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負の遺産を訪うということ(アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所)
クラクフ中央駅のバス停から、バスに揺られて1時間半。私はこの旅最大の目的地のひとつであるアウシュヴィッツ=ビルケナウ博物館に到着した。空は灰色で薄暗い。ツアー時間が迫っているので、急いでゲートを通り、セキュリティを通過する。
中に入ると、まずシアターがあって映画を見る。15分くらい。アウシュヴィッツの当時の映像と今の姿を重ねて映し、今いるところがどういうところなのか想像させられる。
映画が終わると、ツアーガイドに率いられてツアーが始まる。ガイドさんの英語はなまりが強く、なかなか聞き取りにくいが頑張って耳を傾ける。
少し歩くと、有名な「Arbeit Macht Frei」の門。その先には、レンガ造りの小屋がずらっと列になっている。
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建物の中に展示されている写真などは、意外に残酷ではなかった。死体の写真はほとんどなく、むしろ生きている頃の被収容者たちの写真が多かった。
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しかし、おびただしい数の靴、メガネ、スーツケース、そして髪の束が山になっているのを見ると、その家族の気持ちを考えてしまい、非常に憂鬱でやりきれない気持ちになる。
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この場所は、地理的に欧州中のユダヤ人を集めやすく、もともと用地が多かったなどの理由で選ばれたらしい。周囲の家はすべて接収または破壊され、収容所建設の材料にされたそうだ。
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囚人の宿舎、処罰房、処刑場(「病院」、死の壁)、囚人の選別、死の道からガス室、焼却場への流れなど、全てが「役所的」で効率的。ベルトコンベアに乗って自動的に選別・処理されるモノのように、人間が扱われていたのだ。
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ビルケナウに移動し、有名な駅のプラットフォームから黙って死の道をガス室に向かって歩いてみる。
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ザッ、ザッという足音だけが響く。長く苦しい家畜用列車の旅が終わり、人々はすぐに選別を受ける。大好きな、愛する家族とは別の方向に進む。父や母と引き離された子供たち、息子や娘と引き離された老人たち、大切な人と引き離された身体障害を持つ人々、夫と引き離された妊婦たち…私の想像が及ばない、様々な状況がここにあり、様々な感情がここにあったのだろう。ナチスの軍人にとって、その状況はどのように見えていたのだろうか。少なくとも、アウシュヴィッツのシステムがそのような感情を顧みた証拠は、どこからも見て取れなかった。
死の道を歩く人々には、自らの数分後の運命は知らされていない。その時、彼らが見たであろうでこぼこの道に目を落として考える。
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極度に緊張していただろうか。それとも、疲労でそれどころではなかったか。シャワーを浴び、頑張って働けば、家族にまた会えると思っていただろうか。ずらっと並ぶバラックを横目に、こんなところでやっていけるのかと不安に思っただろうか。
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ふと後ろを振り返ると、そこには遠くなるプラットフォームが見える。選別を待つ人の列と、選別する将校の姿がそこにはあっただろう。別れた家族、友人が別の方向に進んでいく後ろ姿は見えただろうか。それとも、人が多すぎてもう誰が誰か分からなくなっていたか。
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死の道を歩き切ると、そこには廃墟となったガス室と焼却場。
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地下に降りろと言われ、そこで服をすべて脱ぐ。所持品もすべてそこに置く。後で返すと伝えられていたそうだが、信じた人はどれだけいただろう。
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そして、ガス室にすし詰めにされ、天井にぽっかりと開いた4つの穴からチクロンBが投下される。20分もすれば、全員の遺体を焼却する作業が始まる。灰になった彼らは、水に流され、この世からいなくなってしまう。
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こんな「絶滅計画」が実行されてしまったのは、ドイツ人が正気を失ったからでもヒトラーが悪魔だったからでもない。ヒトラーに歴史上最悪といわれる虐殺を行う権力と方法を与えてしまった経済や政治の構造、状況が問題なのだ。
決してナチスの所業を矮小化するつもりはない。しかし、ヒトラーが特別だった、その時のドイツが特別だった、自分は違うから大丈夫と思うことは危険だ。そう思ってしまうからこそ、人間は同じことばかり繰り返してしまうのではないか。
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ホロコーストは、悪魔がやったことではなく、私たちと同じ人間がやったことである。私たちは、社会の状況によって簡単に被害者にも加害者にもなり得る、もろくて弱い存在である。こんなにやり切れない、どうしようもないことが起こらないようにするにはどうすべきか。自分には何ができるか。そんなことを考えながら生きていくことが、悲劇を防ぐ最大の手立てなのではないだろうか。
今、ウクライナ侵攻、コロナ、米中対立、気候変動、スタグフレーション、食糧不足など、世界は決して安定しているとは言えない状況にある。私は、私にできることをしっかり考えていきたいと思う。