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【1分小説】階段vsエスカレーター



 駅の構内には、今日も人々が行き交う。
 スーツ姿のサラリーマン、買い物帰りの主婦、部活帰りの高校生たち——。
 彼らは当たり前のようにエスカレーターへと乗り込んでいく。

 しかし、その横にある階段は、どこか寂しげだった。
 かつては通勤客がひしめき合い、無数の靴音が響いていたというのに、今や誰も見向きもしない。

「……時代、か」

 階段は、そっと呟いた。

 一方、エスカレーターは鼻高々だった。

「おいおい、時代遅れの段差野郎。今日もひとりぼっちか?」

 隣で悠々と人々を運びながら、嘲笑う。

「現代人はな、効率と快適さを求めるんだ。お前みたいに、ただ上らせるだけの古臭い存在は、誰も必要としねーし、地面の無駄使いなんだよ!」

 その言葉に、階段は黙っていた。

 確かに、近年の駅ではエスカレーターが主役となり、階段はすっかり影を潜めた。
 人々の足は楽を求め、機械の力に身を委ねている。

「……それでいいのか?」

 階段は、静かに自問した。

 そんなある日——。

 突如、駅のアナウンスが響いた。

「現在、エスカレーターが故障しています。ご利用の方は、階段をご利用ください」

 駅はざわめいた。

「えっ、マジ? どうすんの?」
「いや、階段あるし、上るしかないだろ」

 こうして、久しぶりに人々は階段を使うことになった。

 サラリーマンがハァハァ言いながらスーツを汗で滲ませ、女子高生が「階段ツラ……」と呻く。
 駅全体が、突如として運動会の様相を呈した。

 しかし、その中で——。

「あれ? なんか気持ちいいかも」
「久々に階段使ったけど、ちょっと運動になるな」

 意外にも、階段の良さを再発見する者も現れた。

 そして、ついにエスカレーターが復旧すると、ある異変が起こる。

エスカレーターが空いてるのに、階段を使ってる人が増えている——。

 そう、何人かの通勤客が、あえて階段を選ぶようになったのだ。

「……フッ」

 階段は、わずかに笑った。

 一方、エスカレーターは唇(手すり)を噛みしめた。

「チッ……調子に乗るなよ、時代錯誤の凸凹野郎……!」

 こうして、階段とエスカレーターの長きにわたる戦いは、新たなフェーズへ突入したのだった——。

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