笑うスマホ、笑われる脳ー『スマホ脳』の幸福を考える(2)
ベストセラー『スマホ脳』から現代を哲学する第2段。
今回はスマホが現代人に何をもたらしたのかについて考えていきましょう。
現代というコント
前回の話で大事だったのは、「数万年単位の生物としての進化と、日進月歩のテクノロジーの進展の時間スケールの違いがもたらす矛盾」。
つまり、脳はそう簡単に変化しないが、文明は飛躍的に変化するので、いままで生存のために脳がやっていたことが逆に生存を脅かしてしまう、ということでした。
たとえば食欲は成人病を、テクノロジーの欲求は環境問題を、コミュニティの欲求はイジメを招いたわけです。
原始人が文明社会にタイムスリップしたと考えてみましょう。
原始人は自分の感覚で動こうとしますが、それがことごとく的外れで、うまくいかない。不気味な音を発する冷蔵庫を槍で突ついたり、トイレの水を飲んだりするかもしれません。
「もしも原始人が現代にやってきたら」という、王道のコントが繰り広げられます。
『スマホ脳』は、我々が脳のレベルでは原始人とほぼ同じなので、現代人も同じように滑稽なことをやっているんだと、皮肉まじりに説明しているといっていいでしょう。
笑うスマホ、笑われる脳
コントの笑いどころは、
脳は常に危険を察知したいので、何か一つのことに集中するのが苦手
→現代人は勉強に集中したくてもちょっとした物音に反応したり、今夜の晩御飯のことを考えてしまう。
脳は生存を有利にしたいので、新しい情報を常に求める
→現代人はスマホで新しいニュースがないか常に気になってしまう。たいがいは自分の生活に関わらないニュースだが、それでも欲求は満たされる。
脳は生存を有利にしたいので、仲間との絆を深め、敵を排除しようとする
→現代人はSNSで知らない人にいいねをしたり、協調性のない人間を攻撃したりする。
脳は自分を脅かす状況に対し、常に警報を鳴らして緊張状態を保とうとする
→現代人はノルマや嫌いな人との関係が消えない限り、ずっとストレスを感じ続ける。
このコントが笑えるのは、冷蔵庫を槍で突くのと同じで、本来の目的を達するという点では、やっていることに意味がないどころか、自分で自分の首を絞めているからです。
そしてこのコントの重要な小道具がスマホなのです。
生存のために脳ががんばる必要がないほど満たされている時代に、欲求だけが昔と同じことをやり続け、空回りしている。
意味のない欲求の捌け口として、ネズミが回し車のなかで走るように、現代人はスマホを使う。
脳が変化しない限り、欲求をなくすことは難しいかもしれません。
スマホはこの欲望の矛盾をコミカルに解消してくれる優秀な道具です。
ただし明らかな弊害が2つあります。
1 スマホは人を不健康にする
説明不要でしょう。
動画やゲームはストレス解消効果もありますが、スマホ依存は生活リズムを乱し、体調が崩れます。
さらに、SNSは24時間365日、人との現在的な関係を持続させます。相手が誰であろうと、他人に対する緊張状態から抜け出すことができません。
承認欲求や同調圧力にさらされることは、ライオンに襲われるほどの緊張をもたらすわけではありません。が、圧倒的に時間が長い。
生命維持モードである緊張状態は基本的に短期間を想定して進化しているので、脳や身体は長期的なストレスに適応できません。長期ストレスが過剰になり、脳が強制スリープモードに移行した状態が、うつ病だそうです。
2 スマホは人を成長させない
スマホ依存は記憶力や集中力を減退させるというデータがあります。
目の前にケーキがあると勉強できないように、スマホは脳に報酬を与えてくれるものだという意識が根付いてしまうと、スマホが同じ部屋にあるだけで集中力が低下するそうです。
また、情報がありすぎることは、夢や野望を抱くことを妨げるということもあるかもしれません。自分より優れた人間(それは虚像かもしれない)がいくらでもいるという現実を絶え間なく突きつけられると、成長を促す根拠のない自信をもてなくなる。早々に分をわきまえて、チャレンジすることすらしなくなってしまう。
最も深刻なのは、スマホを使う弊害でなく、使わなかったらできていた膨大な可能性が奪われることです。
魅力的なコンテンツは絶え間なく生産され、一生かかっても消費しきれません。「今を楽しむ」ために費やす時間は、人間の特殊能力であった「過去や未来」を意識する機会や、勉強やトレーニングなどの努力する時間、そして、自分と向き合う時間を奪います。
楽しむことはできても、成長はできません。
メディア論の文脈でいえば、SNSやネットニュースは空間バイアスのメディアです。その瞬間の拡散力はあるが、耐久性はありません。
それに対して本や芸術作品などは時間バイアスのメディアであり、瞬間や数の上での影響力では劣りますが、歴史や文化、あるいは一人の人間の価値観となって長く沈着していきます。
もちろんスマホは私たちを健康にし、成長させるための道具にもなります。
SNSは政治利用して革命を起こすことだってできる。問題は使い方です。
『スマホ脳』の著者アンデシュ・ハンセン氏は、スマホによる弊害を防ぐために必要なのは、スマホと一定の距離を置くことと、適度な運動と睡眠だといいます。爽やかなほどに平凡な結論です。
この平凡な目的を達するためにはどうしたらよいのか。
一つの方法として、自分がいかにコミカルかつ破滅的な生活をしているのかを自覚することがあるでしょう。しかし、この記事をスマホで読んでいるなら、スマホでスマホは危険だと警鐘をならすのもまたコミカルですね。
ひとまず、スマホから発せられる声や文字以外に意識を向けてみたらどうでしょうか。
『スマホ脳』という書籍を読むこともその一つです(電子書籍で読むと説得力が減少する気がします)。
さらに(ここ大事)『スマホと哲学』という書籍を読むと、自分を俯瞰してとらえることで、スマホとの適切な関わり方を考える能力が身に付くはずです。
本書では「死生観」という概念を軸にして、現代人としてのよりよい時間と空間とは何かが語られているので、ぜひあなたの人生の参考にしてください。