ほんとにあった?奥行きの話
これはね、ほんとにあったか、なかったか。どっちだったかなぁっていう話なんですけどね、2週間ほど前に美術館に行ったんですよ。
特に詳しいわけでも好きなアーティストがいるわけでもないのですが、なにかアイデアの一つでも持ち帰れたらいいかなと。どうやら絵と彫刻の展示のようでした。
期間最終日が近かったからなのか、あまり人気がないのかは分かりませんが、その時間は会場に僕と20代半ばくらいのカップルと監視員のおばさまの4人しかいませんでした。
奇抜な色遣いだなぁ。
当たり前だけどみんな絵上手くて羨ましいなぁ。
なんでおれは絵が下手くそなんだろうなぁ。
なんて思いながら観ていると、カップルの男の声が聞こえてきました。特に声が大きいというわけではないけど、4人しかいないこの静寂の空間ではその声はよく聞こえます。
「この絵は奥行きがすごいね。他の絵と比べても奥行きが違うわ。」
そうかそうか、その絵は奥行きがすごいのか。
あとでおれも観てみよう。
そう思いつつ別の絵を観ていると、また男の声が静寂を切り裂きます。
「この絵も奥行きがすごいわ。さっきのは縦の奥行きだったけどこれは横の奥行き。分かる?」
彼女の返事は聞こえてきません。
見ていないから分かりませんが、美術館で喋るのはマナー違反だと思っているのだろう。きっとニコニコ頷いてるに違いない。
それにしても奥行きには縦横があるのか、奥行きって奥が深いなぁ。なんて駄洒落を脳内で呟きつつ、次は彫刻を観ることにしました。
すごいなぁ。細かいなぁ。かっこいいなぁ。
小学生、それも低学年のような感想を抱きつつ彫刻を観ていると、また男の声が聞こえてきます。
「この彫刻、奥行きがすごいわ。ここ、分かる?ここの奥行きがすごい。」
ま、まさか…この男…
奥行きというフレーズだけで美術館デートを乗り切ろうとしているのか…!!
いや、まさかな。そんな訳あるまい。
美術館デートは知識、マナーを必要とし、作品に没入し過ぎず程よく彼女の様子を伺わなければならない!しかも小声でしか話すことが出来ない異空間で!!
デート難易度★★★★を誇る難関デートだぞ!!!
(※♡壁白通り100人の男性にアンケート♡~あなたが思うデート難易度教えてください~より抜粋)
それを奥行きだけで挑む訳あるまい。他の声は小さくておれには聞こえなかっただけだ。たまたま奥行きだけが聞こえて来ただけだ。
しかしその後も「奥行きが美しい」「あえて奥行きを出していない」などといった奥行きのレパートリーが増えるだけでした。
やはり奥行き一本で乗り切るようです。
絵も彫刻も頭に入らず、もう僕は遠くから聞こえる男が放つ七色の奥行きに魅了されていました。
彼女の反応を見たかったのですが、見るのも失礼だし、野暮でしょう。きっと素敵な作品と彼の七色の奥行きでニコニコ笑顔のはずだと思い、会場を後にしました。
トイレを済ませ、出口付近の売店で会場に展示されていた彫刻のミニチュアキーホルダーを買い、パンフレットを貰って帰ろうとしたとき、会場から出てきたさっきのカップルとすれ違いました。
彼女の顔をチラッと見たのですが、展示されていたどの彫刻より無表情でした。
そ、そんな訳ない、見間違いだよ。一瞬しか見えなかったし。
きっと笑顔だった…よな。
そう思いながら早速キーホルダーを車の鍵につけて、自宅に帰りました。
それから数日後の話です。
僕はMr.Ashで製品染めのTシャツを作っていました。
染色のバランスが非常に難しかったのですが、やっと満足いくブルーが出来ました。
「よっしゃ、奥行き完璧。」
「わたしの前で奥行きの話をするなぁぁぁ!!!!!」
テーブルに置いていた車の鍵に付いた彫刻のキーホルダーが目を真っ赤に光らせ僕に叫びました。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
悲鳴を上げながら鍵から彫刻のキーホルダーを引きちぎって外に飛び出し、近所の用水路に思いっきり投げ捨てました。
「はぁ、はぁ、はぁ…なんじゃありゃ…幻覚?幻聴?
最近あんまり寝れてねぇし、疲れてんのか…」
そのまた数日後です。
僕は製品染めのTシャツの別の色を作っていました。
染色のバランスが非常に難しかったのですが、やっと満足いくピンクが出来ました。
「よっしゃ、奥行き完璧。」
「だからわたしの前で奥行きの話をするなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
用水路に投げ捨てたはずの彫刻のキーホルダーが床に転がったまま目を真っ赤に光らせ僕に叫びました。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
僕は悲鳴を上げ、彫刻のキーホルダーを蹴飛ばそうとしたのですが、体がピクリとも動きません。
「どっ、どうして体が動かない!どうして捨てたはずなのにここにいるんだ!」
「そんなことはどうでもいいわ。そんなことより私の前で二度と奥行きって言わないで。」
僕は思いました。怖いなぁ、怖いなぁ。
「ったく。どうして男ってのは奥行きの話ばっかりするの。意味分かんない。」
怖いなぁ、怖いなぁ。
「ねぇ!奥行きってなに!?」
「いや、二度と奥行きの話をするなって言ったじゃないですか。」
「私が聞いた時はいいの!あいつも美術館で奥行きの話ばっかりだったわ。」
「あなたもしかして、美術館にいたカップルの…?」
「そんなことどうだっていいの!奥行きってなに!?」
「服の奥行きについては話せるけど、絵とか美術系の奥行きは分からないですよ。」
「じゃあ服の奥行きについて話して!あんたオンラインショップの商品説明にも奥行きって言葉よく使ってるけど見てる人は分かってないわよ!」
「え…分かってなかったの…怖いなぁ、怖いなぁ。」
「分かってないわよ!!そのTシャツでいいわ!そのブルーとピンクのTシャツを使って見てる人に奥行きを説明してちょうだい!!奥行きのことが分かったら私も消えてあげるし、あんたの体も動くようにしてあげるわ!!」
というわけで、奥行きの説明をさせてください。
しないと体が動かないので。
服の奥行きですが、僕がよく使う奥行きは細かく言うと"生地の奥行き"ということになります。
そして生地の奥行き=色の濃淡と考えてもらって構いません。
写真を見てもらえれば分かりやすいと思います。
色の濃い箇所と薄い箇所の濃淡がうっすらありますよね。
これが奥行きです。
一般的な単色のTシャツより、少し着古されたような風合いになります。
この絶妙な違いが、こなれたというか、立体的というか、他とは少し違う表情になるのです。
ちょうどいい機会なので、もう少し話させてください。
この奥行きを出す方法はいくつかありますが、このTシャツでは染色によって奥行きを出しました。
染色には大きく4つの種類があります。
・トップ染め
綿やリネンが糸になる前の繊維の状態で染めること。
・先染め
糸の状態で染めること。
・後染め
生地の状態で染めること。
・製品染め
製品の状態で染めること。
このTシャツは製品染めを施しました。
製品になった状態の生地を均等に染めることは難しく、色ムラや濃淡が出ます。そして同じ型紙を使った製品であっても、一つ一つ違った色味に仕上がります。これが奥行きです。
製品染めの服はその風合いも相まってとてもカッコいいのですが、その分染める上でのデメリットも多いです。
量産出来ないのはもちろん、染色による加熱で一点一点異なった伸縮差が生まれます。何千点も生産する大手は商品を一点一点採寸することは出来ないので、製品染めは出来ません。
とても非効率で手間のかかる染色方法ですが、手作業を大切にしているブランドなので、製品染めは避けては通れないですし、それによって生まれる奥行きが僕は大好きです。
奥行きのこと、分かってもらえたでしょうか。
……
あら、体が動く。
どうやら奥行きのこと、分かってもらえたみたいですね。
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