その日を境に、私は夜な夜な虫が私の部屋を席巻する夢を見た。うーん、でもお尻は黄色かった気がする。

(虫なんてムッシー、インセクトなんてネグレクト〜)というしょうもない韻を踏んだダジャレしか思いつかいくらい、私は疲弊していた。現実を忘れるために、下手くそなダンスを踊っていた。虫を寄せ付けない儀式、シャーマンも見たらびっくりだろう。

 それから数日経って、玄関を見ると黒い虫がじっとしていた。どう見てもGとは似ても似つかない。あの夜、不意に飛んだ虫の正体がこいつだったらいいなぁと思い、ぽいっと外へ放り投げた。

 現金なものでそうした訳の分からんものの正体の代替物が見つかったことによって、私はそれ以来スヤスヤと眠ることができるようになった。しかし、時折頭を掠める虫の侵略説にいまだに震えるし、ミニマルズは隙を見せるとあっという間に広がるもんだから、私VS虫たちの戦いは混戦を極めそうな気配である。

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だいふくだるま
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