第1回 古代エジプト人たちに“会える”エジプト展
展覧会をもっと楽しむ!“骨のエキスパート”坂上和弘先生インタビュー(全5回)
6体のミイラに科学と考古学両方の視点から迫る、特別展「大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語」。最新の科学技術を用いたミイラ研究とは一体どんなものでしょうか?監修者の一人、国立科学博物館の坂上和弘先生に聞きました。
取材・構成:渡辺鮎美(朝日新聞メディアプロダクション)
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坂上 和弘(さかうえ かずひろ)先生 プロフィール
国立科学博物館 人類研究部 人類史研究グループ長。専門は自然人類学・法医人類学。先史時代から現代までの人骨やミイラが研究対象。
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――改めて、「大英博物館ミイラ展」のみどころを教えてください。
今回は、古代エジプトに生きていた人たちに対面できる展覧会です。
「古代エジプト」なんていうと、すごくかけ離れた感じがしてしまいますよね。よく目にする古い壁画のイメージで、顔が横向きなのに目はこっち見ているような「変な人」しか存在しないんじゃないか、みたいな(笑)。でも、そうではない。私たちと同じように何かを考えながら、生きていた人たちです。
そんな古代エジプト人たちの生きざまが、6体のミイラとその最新のCTスキャン画像、そして発掘された様々な遺物から浮き彫りにされていくのが本展の面白いところ。ぜひ彼らに会いに来て欲しいと思います。
ミイラたちは、ものは言いませんが、代わりに体で語ってくれています。
坂上和弘先生
――昨年から今年にかけて、国内では「エジプト展」が数多く開かれています。本展ならでは特徴は?
これまでの「エジプト展」は、多くが古代エジプトの「きらびやかな遺物」や「神話」などにフォーカスした内容でした。つまり古代エジプトに生きた人たち自身ではなく、彼らが残したモノや、持っていた思想について取り上げた展示が中心でした。
本展は、古代エジプト人の「人となり」に注目し、6体のミイラ一人ひとりの人物像にまで焦点を当てた大変ユニークな内容になっています。こういった展示は過去の展覧会ではほとんど例がなく、「ツタンカーメン王」にスポットを当てた2012年の「ツタンカーメン展」くらいではないでしょうか。しかも今回は1人だけではなく、6人もの人物が登場します。長年の古代エジプト好き、という方々にも新たな視点で楽しんでいただけると思います。
――先生おすすめの展示物はありますか。
一つは子どものミイラです。
長く続く古代エジプト文明の歴史の中でも、子どものミイラは新しい時期になってから現れます。時代を経るにつれ、社会における子どもの位置づけが変化してきたことが理由に考えられます。
日本にも「3歳までは神のうち」という言葉がありますが、古代エジプト社会も元は「小さい子どもは亡くなってもしかたがない」というスタンスだったのでしょう。それがマケドニア王国やローマ帝国、つまりヨーロッパの文明と接し始めたころから、子どもは面倒を見てあげなくてはならない存在だ、という考えが広がっていったようです。それが子どものミイラという形に表れています。
子どものミイラと、CTスキャン画像から作成した3次元構築画像(ローマ支配時代、後40~後55年頃、大英博物館蔵)© The Trustees of the British Museum
子どものミイラは、亡くなった子を悲しむ気持ち、弔いの気持ちから出た、ミイラに残したいという親や周囲の人の心の表れでもあるはずです。現代人にとっても、感じるところが多いのではないでしょうか。
また、出土した遺物から、子どもたちがどんなおもちゃで遊んでいたか、どういった教育を受けたのかも紹介します。子どもに対する希望や期待が見てとれて、現代との共通点を感じられるでしょう。
もう一つは、日本独自の展示から、シドッチの復顔像です。
シドッチ(ジョバンニ=バチスタ・シドッチ)は、江戸時代にキリスト教の布教のために日本に密入国したイタリア人。江戸時代の儒学者・新井白石(あらい はくせき)がシドッチを尋問して得た海外の情報を『西洋紀聞(せいようきぶん)』などに記したことで、日本人にエジプトの存在が知られるきっかけになったとされています。
シドッチは日本で亡くなり、小石川(現在の文京区小日向)の切支丹屋敷に埋められた、という伝承がありましたが、近年までお墓や骨は見つかっていませんでした。それが2014年、マンション建設に伴い遺跡調査をしたところ3体の骨が出土。DNA分析の結果イタリア人の配列が示され、シドッチの遺骨であると確定させることができた大変珍しい事例です。
シドッチの復顔像と3Dで再現した頭骨レプリカ
本展では、骨の残存状況をCTスキャンし3Dプリンターで立体化した頭骨のレプリカ、そして復顔像が展示されます。この復顔像を制作後にシドッチの肖像画が発見されたのですが、見たところそっくりで、私たちも大変驚いた、という後日談があります。
(第2回につづきます)
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特別展「大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語」
会期:2021年10月14日(木)~2022年1月12日(水)
会場:国立科学博物館(東京・上野公園)
※会期等は変更になる場合がございます。
※開館時間、休館日、入場料、入場方法等の詳細は決定次第、公式サイトでお知らせします。