第三突堤

何げない日常や、古い日々の記憶、好きなもの、苦手なもの、小さな幸せと不幸せを綴ります

第三突堤

何げない日常や、古い日々の記憶、好きなもの、苦手なもの、小さな幸せと不幸せを綴ります

記事一覧

QBハウスという名の家

千円札1枚と百円玉を3枚、そして五十円玉を1枚入れる。ジーッという音とともにチケットが出てくる。 「番号順に座ってお待ち下さい」 言われた通り、椅子の番号が書かれた…

第三突堤
1か月前
1

突き上げた拳の先には

暗殺未遂から奇跡の生還。まるでハリウッド映画のヒーローだ。そのヒーローは耳から頬にかけて流血し、シークレットサービスが身をかがませようとする中、右手の拳を空に突…

第三突堤
2か月前
2

くまちゃんのぬいぐるみ

第三突堤
3年前
8

最近好きなウイスキー

KIRINの「陸」というウイスキーを買った。1500円ぐらいの手頃な値段で、同価格帯ではSUNTORYの「角」よりスパイシーで個人的には好きだ。「富士御殿場蒸留所」とあるが、お…

第三突堤
3年前
3

わたし

わたしの好きな色は白です。 わたしの好きな時間は朝です。 わたしの好きな場所は本屋です。 わたしの好きな動物は柴犬です。 わたしの好きなフルーツはみかんで…

第三突堤
3年前
3

記憶のかさぶた

20年以上たっても忘れられない記憶がある。思い出すたび、かさぶたがはがれるように、ひりひりと痛みが伴う。そんな記憶だ。 高校生のころ、S君という同級生がいた。優し…

第三突堤
4年前
3

自分になかに小さな炎がある。それは終わりへ向かう残り火なのか、新たな兆しの種火なのか。焦り、不安、苦しみ、空しさ。あらゆる負の感情が、その炎にあぶられるように沸…

第三突堤
4年前
4

アイス・ミルクティー讃歌

どんなに嫌なことがあっても、どんな不安や憂いに押し潰されそうになっても、ガムシロップをたっぷり入れたアイス・ミルクティーを飲んだら元気になれる。アイス・ロイヤ…

第三突堤
4年前
8

ブラック・ブラック

夜、家族旅行から帰ってくると、マンションの郵便受けに電報が入っていた。叔父が母に宛てたそれは、簡潔に、ひとつの事実を伝えていた。「チチキトク スグカエレ」 …

第三突堤
4年前
6

空蝉、その後

消えたはずのセミの鳴き声が、どこか遠くから聴こえる。ジジジ、ジジジ……。これは残暑の幻聴か。それとも、通り過ぎた夏の残響か。 セミの脱け殻のことを、古来の日本…

第三突堤
4年前
2

ヒロタのシュークリーム

子供のころ、親父が時々、会社帰りに「ヒロタのシュークリーム」を手土産に買って帰ってきてくれた。セロハンに包まれた細長い箱に入った、4個入りのやつ。カスタードか…

第三突堤
4年前
5

空蝉

「空蝉」と書いて、「うつせみ」と読む。不思議な言葉だ。夏の季語で、セミの脱け殻のことらしい。古文の授業では、はかない現世や、そこに住む人のことだと習った。夏の…

第三突堤
4年前
7

チタン・マグカップ

スノーピークのチタン・マグカップが好きだ。シンプルかつ緻密に計算されたデザイン。日本の金属加工技術の結晶といってもいい。 保温性のあるダブルウォールより、か…

第三突堤
4年前
7

イン・ザ・プール

30代も半ばを過ぎて、市民プールに通うようになった。人に誇れるような泳力はないが、私にとってプールは、身体感覚を整える場所だ。縮こまった筋肉を伸ばし、たるんだ腹…

第三突堤
4年前
3

マスク考

ホームの長椅子に座り、電車を待っていた時だ。おじさんが大声で話しかけてきた。「兄ちゃん、椅子の真ん中に座らんと、端っこに座ってや。お互い端に座ったら2メートル…

第三突堤
4年前
3

永遠の夏

8月31日なんて、永遠に来なければいいのに。海を見ながら、僕はそう思った。お盆を過ぎると、セミの鳴き声はだんだん弱々しくなり、ある者は地面でくたばっていたりする…

第三突堤
4年前
7
QBハウスという名の家

QBハウスという名の家

千円札1枚と百円玉を3枚、そして五十円玉を1枚入れる。ジーッという音とともにチケットが出てくる。
「番号順に座ってお待ち下さい」
言われた通り、椅子の番号が書かれたポジションに座る。今日はラッキーだ。先客は1人しかいない。
「お待たせしました」
10分も経たないうちに呼ばれて、カット用の椅子に座る。この瞬間がたまらない。髪を切られる瞬間。そう、私は髪切られフェチなのだ。
「今日はどうなさいますか」

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突き上げた拳の先には

突き上げた拳の先には

暗殺未遂から奇跡の生還。まるでハリウッド映画のヒーローだ。そのヒーローは耳から頬にかけて流血し、シークレットサービスが身をかがませようとする中、右手の拳を空に突き上げ、こう叫ぶのだ。
 「Fight! Fight!(闘え、闘え)」 
観客も涙を流しながら、声を揃える。Fight! Fight!
それは魔法の言葉だ。ヒーローと一体になり、自分が強くなった気がする。歴史の目撃者になった気がする。退屈な

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最近好きなウイスキー

最近好きなウイスキー

KIRINの「陸」というウイスキーを買った。1500円ぐらいの手頃な値段で、同価格帯ではSUNTORYの「角」よりスパイシーで個人的には好きだ。「富士御殿場蒸留所」とあるが、おそらくスコッチをブレンドしたものではないか。シンプルなパッケージも良い。最近は海外での「ジャパニーズウイスキー」ブームで、海外の原酒をブレンドしたものに漢字のラベルをつけただけの「偽ジャパニーズウイスキー」が跋扈しているとの

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わたし

わたし

わたしの好きな色は白です。

わたしの好きな時間は朝です。

わたしの好きな場所は本屋です。

わたしの好きな動物は柴犬です。

わたしの好きなフルーツはみかんです。

記憶のかさぶた

記憶のかさぶた

20年以上たっても忘れられない記憶がある。思い出すたび、かさぶたがはがれるように、ひりひりと痛みが伴う。そんな記憶だ。

高校生のころ、S君という同級生がいた。優しくて控え目な性格だった彼は、もともとクラスでも目立つ存在ではなかったけれど、ある時からふだん以上に無口になった。同級生との接触も避け始めた。

ある日の昼休み、私はS君が体育館の裏の通路にしゃがみこんで、本を読んでいるのを見つけた。

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炎

自分になかに小さな炎がある。それは終わりへ向かう残り火なのか、新たな兆しの種火なのか。焦り、不安、苦しみ、空しさ。あらゆる負の感情が、その炎にあぶられるように沸々とわき、混ざり、煙になる。今できるのは、その炎を静かに見つめることだけだ。

アイス・ミルクティー讃歌

アイス・ミルクティー讃歌

どんなに嫌なことがあっても、どんな不安や憂いに押し潰されそうになっても、ガムシロップをたっぷり入れたアイス・ミルクティーを飲んだら元気になれる。アイス・ロイヤル・ミルクティーなら、なおいい。少量のお湯とミルクで抽出した王家の紅茶。まろやかな味が、まろやかな気持ちにさせてくれる。アイス・ミルクティーよ、永遠なれ。

ブラック・ブラック

ブラック・ブラック

夜、家族旅行から帰ってくると、マンションの郵便受けに電報が入っていた。叔父が母に宛てたそれは、簡潔に、ひとつの事実を伝えていた。「チチキトク スグカエレ」

今から30年以上前。私が小学4年生で、まだ携帯電話もメールもなかった頃の話だ。電報は、NTTに電話するとメッセージカードとして配達される仕組みだ。ほとんどの場合、それは不吉の象徴だった。

母の父、つまり私の祖父が危篤だった。旅

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空蝉、その後

空蝉、その後

消えたはずのセミの鳴き声が、どこか遠くから聴こえる。ジジジ、ジジジ……。これは残暑の幻聴か。それとも、通り過ぎた夏の残響か。

セミの脱け殻のことを、古来の日本は空蝉(うつせみ)と呼んだ。古語で、うつし(現し)は「現世の」を意味する。永遠の生とは異なり、現世は儚い。そこで生きる人、「うつし身」のことを、セミの脱け殻に例えた。

紫式部の『源氏物語』に、「空蝉」と呼ばれる女性が出てくることは

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ヒロタのシュークリーム

ヒロタのシュークリーム

子供のころ、親父が時々、会社帰りに「ヒロタのシュークリーム」を手土産に買って帰ってきてくれた。セロハンに包まれた細長い箱に入った、4個入りのやつ。カスタードか、カスタードとホイップのミックスが定番だった。それだけで親父は偉人だった。

ある時、親父に「なんで4個しか入ってへんの」と聞いた。親父は得意げに「家族で1個ずつ分け分けして食うんや」と言った。ヒロタは、他社のシュークリームより小ぶり

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空蝉

空蝉

「空蝉」と書いて、「うつせみ」と読む。不思議な言葉だ。夏の季語で、セミの脱け殻のことらしい。古文の授業では、はかない現世や、そこに住む人のことだと習った。夏の終わりが近づき、セミの声が少しずつ聞こえなくなる今の時期、この言葉が胸にしみる。

源氏物語の第三帖に、空蝉という女性が出てくる。人妻である空蝉は一度だけ光源氏との逢瀬に応じるのだが、それ以降は避けるようになる。拒まれれば拒まれるほど

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チタン・マグカップ

チタン・マグカップ

スノーピークのチタン・マグカップが好きだ。シンプルかつ緻密に計算されたデザイン。日本の金属加工技術の結晶といってもいい。

保温性のあるダブルウォールより、かるくて潔いシングルウォールが好きだ。いざとなったら、コンロで湯を沸かすことだってできる。

最近は、最小サイズの220mlで、朝はミルクやアイスコーヒー、夜はウイスキーを飲んでいる。それだけで、小さな幸せを感じることができる。スノ

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イン・ザ・プール

イン・ザ・プール

30代も半ばを過ぎて、市民プールに通うようになった。人に誇れるような泳力はないが、私にとってプールは、身体感覚を整える場所だ。縮こまった筋肉を伸ばし、たるんだ腹を引き締め、歪んだ骨を元に戻す。大げさに言えば、自らを浄化・再生する場所だ。

プールのなかでターンを繰り返していると、次第に身体感覚がおぼろになってくる。車で平坦な道を運転していると、ハンドルを握る手の感覚がなくなる、あの感じ。プ

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マスク考

マスク考

ホームの長椅子に座り、電車を待っていた時だ。おじさんが大声で話しかけてきた。「兄ちゃん、椅子の真ん中に座らんと、端っこに座ってや。お互い端に座ったら2メートルの距離を保てるやろ」。そんなに大声で話されたら、2メートルの距離も意味がないと思いつつ、「はあ、そうですか」と従った。マスクをいつもより、しっかりと着けるフリをしながら。

それにしても、私たちはなぜ、マスクを着けているのか。ウイルス

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永遠の夏

永遠の夏

8月31日なんて、永遠に来なければいいのに。海を見ながら、僕はそう思った。お盆を過ぎると、セミの鳴き声はだんだん弱々しくなり、ある者は地面でくたばっていたりする。テレビではUターンラッシュのニュースが流れ、雑誌では「グッバイ・サマー」だとかいうろくでもない特集が組まれる。ついさっき始まったばかりなのに、もう終わる。夏休みって、なんなのか。

それからというもの、僕は「夏」というのは、ひとつ

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