小説 『海の奏』 (創作大賞2022第一次審査通過)
1 再会
[荥浦 水月(えいうら みつき)の証言]
私はそれほど間違ったことをしたと思っていません。貴方方からみれば間違いかも知れませんが、私は最善の行動をしたまでです。それが善か悪かと二項対立はできずに、あらゆる抗えぬ選択肢から妥協したのです。だから私は、最初に、父を殺しました。
あの人と暮らし始めた当初、違和感はありませんでした。当時、まだ私は六歳ほどの年齢で世の常識は自分の家の中だけでした。居候ということの概念も意味も理解できませんでした。私がその違和感を意識し始めたのは私の十歳の誕生日の時です。その時の友人達が私の家で誕生日を祝ってくれました。お手紙や手作りのシュシュなどを贈ってくれたのを覚えています。母も可愛らしいケーキを用意してくれて、友人達と仲良く分け合いました。その時、別部屋に居た兄とあの人は私たちの元に駆けてやってきて、私達のケーキをねだりました。母は彼らのために分けてあったケーキを、縁が紅色に彩られた皿に移してやりました。彼らを見た友人達は、その状況に混乱していました。お兄ちゃんって一人だったよね、お兄ちゃんの友達?と声を抑えて耳打ちしてきました。あの人は”いそうろう”なんだよ、と伝えると、彼女達は赤の他人が居候している違和感を指摘しました。そう言われても私はそれほど気にしていませんでした。あの人と兄の背中を追いかけるくらいに、私は懐いていたのだと思います。学校に行くのも習い事に行くのも一緒でした。それが私にとっての普通だったからです。
ですが私が気づかないうちに、濁流はものすごい勢いで私の周りを囲っていました。あまりにも速く流れているので、綺麗とか汚いとか判別できませんでした。勿論、その分別も持ち合わせていなかったのです。
それからしばらくして、あの人の両親が亡くなりました。彼らは島への帰り道の便で事故に遭いました。あの人に残ったのは両親の遺書だけでした。遺書には、あの人の親権を私たち家族に委ねると書かれていました。あの人は親族に身寄りもなかったのでその申し出は受理されました。そうして今まで居候だったあの人は、真に私たちの家族になりました。あの人は人当たりが良かったので、私たち家族の誰とでも仲良くしていたと思います。私たち家族とあの人、それが私の家の新しい家族の形でした。いい家族、だと思いました。
しかし、それは全くの誤りでした。ちょうど私が中学に上がったばかりの頃です。その時の私は、初めての試験でかなり苦戦していて部屋に篭っていました。それにもかかわらず私を邪魔するかのように、兄と父が激しく口論していました。私は二人の声が喧しくて耐えられませんでした。父の書斎の方から声がするので、私はその方へ足音を大きく鳴らし近づいていきました。春も明けたばかりなのに風が冷たく、廊下の地面を伝って足裏の感覚を奪い、廊下が普段より長く感じました。
ドアを開けた一瞬の光景は今でも忘れません。あの時開けなければ何かが変わっていたのかどうか。私は関わることもないまま、知ることもないまま、生きていけたのかも知れません。だとしても、私は開けることしか出来なかったのです。それが私にできる最善だったと今でも思います。
部屋の中で、あの人は衣服を纏っていませんでした。床に膝をつけて耳を塞ぎ蹲っていました。兄があの人を庇うようにして父に罵声を浴びせ、父もそれに対抗していました。こんなことやめろとか、五月蝿い、黙れとかですかね。そんなことだったと思います。私はその時、所謂思春期で男子の裸体を直視できませんでした。なので先ほど述べたように、一瞬しかその状況を見ていません。ハッキリと何を言っていたかどうかもわかりません。ただ、その一瞬見えた状況に限りない気持ち悪さだけは感じました。私は顔を背けて扉の前に立ちすくんでいると、二人は私に気付いたようで言い争いが止みました。私はそれを合図に、その場から逃げ出しました。自室に戻り音を立てずに居ると兄とあの人だけ、父の書斎から出ていき、兄はあの人に精一杯の励ましの言葉をかけていました。母は出掛けていたので、この事を知りません。父も兄もあの人もあの場のことを口に出しませんでした。勿論、私も母には言えませんでした。説明してしまえば、家族が崩壊することは手に取る様に分かりました。それから何日も、家にヒビが入っている幻覚さえ目に入る様になりました。これが原因で父が私たちを見捨てれば、残された家族は露頭に迷うことは必然でした。母は教養がなく一人で生きていけるほどの経済力はありませんでしたので、母には父が必要でした。私たちもまだ子供で、父の経済力がなければ生きていけません。
その光景を見てから三ヶ月ほど経ちました。ヒビは益々広がって視界が幾つにも分かれていきました。その割れ目から空気が漏れているようで私は息苦しくなりました。私はこのヒビをどうにか解消したかったのです。苦悩したところで何も考えがなかったので、兄とあの人に事の次第を聞こうと考えました。しかし、兄とあの人は同学年で、私は二つ歳が離れていたので、歳下に話す事ではない、と軽く払われました。
幻覚に悩まされていた私は、母親に話すと脅しました。兄の返事はなく、代わりに私の目をじっと見ました。私の目の奥を見ていた様に思います。なんだか眼球を裏返して探られているようでしたが、今は目を逸らしていけないと思って負けじと見つめ返しました。何分かの対峙の末、兄は私の何かを認めたのか急に話し始めました。父は自分自身に多額の生命保険をかけているから、事故に見せかけて殺せば多額の金が入ってくる、そうすれば、父が居なくなったとしても当分金には困らないと。兄は憎しみのこもった目で私にそう伝えました。内容はひどく流暢で父の殺害計画には全く聞こえませんでしたし、私は父を殺す考えはなかったので最初は驚きました。兄の恨みの籠った目にも驚きました。しかし、書斎での光景を見てから何だか父が別のモノに変わっていく様な気がして私も父を恐れてもいました。私は計画に賛同しました。そうして私たちが事故に見せかけるために選んだ場所は、切り立った崖の上でした。嵐の日に崖から滑り落ちて死んだ事にしようと考えたのです。
その年の九月の初め。秋の嵐がやってきました。風が体を叩きつけ、雨が視界を奪い去りました。決行日、あの人が父を連れてやってきました。父は待ち構えた兄と私に動揺していて、崖まで追い詰めることはできました。崖に迫る大波が咆哮を鳴らしたのを合図に、兄が父に掴みかかりました。しかし、父を振り落とそうとしますが、体格差があって中々上手くいきませんでした。浅はかだったと思います。父が兄を振り払った拍子に、兄は崖下に落ちました。父は兄の名前を叫んで崖下を見つめていました。あの人も怯えてしまって身動きが取れていませんでした。はぁ。それで私が仕方なくやるしかないと思いました。近くの石を拾って父の頭に振り落としました。父はそれを避けた拍子によろけて、岩肌に強く頭を打ち、赤黒い血を流して動かなくなりました。結果、父は事故死として処理され、兄は行方不明になりました。
私たち家族は母と私と、あの人となりました。お金も入ってきて、事は退けたけれど兄はいなくなりました。その時はとても悲しかったです。仲が良かったので。
それから母は、あの人のことを疫病神という様になりました。父と兄を失った事に対してあの人を怒っている様でした。でも、本当は父を怒っていたんだと思います。母は父に愛されていませんでした。父が兄やあの人に見せる愛情は、母には注がれなかった。それが悔しくて怒っていたんだと思います。確かに母は教養もなく不器用な人だったけれど、心の美しい綺麗な顔をした女性でした。しかし、兄が生まれて父の愛情は兄だけに注がれました。母は孤独に耐えきれず、二人目を無理矢理父にせがんだそうです。父も耐えかね、そして私が生まれました。
おかしいですよね。なぜかって、父は私と、母は兄と全く会話していなかったのですから。私なんて妥協から生まれた子供なんです。異常な家族だったのですよ。それを私は繋ぎ止めたいと思っていたなんて。なんて愚かでしょう。ただ結果的には父を殺すことが最善でした。兄もその時いなくなって良かったのかも知れません。半年後にはあの人は逃げるように東京の高校に進学して行きました。
それから本当に何年も、あの人とは会っていません。あちらがどう思っているか分かりませんが、私は会いたいと思っていませんでした。
母が病死してから私は海の見える大きな屋敷で、一人で暮らしていました。残ったお金を切り崩しながらの生活は何とも平和でした。縁側に出て木製のリクライニングチェアに腰掛け、海を眺めてばかりで家のことなど随分長くやっていませんでした。今でもよく分かっていませんが、海のさざなみ、潮騒が私の思考を分散させていくのです。そこにいつも祖母が見えていました。デイゴの花に囲まれて、穏やかに笑う祖母を常に感じていたのです。私は祖母が好きでした。祖母が生きていた頃は———私が四歳の頃に祖母は亡くなりました、あの人はまだ居ない時です———よく屋敷の離れに行って、床に就く祖母の布団の中に潜り込みました。そして、水月は可愛いなと言って、私の伸びた前髪を耳にかけてくれる祖母の手が大好きでした。祖母は私にいつも同じ話を聞かせてくれました。
私の住む島はその昔、嵐の洪水により不漁に悩まされることが多かったそうです。大きな嵐は十五年に一度来て、土地柄だと思いますが、その被害は尋常ではありませんでした。ある時、先祖たちはこの嵐の原因は海神に対しての奉納の少なさにあるのでは、と考えました。神に近い場所で供物を捧げれば、海は静まると。その神に近い場所というのが何の因果か、あの切り立った崖の上なのです。では何を捧げるかと悩みました。ある人が「海神は女性の神だ、だから美しい男を捧げよう」と言い始めると、それは噂となり、そして真実になっていきました。それから十五年に一度、島から一番美しい男子が供物として選ばれる様になりました。この信仰が続いて暫くして、島の長は美形の男子を産む家系に目をつけました。この家系に子を産ませ十五年毎に男子を供物として捧げ始めました。また、美しい子孫を保つために、別で女子を産ませ、成人した美形の婿を迎え入れて、より美形の男子を産ませました。さらに、美しさを保つために、島中からその家系に富が集められました。生まれた美形の男子は供物になるまで大切に育てられていたのです。
その供物にされた男子は願いました、嵐を止め、美しい海と豊富な海の幸をこの島に訪れよと。我が身が犠牲になるならば平穏を。それが何代と続いたある年、その年の男子もこの島への恩恵を願いました。すると、海の向こうからこの世のものとは思えない綺麗な音色が聞こえ、嵐は消え、海に潤いが戻りました。
それから、供物の儀式は無くなりました。その信仰がなくなってから、その美形の家系は富だけ残り裕福になっていきました。
と祖母は話してくれました。その家系とは誰か、尋ねると私たちのことだと教えてくれました。それを聞いてとても安心しました。先祖たちは報われたんだ。だから、先祖に感謝しなくてはと、心から先祖を憐れみ、私の生にただただ感謝しました。
[仲野 明人(なかの あきと)の証言]
なぜ、奏という名前を使っていたのか。僕は最初分かりませんでした。昔の記憶だったこともあってよく分かっていなかったのです。昔はあまり、思い出したくないことばかりで———。考えるのを避けていました。
水月と呼ばず、奏と呼ぶように言われました。なぜ、奏なのか教えてはくれませんでした。何度も聞きましたが、聞く度に思い出してくれたら良いよと恥ずかしがりました。おそらく私に自力で思い出して欲しかったのでしょう。僕がそれで頭を悩ませていると、決まって悪戯に鼻歌を歌い出すのです。僕らの故郷の島唄です。綺麗な旋律で奏でて、それを見て僕は彼女をとても愛おしいと思いました。
違和感は最初から感じてはいました。島を出てから再会するまで何をしていたかについて触れる時、何かを悟った様な目をするのです。美しさの中に怖さもありました。僕はそれを見るのが怖くてそれ以上聞くのをやめました。でも僕は逆に、島に居た頃の話をするのが嫌でした。話のすれ違いで、僕らは一定のぎこちなさを感じていました。勿論、それは気持ちの良いものではありません。しかし、大人になった彼女が母親に似てとても綺麗で、ぎこちなさなど些細な問題でした。昔の話などしなくても、これから好きなことや嫌いなこと、様々なことで僕らの共通項を見つけられれば良いなと思いました。それを彼女に伝えると、嬉しいと言い小さく笑いました。僕もまた、それを見て嬉しいと思ったのです。
久しぶりの再会から随分、僕たちは体の関係も持ちませんでした。幼なじみとは妙な恥じらいがあるもので、女性の経験がある僕でも中々手を出すことができませんでした。それでもいざ僕が一度手を出そうとしたら、奏は丁寧に僕の誘いを断りました。僕がそれで拗ねると、彼女は「ごめんね。もう少し待って。」と今にも泣き出しそうな顔をしました。僕はそこまで強要する質の悪い男ではないので、言われた通り待つことにしました。男女が一緒の空間にいて、裸さえも見たことないなんて以前の僕には考えられませんでした。おかしな状況ではありました。ただ、くどいようですが、それさえも愛おしかったのです。
[宮本 藤花(みやもと とうか)の証言]
あの子がどんな人生を送ってきたか。貴方たちが聞くことであの子が何か救われるのでしょうか。あの子の願いは叶うのでしょうか。私はあの子に何不自由ない生活を望んでいました。
いい加減にしてもらえますか。私は何も話すつもりはありません。
罪?私のしたことが罪なのですか。勿論、法的に触れることは承知しておりました。私のしたことが罪と仰るのであれば、もしあの子の願いを無視してもそれは罪ではないということでしょうか。
あの子は知っていたのだと思います。同情ほど役に立つものはないと。それに期待しても結局助けてくれないことを。今の貴方達のことです。私はあの子のその気持ちが痛いほど分かっていました。だから、私があの子を救いたかったのです。
[荥浦 水月の証言]
私は空を見るのが好きでした。虚空な自分が青一色に彩られる気がして。祖母の話を思い出すと、自分の家系は穢れていると改めて実感できました。でも私の家系は私しかいないと思うと、気が楽になってまた空を見つめるのでした。私の血筋は私自身で終わらせたのです。
私の家に訪れる人など居ませんでした。幼い頃の友人は島を出てしまいましたし、新聞も取らず、手紙の交流もない。あるとすれば、区役所からの通達くらいなものです。近所付き合いもありません。私のことを噂している年配の方々がいる様ですが、特に気にもなりません。外出も週に一度、島の小さなスーパーに出掛けるだけでした。極力、外に出ずに日々を送っていました。
そんな生活を送っているので日にちの感覚などありません。テレビを見る趣味もないもので。そういう者を迂愚というのでしょう。なので、正確な日付は、申し訳ありません、分かりません。ただ、酷く暑い日でした。直下の日光が海面に反射して鬱陶しく、窓際に出るのも億劫になるほどでした。それなのに何故か悪寒がする、夏風邪かと思いました。体中の骨が、血が、細胞が、今日という日を拒絶している様でした。今日は一日、布団の上で休もうと思ったら鳴る筈のない家の呼び鈴が鳴りました。ずいぶん聞いてなかったので、最初はテレビからの音声かと思いました。ただ、これは先ほど述べたようにテレビを見る習慣がないのであり得ません。もう一度呼び鈴が鳴って、やっと玄関に行きました。玄関の戸を開けると、そこには黒ずくめに身を包んだ人が立っていたのです。
[仲野 明人の証言]
僕たちは本当に偶然、再会しました。僕は当時付き合っていた彼女に振られたばかりで色々と自暴自棄になっていました。会社は有給を使って休み、朝から晩まで飲んで世の恥じらいなど忘れていました。何軒目に立ち寄ったかは覚えていません。ふらっと入った喫茶店がありました。
衒いのない外観でしたが、どこか引き寄せられる魅力がありました。店内に入ると、小さなステージと三十くらいの座席が間隔を空けて配置された、少し広めの空間がありました。ステージでは知らない人達が知らないジャズを演奏していました。僕は確か、ステージに一番近い席に座ってジンバックを頼みました。酒を呷って酩酊状態でしたので、正直あまり覚えてないのです。
奏はその時のことを、「明人は席に突っ伏して寝ていたのよ。言葉にならないこと言って唸って、演奏の邪魔だったわ。本当に迷惑な客だと思って追い出そうと思っていたの。」と言いました。奏はその喫茶店で働いていました。
「でもね、三線の演奏———お店のテイストに合わないのだけれど———あれが流れた時に、急にムクっと起きて聞き入っていたでしょう。目を見張ってキラキラさせてさ。ライトで大分皺も目立って大人っぽかったけど、子供の頃と変わらない明人だってすぐ分かったわ。」
「その時声かけてくれればいいのに。」
「驚いて声かける余裕がなかったのよ。」
僕はその二ヶ月後、もう一度三線の演奏を聴くためにお店を訪れました。お店は酩酊状態で見た世俗的な印象とは大きく違い、酔っ払いが馴染めない環境でした。そこで初めて、奏は僕に声をかけてくれたのです。
藤花さんは奏が働いていた喫茶店のオーナーです。藤花さんは花の名前がよく似合う、凛としていて綺麗な女性です。声も綺麗です。奏は藤花さんを、花さんという愛称で呼んで、随分慕っていました。
「奏はここで働いて随分経ちますか?」
「オープンからいるのよ。十五年前くらいかしら。」
「え、ということは、僕が東京に来てからすぐ後かな。」
藤花さんは、少し驚いた顔をして言葉をつなぎました。
「えぇ———そうよ。奏が居なきゃ、今もこの店が続いていたかどうか分からないわ。」
「花さん、照れるからやめてよ。」
奏はとても頬を赤くしていました。カウンターに入って空きのグラスを拭いて、それを誤魔化していました。
「ねぇねぇ、明人くん。」
藤花さんは僕にだけ聞こえる声で話しかけてきました。僕は少し首を上下して応じると、藤花さんはカウンターに体を乗り上げて心地よい声で耳打ちしてきました。
「奏は貴方にずっと会いたかったのよ。幸せにしてあげてね。」
「はい、必ず。」
「今度は二人で何を話しているの。」
「「何でもないよ。」」
とても幸せだったと思います。
[宮本 藤花の証言]
貴方達を責めても仕方がないですよね。
いや、泣いていません。私に泣く資格なんてないです。結局、あの子を救えなかった。あるのはただその事実だけです。ただ、奏に関して話す前に、あの島と私との関係について話した方が納得して頂けると思います。
これは奏にも詳しく伝えたことはありません。
実は私は、あの島の子孫。
いいえ、これは正確ではありませんね。
正しくは、あの島で犠牲になった者たちの子孫なのです。
[荥浦 水月の自宅より押収した水月の父・
荥浦 彬(えいうら あき)の手記より一部抜粋]
私は本当にしてはいけないことをしていると思います。申し訳ない。随分前からそう思っていました。受け入れられることではない。私は自分に枷をつけて生きてきました。ですが、それにも限界が来ました。努力はしたつもりです。だから許して欲しいというわけではなく、ただ詫びたい。生まれてきて申し訳ないと。母よ、妻よ、日向よ、水月よ。申し訳ない。私は随分生き恥を晒して生き過ぎて、終わり方が分からなくなってしまいました。
幼少期の私が置かれていた発育環境は、特殊でした。私の家系は百年と少し前、男性の跡取りが残りませんでした。よって他所から来た婿では家計は支えられず、残された女たちによって保たれてきました。つまり、出来上がったのは強固な女性社会でした。祖母も母も強い女性でした。仕事も家事も男の力など必要とせず、男は『種を持つだけの役立たず』でしかありませんでした。対照的に、私の祖父や父は植物の様な人でした。心の臓は動いているのにまるで生気が感じられないのです。
幼い頃の私は祖父と父の様にはなりたくありませんでした。祖母と母に認めてもらえるよう、幼き頃から学を身につけ、仕事も盗みながら習得しました。いつか成人した時に、男が先立つ家庭を作ることを夢みました。
努力は実り、仕事の全般を任せられる様になリました。同じ頃合いに婚姻の申し出もありました、若く教養がなく扱いやすい女性でした(それが今の妻です)。これで私は男性社会を手に入れたのです。
しかし本当に欲しい、いや寧ろ避けようと思っていたことは別にあったのです。それに気づくのは日向が生まれた時でした。明確な意思と血が私を狂わせました。
私が妻の腹から出てきた日向を抱き抱えた時、ある記憶を思い出しました。無意識に忘却していた、祖父と父の記憶です。本当に植物みたいな人たちだったので、声色など全く思い出せませんでしたが、その記憶の彼らは明確でした。
その時の祖父たちからは細く強い生を感じました。何度もその場面に接触しているのに忘れていたのです(どうやら私は、本当に避けたいことほど忘れてしまう様です)。私は裏の庭から祖父の寝室に向かい、夕餉を運んでいました。あと数歩で着く頃に、妙な息遣いが聞こえました。息を潜め祖父の部屋を覗くと、祖父と父は祖父の寝室にいました。そして、祖父と父は互いに何も身に付けず、床に敷いた布団の中でお互いを抱擁していました。彼らは普段、風の前の柳のようにとても静かなのです。しかし、その時の彼らには猛動さが感じられて、私は驚いて思わず声をあげてしまいました。その声に彼らは気がつくと、何事とも無かったかのように辺りに散らばった衣服を纏い、それから祖父は布団の上に座り、父はゆっくり重い腰をあげて私に近づきました。
父は滅多に開かない口を開き、彼の左手を私の頭に乗せ、
「すまない。」
ただ、それだけを云って自分の部屋に帰って行きました。祖父もいつもの老木へと還って行きました。「すまない」と云う顔は本当に今にも崩れ落ちそうな、悲しげな微笑でした。
それから何度か、その場面を目撃しました。決まって祖母も母も出掛けている時でした。何度も見るうちに分かったことは、彼らはただ裸で抱き合うだけなのです。そして静かに泣いているのです。顔は産声のように活発に動いているのに、声量を意図的に抑えていました。妙な息遣いはそれによって起こっていました。
今思えば、彼らも私と同じように女性社会が恐ろしかったのだと思います。ただ、彼らには解決する方便がなかった。仕事で得られる達成感も、家業を営む自尊心も、己から湧く性欲の捌け口も何も得られず、心細く耐える毎日は苦痛でしかなかったのだろうと思います。その感情を近親の男と共有することが一種の救いだったのではないかと思います。
私は無意識にこれを一番避けていました。しかし、日向に触れた時に忌々しい、この記憶が呼び起こされました。胸の動悸は治らず上手く呼吸が出来ません。私の中で身を潜めていた小さな殻が破れ、急速に育った細長い害虫が体の血管を伝って泳ぎ回っているような錯覚を覚えました。
父が云ったように、私も同じ様なことを思いました。もしかしたら、父はこう思ったのかもしれません。
「すまない。祖父が父にしたように、私も君にそうするのだろう。」
強固な男性社会を生み出せば、私が祖父や父の様になることは避けられると無意識のうちに思っていました。しかし、大きな間違いでした。この心細さというのは、もう血に刻まれていました。それが判るまで随分無駄に苦労しました。
日向が成長するにつれてその想いはどんどん大きくなりました。近いうちに私は息子を犯す、そう云う思いが抗えぬものとして身体中を巡り暴れ回りました。苦しかった。相談しようにも祖父も亡くなり、父も祖父を追うように亡くなっています。この想いはどこから来ているのか。私は先祖が男子の供物を求めるばかりに、それが一種の報いを生じさせているのだと思いました。業の深さは、私の血にあるのでしょうか。
嫌でも、日向についてしか考えられませんでした。どう関わっていけば、私のこの欲望を抑えることができるのか。妻は私に愛想を尽かし、日向にも愛情を抱けませんでした。おそらくそれも私のせいだと思います。のちに水月が生まれても———やはり私も女性に対して恐怖心があるので———上手く関わることが出来ませんでした。親子は、私のせいで二分していたのです。
しかし、彼が現れた時、助かると思いました。彼に出会うことで全てが解決すると思いました。家族の仲を取り持ち、そして日向の代わりになったのです。しかし、それさえも誤りだったのです。問題は何も解決されませんでした。全ての元凶は私に流れている血なのです。つまり、元凶は私自身なのです。
[宮本 藤花の証言]
あの島では海神の信仰がありました。あ、ご存知でしたか。それでは、供物のことも?なるほど。それならば、そこは省いてお話しします。
供物にされた男子は崖下に落とされて死んだものとされていました。しかし、実際は生きていたのです。島の近海に流れる波が、本土の海辺に男子を運びました。海面に落ちる直前に、供物の男子は恐怖で気を失います。それが功を奏し、海水もそれほど含むこともなく助かっていました。
流れ着いた供物の男子達は、見慣れぬ土地で徒党を組み、独自の経済網を作りました。そして彼らは十五年に一度流れ着いてくる男子を保護する様になりました。それぞれが家庭を持ち、平和に暮らすことが出来ました。私はその者達の子孫なのです。
ある時から、男子は流れつかなくなりました。その後、噂で島の信仰が終わったと聞きました。それを聞いた先祖達は徒党を解散し、それぞれの人生を歩み始めました。
この話は祖父からよく聞かされました。供物の男子が流れ着いた海辺に連れていかれ、この話を何度も教えてくれました。子供というものは理由もなく海が好きなもので、訪れる度にはしゃぎながら私は聞くともなしに聞いていました。祖父が話すほど特徴もない、平凡な海辺でした。蒼緑の海、褐色の砂浜が対となって永遠と先まで続いていました。
祖父はその場所に着くと海の先の、何もない空間を見つめて泣きそうな顔をしました。嗄れた声で私を呼び、心地よい海風を受けて語り始めるのです。
「藤花、おじいちゃんのおじいちゃんはな。この海の遠い、そりゃうんと遠い場所から来たんだよ。」
「アメリカくらい?」
「遠いといっても、長さだけではないよ。飛行機や船では、決していけない場所なんだ。」
「なんでおじいちゃんのおじいちゃんは、こっちに来れたの?」
「一日か二日か海に運ばれて、この海辺に流れ着いたんだ。それでしか、その場所から出ることはできなかったんだ。」
「その場所は嫌なところなの?」
「んーどうだろうね。でもおじいちゃんのおじいちゃんは、流れ着いた時は子供だったから、お母さんとお父さんと離れるのは悲しかったって。ただ、島に戻ろうとは思わなかったって言っていたね。」
「おじいちゃんのおじいちゃんは、可哀想だね。」
「そうだね。藤花は優しいね。」
祖父は上背が小さい私に目線を下ろして、私を見つめました。その目は私を大きく包み込む優しさがあって、それと同時に少しの決意を秘めていました。
「でもね、おじいちゃんと約束して欲しいんだ。」
決意の目というのは、その海とよく似ていました。青く透き通って透明にも見えるその海は、存在していないのかもしれない。それとも、透明度の高いただのガラスの平面が、空気の重みに耐えかねて割れる時を静かに待っているのかもしれない。しかし実際に見えているものよりも何倍にもあるその海は大きな存在で、私の杞憂を柔らかく宥めてくれている、そんな気がしました。
私は約束という言葉に身構えて、恐る恐る聞き返しました。
「約束?」
「うん、約束。これからね、藤花は沢山の人に出会うと思うんだ。沢山の人と仲良くなったり、時には仲良くならないこともあるね。でも皆、何かに悩んでいる。可哀想だと藤花は思うかも。でもね、大事なのは可哀想と思うことじゃないんだ。大事なのは、一緒にご飯食べたり、笑ったり、泣いたりすることなんだ。一緒にお風呂入ったり、寝たりしてもいい。それだけでね、十分なんだ。だから、もしそういう人に出会ったら藤花が助けてあげてね。」
「わかった!」
祖父は優しく微笑みました。その顔は柔らかい水光に照らされて、実際よりも若くみえました。十歳そこらの少年の、あどけない笑顔でした。
2 離別
[宮本 藤花の証言]
成人してから故郷を離れ、東京で十年ほど働いていました。十年目より少し前から、職場で上司のセクハラに悩まされていました。その時の、職場でできた交際相手に相談しても、上司に釘を刺され、彼は何も逆らえずに私の元を去って行きました。同期も島の対岸の話で、何も助けてくれませんでした。酒のツマミくらいにしか思っていなかったのでしょう。交際相手と別れてからは、上司は私に婚姻を迫ってきました。全てが嫌で、どうしようもありませんでした。その時の職場も今後のことも何も考えたくありませんでした。
ちょうどその頃に、祖父の訃報が届きました。私はすぐに職場に無期限の休暇の連絡を入れ、その日のうちに故郷に戻りました。
葬儀の数日は天候が荒れて、酷く慌ただしく感じました。祖父の亡くなった姿は見ていません。悲しくて目を充てることができなかったので。暗い気持ちは天候によって一層深くなっていくようでした。火葬の後両親には「家に帰る前に用がある」と伝えて、祖父との思い出である、あの海辺に車で向かいました。海辺に近づくにつれて不思議と雲が晴れて行き、海辺に着く頃には空は先程の荒れ具合を忘れ、なんだか揚々としていました。
真っ青な晴天に導かれ、浜辺に腰を下ろしました。すると、祖父が隣に見えました。しかし、なぜでしょう。その時は、私はあまり不思議に感じなかったのですが、生きた祖父が居るように感じました。笑い皺がめいいっぱい広がった祖父がとても温かくて、本当の意味で晴れた気がしました。同時に、そこで初めて祖父の死を実感することができました。だんだんと薄れゆく祖父の幻影は、私が祖父の死を飲み込むのに時間をくれている、そんな気がしたのです。私は、浜辺に一人になるまで泣き続けました。
すいません。私の話ばかり。重要なのはこの後です。
実家に帰る前に浜辺を歩くことにしました。就職してから忙しい日々に追われて、海に暫く来ていなかったので。
それほど進んでないと思います。子供の頃よりも浜というのは、中々歩きづらくて、一歩一歩が重かったので。前方数十メートル先の波際で、人が倒れているのが見えました。走って近づくと、十四歳か十五歳くらいの少年が倒れていました。私は最初、海に遊びに来た少年が日光浴して休んでいると思いました。しかし、耳を澄ませると、彼は息をしていませんでした。すぐに気道を確保して応急処置を行いました。暫くすると少年は目を覚ましました。
「大丈夫?君?」
「お姉さん、誰?ここどこ?」
「私は藤花っていうの。ここは吹上浜だよ。貴方はどこから来たの?」
「僕は△△島に住んで———。えと、そうだ、海から落ちて。それから———」
「多分、気を失って覚えてないんだと思うよ。とりあえず、親御さんの元へ帰ろう。」
「それは嫌だ。お願い、それだけはやめて。」
「どうして?」
「それは———言いたくない。お姉さんも皆と同じだ。」
その時、祖父の言葉を克明に思い出しました。
「君が何に悩んでいるか分からない。でも、私は君の言うことを尊重する。何も笑ったりしないし何も馬鹿にしたりしない———。初めましてなのに、こんなこと言っても信用してくれないと思うけど。どうしようか。」
その時、私が慌てて立ち上がると、手首にあった数珠が流木に引っかかって結まれた糸が切れました。勢いよく玉が弾けて私の顔に2、3粒当たり、私は砂浜に後ろから転んでしまいました。
暫くの沈黙が私達の間に流れ、彼は私から顔を背けました。しかし、その横顔は笑っていた様に思います。そして、私に辛うじて届くくらいの声量で呟きました。
「荥浦 日向。」
「日向くんか。」
「うん。」
「そしたらとりあえず、温まろう。こっち来て。」
「うん。」
車の中に入って、彼を助手席に座らせました。それから島での出来事を聞きました。供物にされた家系、学校でのいじめ、担任の無視、母親の育児放棄、父による親友への辱め、彼が今までに体験したことを少しずつ話してくれました。
「僕、本当は昔から父さんが怖かったんだ。」
「どうして。」
「僕のことを、大きく開いた暗い目で見るんだ。僕はその目が怖いんだ。あの目は鴉の目だって。鴉が僕たちが通りすぎるのを、静かに待っている時と同じ目だよ。」
ぽつりぽつりと出る言葉に合わせて、啾々と泣く彼の痛みがひしひしと伝わってきました。私が渡したハンカチにできたシミは、アスファルトに出来た水溜りに似ていました。
「お父さんに、変なことされたの?」
「ううん。されてない。」
「そしたら島に帰っても大丈夫じゃないかな?」
「僕はされてないけど、明ちゃんはされてた。」
「明ちゃん?」
「僕の友達なんだ。その子が、父さんに変なことされてた。それであの目をしていたんだ。ずっとだよ。明ちゃんが居候になる前からずっと。」
「明ちゃんとお父さんはなんでそんなことになったのかな。」
「わからない。でも、僕はそれにずっと気付いてた。父さんは明ちゃんに抱きついて何か言っているんだ。その時にいつも、鴉の目をしているんだ。僕はそれが怖くて、ずっと陰で見てた。止めることができなかったんだ。」
小児性愛、近親相姦、そういう単語が思い浮かびました。止めることができずに、親友の辱めを見る彼の心情は想像できません。
「でも最近から、明ちゃんが裸にされ始めたんだ。僕は泣いてる明ちゃんを見て、父さんに対してどんどん怒りが湧いてきてさ。それで僕は、父さんがいなくなればいいと思ったんだ。」
彼は周りの大人に相談しても誰も助けてくれなかったと言います。島での父親の評判は良かったので取り合ってくれなかったようです。だから彼は父を殺す計画を立てました。しかし失敗して、海に落ちた。それが彼がその浜辺についた経緯でした。
恐怖に勝てない彼がいました。どんな人間もどうしようもない恐怖からは、逃げることしかできないのです。そして親友への今までの罪悪感。親友に合わせる顔がないから、彼に会うことなどできないと言いました。彼の話を聞いて、別れた交際相手も恐怖と罪悪感に苛まれていたのかな、と思うと少しだけ彼を許すことができました。
私はこの出会いに運命的なものを感じて、仕事を辞める決意をし、彼を匿うことにしました。そして、以前から微かな夢だった喫茶店を開きました。彼と話し合って、喫茶店の名前は "静かの海" にしました。この店名は、彼の願いそのもので、彼はこの店名をとても気に入ってました。加えて、彼は自分のことを「奏」と呼んでほしいとも言いました。
成人していない子供を親に無断で育てるのは犯罪だと知っていました。ですが、困っている奏を見放すことなどできなかったのです。職場で追い詰められた時に、同情だけで誰も私を救ってくれなかった。その私と奏を重ねてしまいました。助けると言ったら、助ける。嘘をつきたくなかったのです。でも、結果的に私は同時に救われていました。職場を辞めるきっかけをもらえて、お店も支えてくれた。私が奏に出来たことなんてほとんどありません。
すいません。泣いてしまって。涙もろいんです、私。強くて逞しい女性って思われる様ですが、心の弱いただの人です。だからこそ、心が弱っている人の気持ちは痛いほど分かります。奏に会った時もそれを強く感じました。
でもどうしても分からないことがあります。
どうして、奏は死ななければいけなかったのでしょうか。
[荥浦 水月の自宅より押収した水月の父・
荥浦 彬の手記より一部抜粋]
ある日、日向は習い事で三線を習っていて、仲良くなった友人を自宅に連れてきました。友人だという彼の名前は、明人君と言いました。初めて彼を見た時、「彼を犯そう」とどこからか聞こえました。しかし、それは私の口から出た声でした。まるでもう一人の自分が口を勝手に動かしているみたいでした。この手記を書きながら、気持ち悪くて朝食べたものを戻してしまいそうです。喧しい先祖の雑念がこの少年を欲している様でした。意地汚い魂が宿る私の体を壊したくて堪りませんでした。
もう死のうと思いました。本当に死のうと思いました。もう抗えない苦痛から逃れたいと思いました。血は争えない様です。私は気がつけば、あの切り立った崖の上にいました。強い追い風が私を後押ししてくれました。
「おじさん、そこで何をしているの?」
突然聞こえてきたその声に、足を止めました。ゆっくり背後を振り返ると、そこに明人君がいました。
「危ないよ。」
彼は私が今から行おうとしていることが分かっているような口振りでした。私は自分を落ち着かせて言葉を一語一句、丁寧に出すようにしました。
「あぁ。知っているよ。明人君も危ないから、離れていなさい。」
「うん。分かった。おじさんも早く離れなよ。」
明人くんは崖の坂に沿って降りて行きました。それを見届けてもう一度先を目指し、歩を進めました。
「おじさん。」
もう居なくなったと思った明人君は、また背後にいました。
「寂しいの?」
その言葉が心臓をコンコンとノックしました。本当にコンコンと言いました。「寂しい」とは私にとって、祖父と父のことなのです。それだけは避けたかったのです。でも、私は寂しかったのですね。
「寂しいときは、こうやるといいんだよ。ママがね、仕事から帰ってくるとよくやってくれるんだ。」
そう言うと小さな腕が左右に開かれました。ただ、私にはとても大きな存在に見えました。時に大人の心は身体よりも小さく、子供の心は身体よりも大きいと思うのです。私はその大きな心に包まれました。
「大丈夫だよ。寂しかったよね〜。」
(はい)
「はい」か「うん」か「おう」か、何を言ったか忘れてしまったので「はい」とします。泣くことはありませんでした。私はただ温かくて心地良くて純粋な愛情に近いものを感じました。
「明人くんは温かいな。」
「本当?ママとパパがね、太陽みたいに明るい人って名前をつけてくれたんだ。だからかな、温かいの。」
「そうかもね。本当に温かい。」
しばらくそのままでいました。一回りも小さい少年の胸の中で情けないとは思います。しかし私はこうすることしか、もう私の生を感じられませんでした。
「明人くん、君がよければだけど、これからもこうやって抱きしめてくれるかな。」
「いいよ。」
「皆には内緒でもいいかな。」
「ママにもパパにも、日向くんにも、水月ちゃんにもおばさんにも内緒にするね。」
「ありがとう。」
明人くんのご両親もいい人たちでした。明人くんは彼らに似たのでしょう。明人くんのご両親は本土で仕事しているために、島には週に一度だけ帰島していました。そのため、明人くんは普段家に一人でいました。まだ幼い8歳の少年の温かさや強さをとても感じました。
私はご両親に明人くんを私の家で、面倒を見ることを申し出ました。まだ幼い少年が一人でいるのも危険であるし、私の家は余っている部屋が何個もあることを伝えました。彼らは私の申し出を受け入れました。そして私たち家族は私の家で、彼と住むことになりました。
私は彼の優しい心につけ込んだ愚か者です。明人くん、君には本当に謝りたい。しかし、私はどうしようもなく死んでしまいたくなると、君の優しさに縋りたくなるのです。祖父と父が、虚な目で私を見てくるのです。申し訳ない。こんな私を許してくれ。申し訳ない。
[荥浦 水月の証言]
黒ずくめに身を包んだその人は目線を落としたまま、全くこちらを見ようとしませんでした。
「どちら様でしょうか。」
「水月だよね?」
落ち着きのついた声でした。そして、その声に聞き覚えがありました。
「お兄ちゃん?」
そこで私は兄と久しぶりに再会したのです。
「驚いたよね。」
「というか、生きていたの?」
「うん。今まで知らせずにごめん。」
「それで何で女性の格好をしているの。」
「ごめん。その———もう一つ謝らなければいけないことがあるんだ。」
兄は被っていた帽子を取ってこちらに、やっと顔を向けました。兄の顔は、私でした。私の顔の兄がいました。玄関の戸を境に、鏡合わせになっている私たちがいました。そして私の顔は徐に口を開き、謝りだしました。私の顔は私と全く同じ顔で謝るばかりなので、何故かだんだんと私が謝っているように見えました。申し訳ない。こんな私を許してくれ。申し訳ない。
私は誰に謝っているのだろう。
兄は昔の兄と全く違いました。私は大衆テレビに疎いですが、そういう類のドッキリかと思いました。私は私の顔を直視できなかったので、掃き出し窓の外を眺めていました。
「水月。本当にごめん。」
「私の顔で謝らないで。不快。」
「ごめん、あ。」
私は何故だかすごく怒っていました。兄は私の記憶の中で元々逞しい青年でしたので、こんな自信なさげにいるのが受け入れられなかったのかも知れません。いや、私は父を思い出していたのかも知れません。自分で言うのも何ですが、本当に久しぶりの再会の兄妹とは思えませんでした。いや、姉妹何ですかね。もうどちらでもいいです。
「それで、何で私の顔なの。」
「それは・・・。今、東京にいて働いているのだけど。本当に一年前までは水月の顔でもなかった。でもね、東京で偶然、明ちゃんに会ったんだ。」
「え。あの人に会ったの?」
「そう。でも最初は話しかけられなくて。一度死んだ友達が生きていたら、びっくりさせちゃうし。怪しいやつと思われるかなって思って。それに、昔のこともあるし———。」
「私には見せているじゃない。」
「そうなのだけど。」
「結局、私の顔にしている理由は何。というか、何で私の今の顔を知っているのよ。」
兄は口を強く結んで、そして少し躊躇いながら話を続けました。
「明ちゃんに会った後、もう一度会いたいって思ったんだ。島にずっと帰ってなかったしすごい勇気がいることだったけれど、もう大人になったし。明ちゃんも、島でまだ暮らしていると思ったから、一年前島に一度帰ってきたんだ。そしたら、明ちゃんも、お父さんもお母さんも居なくて、水月だけが居たんだ。」
兄は帰島する際、家族や島民にバレて混乱を招かないために、同じように変装して来たそうです。そしたら、私しか居ないからそれは驚いたそうです。仕方なくご近所に私の事情を聞いて、父の事故、母の病死、あの人の上京、私の無気力な生活を知りました。それを聞いた兄は、私に整形し私のふりをしてあの人と再会しようと考えたそうです。
兄は私にバレないように、縁側にいる私を撮影して、えっと。藤花さんでしたっけ?彼女のつてで整形したそうです。
それで兄はあの人に近付いたのです。それからの兄のことは知りません。
私が殺した?冗談やめて下さいよ。確かに父は殺しましたが、あれは何年も前の話で時効も過ぎた筈です。今更、言われたところで別に罪の意識などありませんよ。
久しぶりの兄は父と重なりました。弱い心を持った男。気持ち悪いです。どっちも男が好きなのかどうか分かりませんが、本当にいい迷惑です。嫌な血筋です。だとしても、私は兄を殺していません。
[仲野 明人の証言]
父と母が本土で仕事があったのでよく寂しいと感じることがありました。だから彬おじさんの寂しさによく気づいたのだと思います。人間大したことないと思っていても、寂しさというのは積もるものです。僕は寄り添うことしか、居候させて貰っているお礼ができませんでした。
父と母が亡くなってから彬おじさんは、正式に僕を引き取ってくれました。しかしそれから、彬おじさんは体の関係を僕に迫るようになりました。あれは性的虐待でした。今でも自分より大きな男性が苦手なほど、自分にとって苦しい出来事でした。
でも、奏はとても優しかった。おじさんから僕を守ってくれました。同学年にも関わらず、兄のような逞しい存在でした。
そうですか。水月が。整形したのはそういうことだったんですね。生きてさえいてくれれば良かったのに。喫茶店に最初に行った日、僕が奏に気づいていれば、死ぬこともなかったかもしれません。
奏が死ぬ少し前、奏は島に一度帰るって言い出しました。僕も一緒に行くと言いましたが、許してくれませんでした。水月に会わせたくなかったんですね。だから、奏は一人であの島に戻った。
[荥浦 水月の証言]
兄が二度目に私の家に来た理由ですか。
兄は自分の代わりに、あの人と付き合ってほしいと言いに来ました。体の大きさとか声とかは成長したとかで誤魔化せても、どうしても女性的な体の部分は誤魔化せないと言っていました。頭にきましたよ。私の人生なんだと思っているのでしょうね。何とも思ってないんだと思いますけど。
当然、断りました。第一、私が代わりに現れたらすぐに体格の違いで分かりますよ。それに私と兄の性格は全く違うのですぐにでもバレるでしょう。時間の問題だと思いました。
兄はそれを聞いて、その日のうちに東京へ帰って行きました。
その数日後に貴方達から連絡を受けて、兄の死を知りました。
あ、はい。佐野剛ですか。
知っています。
もしかして彼が兄を刺したのですか。
なるほど。だから、私が呼ばれたのですね。
おそらくご存知だと思いますが、佐野剛は私の元交際相手です。
私が十八になった頃、私はこの先が不安でした。父の遺産だけを切り崩すだけの生活にいつ限界が来るのか。母と私の二人暮らしだとしても、あと数十年もすれば底をつくのは明らかでした。だから私はいわゆる出稼ぎ、の様なことをしようと考えたのです。当てもないので、東京にいるあの人に頼って仕事を探しに行こうと考えました。東京で就職すると母に伝えると、母は私の今後の進路を心配していたのでとても喜びました。
東京に行った日、私は大量の人混みが気持ち悪くて、電車に乗るのも一苦労でした。右へ左へと流されて、気づけば知らない土地の知らない場所で途方に暮れていました。夜を照らす果てしない数のライトが不自然に白掛かる空を作り出して、威嚇するような無名の歌声と街を覆う喧騒が不協和音を作り出していました。東京という街は落ち着ける場所が無い所でした。一歩進めば一歩前に戻れない。ずっと街中が忙しなく蠢いて止めどなく再構築されている、そんな印象を受けました。目眩がして目線を下すと、人工物に囲まれた生気のない一本の木がありました。途方に暮れ地面に張り付いた私は、森林から隔絶され都会に残されたその木に似ていました。
その木を呆然と見つめていると、ある男から声を掛けられました。風俗の経営をしているというその男性は、私をそのお店に勧誘しました。詳しく内容を聞くと割合が良かったので、迷う事なく風俗で働き始めました。社宅もあり複雑な事情を抱えた人たちで溢れかえっていたので、色々教えてもらいながら特に苦労もしませんでした。
それからニ年経った頃でしょうか。佐野剛は私を初めて指名しました。最初の印象は細身で清潔感があって全てを分かっているというのか、全能感の様なものを感じました。彼は案内されて部屋に入ってくるなり、「こういう種類の店、高い割に案外しょぼいな」とか「安物ばかりじゃないか。これで洗えっていうのか。」とか本当にどうしようもない男でした。行為が一段落すると、自分はI T企業の社長だとか数億稼いでいるとか、車を三台持っていて別荘は二個郊外に持っているとか、とかく数字の話題が多くてつまらない男でした。
一度指名が入ってから何故か、頻繁に私を指名して通ってきました。ある時、佐野は言いました。
「俺はさ、若手の社長ってだけでインタビューとか、社員に本当にちやほやされるんだ。最初は俺もいい気になっていた。でもさ、最近は不安ばかりを感じるよ。どんどん、自分じゃなくなっていくんだ。本当は誰も俺を見てなくてさ、なんかこう数字で見ているんだ。そう思うとさ、大きな存在に取り込まれて金で買われちゃうのかな。買われる?飼われる?わからないけどさ。いっぱい努力しても取り込まれてしまうような、ちっぽけな存在なのかな。」
「そんなこと知らないわよ。金があってもなくても、人間の大小なんて変わらないわよ。」
「月ちゃんは変わっているよね。」
そういうと、私の胸に顔を疼くめていました。私を抱いた後は不安になって拗ねている子供みたいに、時間になるまで弱音を吐くのです。普段の彼を知らずとも、体裁だけ保つのに必死だとわかるほど無防備で哀れとも思いました。だから、女性にもモテず風俗に来るのだろうなと思いました。実際、テクニックもなくて配慮もないダメ男でした。私はその度に露骨に幻滅した顔をするのですが、「今日もダメだ、ごめん。」とか「今後は頑張る」とか言っていました。
それも一年程続いて、佐野は私に求婚を迫ってきました。
「付き合ってもいませんが。」
「婚約を前提にってことで。どうかな。」
私はお金が欲しかったのでお金をもらうことを条件に了承しました。
そして、佐野剛と付き合うことになりました。風俗をやめて佐野の自宅で生活を送る様になりました。日当たりがよく、風もよく通る綺麗なワンルームの一室で私たちは共に生活を始めました。「近いうちにもう少し広めのところに引っ越そう。」と佐野は言っていましたが、それは実現できませんでした。
共に生活する様になってそれほど関係は変わりませんでした。風俗の時と同じように私たちは体を重ねて、そして私は佐野からお金をもらう。そのことを佐野に言うと
「月ちゃんに他の男と寝てほしくないから」
と彼は照れて言いました。
母のことは気がかりでした。三年以上家を出て連絡もまともにしていませんでした。故郷に一度帰ろうかと思った時期に、私は佐野との間に子供を授かりました。佐野はとても喜び、このまま結婚しようと言いました。ただ、佐野と結婚することになれば母は島で一人になってしまいます。なので、母にお金を渡し実家の荷物をまとめてから、東京で結婚生活を送るようにしたいと伝えると、佐野は莫大なお金を渡してくれました。
実家に約三年ぶりに帰ると、母は歓迎してくれました。母は三年前よりも随分、老け込んだ様に見えました。妊娠や結婚のことを伝えると、世の母親の鏡のような、平凡で陳腐で恥じらいを覚える反応をしました。その反応を見て、私は少し嬉しかったです。
しかし、実家の———父が使っていた書斎を整理している時、父の手記を見つけました。父の手記を見て、とても吐き気がしました。自分の事情を憐れみ、人の慰みを受けようとする魂胆が明らかな文章が酷く気持ち悪かったです。その気持ち悪さが父だけでなく、祖父も曾祖父も代々と受け継がれてきたことである事実が、その血が、自分自身にも流れていることが耐えられなかったのです。
私と佐野の間の子が生まれて仕舞えば、その血は永遠と終わりなく続いていくと思うと恐怖を感じました。
私は誰にも相談せず子供を堕しました。佐野に連絡を入れ、子供を堕したこと、結婚はできないことを伝えると、「人殺しが!ぶっ殺してやる。」と言われたので、怖くてすぐに携帯を解約しました。母にも同じ様に伝えると、それから体調を崩してしまい、数年後に亡くなってしまいました。佐野から頂いたお金のことは携帯の解約後に気づき、今更仕方ないと思ってそのまま使わせて頂くことになりました。残った父の遺産と、佐野からの莫大なお金と、風俗で働いて貯めたお金を、一人で使うことになりました。
佐野が語った、お金を持った時の虚しさがやっと分かった気がしました。
佐野にとってみれば、私は実子を殺しお金を巻き上げた、最低な結婚詐欺師の類だろうと思います。もちろん、そんなつもりはありませんでした。本当にあの時はお金がただただ欲しかったのです。
佐野は私を殺したいほど恨んでたはずです。
だから佐野は、私と間違えて兄を刺したのだと思います。
[仲野 明人の証言]
もう何度もお伝えしていると思います。
その数日は暑い日々が続いていました。その日は特に地面に溜まった熱気で、とても歩けるようではありませんでした。
僕たちは暇さえあれば、三線を弾いて歌うことが好きでした。奏は歌がうまくて、僕もその声を聞くのが好きでした。その日も、三線を弾いて歌って楽しくやっていたんです。しかし、その三線の弦が何の前触れもなく切れたのです。不吉の前兆でした。買い換えるかどうか迷っているうちに、奏は僕の手を引っ張り僕を外へと連れ出しました。
奏が島から帰ってきて、久しぶりにお互い予定が空いた日だったので、その日に買い物に出掛けるしかありませんでした。またいつ予定が空くか分からない、そうやってその時は、普通の未来がこの先も続いていくと思っていました。
随分疲れて自宅のアパートまで歩いて帰ってきた時、アパートの入り口でフードを被った長身の男がいました。どうやら私たちを待っていたようで、こちらに気がつくと近づいてきました。暑いのに不自然だなと思いながらも挨拶しようとした時、突然懐からナイフを出しました。そして右手に持ちながら、奏の腹に刺しました。ナイフが腹に刺さったまま奏は仰向けに倒れました。ナイフの先からは赤黒いどろどろとした血が止めどなく流れ出て、身に纏う服の色がみるみる変わっていきました。一瞬に起きた突然のことに言葉が出ませんでした。
男は棒立ちしたまま、奏の顔を見て
「こいつじゃない。水月じゃない。なんなんだ。」
と突然取り乱し逃げて行きました。私はすぐに救急車を呼ぼうとしました。しかし、奏は
「やめて、呼ばないで。」
「どうして。」
「私の身体、笑われたくないの。」
「なんで、笑うことないさ。」
「聞いて明人。私ね、実は水月じゃないの。本当は日向、荥浦日向。君と幼馴染の———」
「え。日向?そんなわけない。日向くんは昔死んだんだ。」
「死んでなかったんだよ。こうやって生きていたんだ。ずっと伝えてなくてごめんね。水月も今、島に住んでいる。」
「嘘だ。」
「嘘じゃない。本当だよ。だからね、最後だからね。ずっと思い出して欲しかったことだけ、言いたいんだ。いつかの海辺で話したこと。覚えてる?」
「何。どのこと。いいからもう安静にして。」
「私———俺がさ学校で虐められた時。『奏』ってさ、神様への貢物って意味なんだよな。「天に捧げる」って意味でさ。だから皆、俺の家系を揶揄って”いけにえの奏”って言うんだ。俺はずっと悲しかった。でも明ちゃんが島に来た初めの日、浜辺に二人座って遠くを眺めてたら、明ちゃんが俺を抱きしめてさ『日向くんの心臓の音、海の音みたいに綺麗だね。海さんが音楽奏でているみたいだよ。奏ってこの綺麗な音のことを言っているんじゃない。』って言ってくれたんだよ。俺はさ、それが嬉しくて日向って名前より、奏って名前で呼ばれたくなっちゃたよ。明ちゃんと再会して、奏って呼ばれて、本当に嬉しかったんだ。だからさ、思い残すこともなく死ねる。今まで本当にありがとう。」
「何度でも呼ぶよ。だからさ死なないでくれよ。奏。」
3 エピローグ
佐野剛は逃亡の末、荥浦日向殺人の容疑で逮捕され、容疑を認めた。佐野剛は荥浦水月と人違いをして刺し、それに気づいた恐怖から逃走を謀ったと供述。関係者の証言によれば、荥浦水月に結婚を破棄され子供を堕され、怒りの末に反抗に及んだとされる。また、殺された荥浦日向と佐野剛の直接的な関係はなく、偶然にも佐野剛が荥浦日向を見かけたことから佐野剛は犯行を企てたとも供述している。
明人は長い取調べから解放された。間を置かず、奏の葬儀がしめやかに行われた。葬儀を終わると、明人はしばらく自宅から出れずにいた。家の周辺は奏との思い出に溢れていて、歩くことができなかった。水月の顔をした奏の顔がだんだん薄れていく代わりに、昔の奏の顔———日向の顔———がまざまざと色濃くなっていく。そして、どすを呑んで現れた佐野が全てを奪い去る。自分が庇えば助けられたかもしれないと何度も反復しては、後悔の渦を廻り続ける。
事件から数日間は、心配と興味が半々となった連絡が雨後の筍のように届いた。しばらくしたらそんな連絡も明人には届かなくなった。しかし、藤花からだけは「落ち着いたらお店に来て」と連絡が届き続けた。
その連絡を二十回受けた時、明人はやっと藤花の店に出向いた。明人自身は何回連絡が来たかどうか数えて出向いたわけではなく、身体が勝手に動き始めたように感じた。明人が店に着くと、藤花は何も言わず明人を乗せて、車を走らせた。明人もされるがまま黙って助手席に座っていた。
「もう10月か。冷えるね。」
「そうですね。」
赤信号で停車中、連続的な車のエンジン音と不規則な社外からの木枯らしが混じり合い、冬の足踏みに聞こえてくる。
「明人くんにさ、謝らなくちゃいけないね。」
「何をですか。」
「明人くんが水月さんと奏を勘違いしていること、気づいてた。でも、奏に止められていたのよ。」
「藤花さんは悪くないですよ。日向———奏の———まだ慣れないですね。奏。でも、奏って呼びたいから慣れないと。」
「なんとなく、奏が明人くんを好きな理由が分かった気がする。」
何ですかそれ、と明人が返すと、藤花は少し顔を綻びた。その後しばらくは互いに話さず、ただ車を走らせた。
静岡清水パーキングエリアで少しの休憩を挟んだ。運転を交代し、また車を走らせた。
「僕聞いていませんでしたが、この車はどこに向かっているんですか。」
「旅の終着点は私の思い出の地。」
「なるほど?」
「私にも———同じにしたら失礼かもしれないけれど、全てが嫌になった時があったの。その時に行った場所。いいところよ、保証するわ。」
車はひたすらに西へと向かう。
そこに到着したのは、東京を出た翌日だった。
その場所は一見とても平凡な海だった。何もないといえば何もない、しかし何かを引き寄せるような海だった。
青い海と白い砂浜、それと黒い松の木が綺麗な白砂青松を地平線の延々と先まで作り出していた。視界の先には、小さな丘と海の青さを纏った空しか見えず、それさえも舞った砂で白霞んでしっかり認識することができない。
冷たい海風が頬にチリチリと当たって痒い。だが、明人はその海風を全身で浴びたいと思った。腕を大きく広げて、深い呼吸をした。
「どう?」
「いいですね。」
「ここで奏を見つけたんだよ。」
「そうだったんだ。ここが。」
「あの子は運命に翻弄されていたかもしれないけれど、何度もそれを乗り越えてきた。貴方にも会えた。それは本当に幸運なことよ。ただ、全部はあの子自身の生きる力があったからこそだと思うの。あなたもいつか、乗り越えられるわ。」
「はい。ありがとうございます。なんだか、ここにいるとそんな気がしてくる。」
「ね。良いところでしょ。」
「確かに———。それと何だか、奏が海の向こうからやってくる気がします———。」
「奏とここで出会った時、奏にこれからどうしたい?って聞いたんだ。何がしたいって。」
「奏はなんて?」
「好きな人達と三線をずっと弾いていたい。誰も自分を知らない場所で、好きな時に好きな曲を弾いて歌っていたい。それが僕の願いだって言ってた。」
「奏らしいですね。」
「明人くんは———これからどうしたい?」
「———。」
「島には行かないの?」
「———そうですね。僕、やっぱり島に行ってみたいと思います。僕と奏の故郷に。」
「うん、行ってらっしゃい。」
明人は藤花に見送られ、船で島へと向かった。久しぶりの故郷は大分色褪せた様に感じた。東京の建物に慣れたせいで、時間を移動した感覚になった。以前、住んでいた奏と水月の実家に帰ると、昔の記憶が鮮明に思い出されてきた。ただ、家の周りは手入れされていないのか、外観が分からないほど鬱蒼としていた。家の大きさは子供の時よりも、小さく見えた。小さな僕たちが走り回っている。
家の呼び鈴を鳴らす。何も反応がないので、海側の庭の方に回った。すると、水月は縁側で木製の椅子にもたれ掛かっていた。十五年ぶりに見る水月は顔が似ていても、奏とは別人だった。
「水月か。」
「どうも。」
「元気そうでよかったよ。」
「そちらこそ。」
「色々迷惑かけたな。」
「———本当よ。」
「またいずれ来るから。」
明人は彬と水月の母の仏壇に手を合わせてから、家を後にした。
明人は、水月と奏の家からすぐに海辺にでた。昔の記憶を辿りながら、浜辺に腰を下ろした。明人と奏の少年時代を、明人は思い出す。確かに奏にそんなことを言った気がする、と明人は思う。持ってきていた三線をバックから取り出して、両手で構える。
深呼吸をした後、指先を弦に充てる。
左右の指を器用に動かす。
島唄が島中に流れる。
その時、明人は、海の奏、を聞いた。