人はなぜ本を読まなくなるのだろうか―読書月記55

(敬称略)

三宅香帆著『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)を入手し、読み始めた。話題の本なので(発売から3か月少しだけど、Amazonのレビューがかなりある)、読んだ人、手に取った人も多いだろう。ただし、私は読み始めたばかりなので、ここでは内容については深くは立ち入らない。書名から連想されることと「まえがき」の部分を読んで感じたこと、私の体験などを書いてみる。

幾度となく書いてきたが、読書習慣は年齢を重ねると失われると考えている(例外はあるが、かなり少ない)。小学校低学年の時に熱心に本を読んでいても、小学校高学年、中学生、高校生と進むにしたがって本を読まなくなる人が増えていく。受験(早ければ中学校受験)、部活動、恋人・友人などの人間関係などにどうしても時間が割かされることが増えていく。特に受験に関しては、「本などを読んでいるよりも試験勉強しなさい」という周囲の声も聞こえてくる(私もそうだった)。
中卒や高卒で就職すれば、仕事に拘束される。職場に行けば、学校と違って居眠りなんてできないので、夜遅くまで本を読むことなど無理になる。また、大学に進学したとして、無事に入学できた頃には、読書習慣を失くしている人も多い(大学生の半数が月に1冊も本を読まない、という統計が出たことを覚えている人もいるだろう)。
そして、大学生になると、アルバイトにサークル活動、さらには就職活動の準備などがあり、やはり忙しい。私が大学生活を送った1980年代前半と違い、授業の出席に関しても違うようで今はノンビリできないようだ(1990年代に仕事で出会った有名私大の先生は、文学部なんて授業に出なくてもいいから本を読むべき、といった意味のことを言っていたが、今はそれも通らないだろう)。就職活動にしても、当時はインターンシップなんてなかったけど、今は違う。
で、社会人になると、仕事のために読む本や資料が少なからずある。同僚や仕事先との付き合いも出てくる。残業もあるだろう。もはや「自由に好きな本を読むな」と言われているのに等しい状況だ。

ここで、私の体験を書いておこう。
1980年代の後半、ある雑誌の仕事を始めた(契約内容を書くとややこしいのでここでは触れないが、正規採用の社員になったのは仕事を始めて4年目。それまでは、今で言う非正規に近い)。忙しかったが、仕事を始めた年(4月スタートだった)と2年目は年に200冊近い本を読んでいる。映画も年20本ぐらい映画館で観て、それ以外に仕事がらみで、帰宅後、テレビを2時間程度は視聴していた。これが可能だったのは、土日は映画を観たり、撮りためたビデオを観たり、本を読んだりして、人付き合いを極限まで減らしていたからだ。しかし、3年目になると仕事の責任も増え、同僚との付き合いも増加していき、3年目と4年目、私の読書は年に100冊前後に落ち込んだ(多いように思う人もいるだろうけど、その前の2年に比べ半減している)。そして、5年目に入るころに、転職した。
転職は、別に本が読めないことだけが原因ではなかったけど、本の読了数の減少は私の精神状況を示す一つの指標だったと思う。その後、短期間、別の仕事について、1990年代初頭から2001年半ばまで同じ会社で働いた。残業はあったものの、平均すると月に15~20時間前後、休日出勤もあったものの常態化しているわけではなかった。それでも最後の方は忙しくなり、読了数が落ちていった。
それだけが原因ではないが、その仕事もやめ、以後は非正規の仕事で食いつないできた。ただ、1990年代に働いた企業の賃金条件が良かったので多少の預貯金ができ、さらにその後の非正規の仕事に関しては、給与・労働時間について比較的恵まれていたので、本もある程度購入できたし、読書時間が極端に減少することもなかった。しかも私は、独身だった。
しかし、結婚して、子どもがいれば、果して読書時間を思うままに確保できただろうか? 結婚し子どもがいれば、家族の生活のために1990年代の仕事を辞めなかったかもしれない。そこに多少のストレスがあったとしても、続けざるを得なかった可能性は否定できない。そして、読書量は確実に減少していたはずだ。

『なぜ働いて~』の「まえがき」では、「読書」だけではなく「音楽」「旅行」なども含む「趣味の時間」、「家族との時間」についても言及されている。
現在の日本で、家を購入し、子どもの学資を稼ぎ、場合によっては老親に経済援助し、老後の備えを十分にできるレベルの仕事をしながら、「家族との時間」や自分の「趣味の時間」を十分に確保するのは難しい。稼いでいる人の多くは「稼ぐこと」にかなりの時間を費やしているのだ。かなりの時間を費やさずにすむほど経済的に恵まれている人がいないわけではないが、国民の多くは生活のお金を稼ぐために、「家族との時間」「趣味の時間」を犠牲にしているだろう。

読書のための時間を確保するために、カネを諦めた人たちが図書館を頼る。ところが、ある出版社の経営者は、図書館でみんなが本を借りまくるので、本が売れない、と主張する。事象だけ見れば経営者の言っていることは事実のように思えるが、この30年、出版社が、いや出版業界が、国民の読書時間の確保のため、国民が文化を愉しむために、何を取り組んできたのだろうか?
図書館で借りることに加え、Amazonで、ヤフオクで、メルカリで、ブックオフで税込1100円の本を1000円(送料込み)で買う人が増えていっていることを、出版業界の人は、どう考えているのだろうか?

本が読まれなくなったのは、本が買われなくなったのは、出版社サイドが魅力的なコンテンツを作り出せていない、消費者はスマホなどに時間を費やしている、といった側面も事実だが、それだけではない気がする。


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