戦勝国たちの歓迎会
東京オリンピック(五輪)・パラリンピック大会組織委員会は18日、東京・迎賓館で国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長らを歓迎する会を開いた。(朝日新聞)
その会には、バッハ会長はじめ、菅首相、小池都知事、橋本聖子会長、森喜朗氏ほか約40人が参加したそうだ。
そのあり方に、敗戦国、日本のあり方が裏写しになっているように思えるのは僕だけか。
つまり、IOCの会長であるドイツのバッハ会長を歓待するために、未曾有の世界的コロナ危機の中、元赤坂の迎賓館を使って、宴を開催した。
その外側では、多くの国民がオリンピックやめろ、歓迎会やめろと、声を上げているにも関わらず、高い門に阻まれて、その声は、我が国の首脳にもオリンピック関係者にも届かない。
1964年のオリンピックは、敗戦後の日本が復活を遂げたことを世界に知らしめる役割、そして平和の大切さを訴えかける意味があった。
対して、2021年のオリンピックはどうか。
未だ、東京は緊急事態宣言だ。平和とは程遠い状態で、平和の祭典を開こうとしている。
オリンピズムの根本原則にはこう記載されている。
オリンピズムの目的は、 人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである。
オリンピック憲章 Olympic Charter 2019年版・英和対訳(2019年6月26日から有効)
この目的に照らしても、世界が、日本が重大危機にあり、また、感染症の拡大によって、日本の医療状況が逼迫する現在、オリンピックを開催すべきではない。
平和の推進や人類の調和を尊ぶオリンピックは、その理念からして、2021年からの延期か中止をするべきだ。
しかし、歓迎会は開催された。
ドイツ人を歓待し、そして、オリンピック自体は今やアメリカ人、つまりその放映権を持つアメリカNBCのためだけの祭典になり、彼らを歓待している。日本人は蚊帳の外だ。
欲望と金銭欲。悪辣な精神は、平和の祭典とは程遠い。
しかし、始まってしまったものは止められない。
オリンピックは、全世界で開催が望まれていない。
世論調査会社IPSOSは13日、米国やフランスなど28カ国を対象にした、夏の東京五輪についての世論調査結果を明らかにした。開催すべきかとの質問に「反対」と答えた人は57%で、賛成の43%を上回った。
国別では、開催に反対の市民は、韓国(86%)や日本(78%)、カナダ(68%)などで多かった。米国は48%が反対だった。
そして、今や、世界の誰もがオリンピックへの興味を失っている。
東京五輪に関心があるかとの質問には「まったくない」(29%)、「それほどない」(25%)の合計が、「ややある」(30%)、「とてもある」(16%)の合計を上回った。2022年に北京冬季五輪を控える中国は57%が「関心がある」と回答した一方、24年パリ夏季五輪を開催するフランスは、68%が「関心がない」と答えた。
オリンピックは、もはや旧態依然としたノスタルジーのための祭典だ。
不幸なことに、日本ではそれのために多額な税金が拠出されている。
そのお金があれば、感染症対策ができるのに。そして、救える命があるのに。
オリンピックの姿が先の大戦にかぶる。
意気揚々とはじめたはいいが、負けるとわかっても、国の財産をつぎ込みまくって、何も得られなかったどころか、多くの国民の命を奪った第二次世界大戦に。
戦争は今やどの国でも望まれていないように、オリンピックも、さまざまな犠牲の上に成り立つ無駄なだけの、つまり形式的な時代遅れの祭典に成り果てたのだ。
今こそ、オリンピックのあり方を考えるべきだ。
僕は先日、国立競技場付近を散歩した。
バリケードが張られ、関係車両だけが出入りしていた。
セキュリティのためなのだろう。
しかし、そのあり方は、一般国民・市民を貴族の祭典から追い出しているように思えた。
病床で苦しむ人に、オリンピックの声は届かない。
それは、エールになり得ない。
それよりも、苦しみから解放してほしい。
僕は今でもずっとオリンピックの開催に反対している。
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