背番号との9ヶ月
私はかれこれ13年、ホテルマンとして働いている。
ホテルマンと言えば聞こえはいいが、おんぼろのビジネスホテルだ。
そんなホテルのロビーに今年簡易的なBARを作った。
出張や旅行でただ寝るだけではなく、ホテルでの思い出や人とのつながりを楽しんでほしいからだ。(建物で勝負できないので人間力で強みを出そうという魂胆でもある)
宿泊者は1杯無料。それでBARへおびきだすのだ。(ひどい)
その日宿泊しているお客さん同士が、酒を飲みながら自分はどこから来たとか何しに来たかと喋りだし、初対面だけど仲良くなる。そんなBARだ。
そしてそこでマスターをしているのが私である。
今日はそのBARの男性常連客、背番号のお話をしよう。
接客業をしている人ならわかるかもしれないが、お客様にあだ名をつけがちだ。
もちろん、バックヤードでこっそり呼ぶあだ名。
背番号はサッカーが好きで、地元のチームを応援していると言っていた。
仕事から帰ってきて部屋着として着ている服がサッカーのユニフォームである。
毎日毎日いろんなユニフォームを着ていた。
そこでスタッフにより付けられたあだ名が”背番号”だった。
名前に”もも”がつくので、本人に対して私は”ももちゃん”と呼んでいたけれど、そんな可愛いあだ名ではスタッフに通じないので裏では背番号と呼ばせてもらった。
背番号は毎週月曜日から金曜日まで宿泊し、土日は帰省する。
41歳男性彼女無しの実家暮らしだ。
そして優しさはあるけれど冴えない男である。
BARが開いている日は毎日1杯飲みに来ていた。
夜勤でお酒が飲めない日も、出勤前にBARへ立ち寄りカフェオレを飲みにくる。
そして週末にあった出来事や、たわいもない話をして部屋へ帰る。
毎日来てくれるので週半ばは話すこともそんなになく、倦怠期のカップルかよと突っ込みたくなるほど、スマホで何かを調べながらボーっとする日もあった。
そんな背番号が、婚活パーティーへ行くようになった。
地元の婚活だけでなく、出張先であるこの町の婚活にも参加した。
そしてBARへ来て報告をしてくれるのだ。
背番号は毎回お気に入りの人見つけるが誰ともマッチングしない試合が続いた。
「まただめでしたぁ~~…」と覇気のない声でしゃべる。
だめな理由はわかっている。冴えないくせに理想が高いのだ。(ひどい)
一緒にスポーツをする婚活では、
「お気に入りの子と同じチームになって、僕が得点を決めたときにハイタッチしてアピールしてきました!!」と嬉しそうに話していた。
しっかりマッチングは不成立だ。
もうなんだか、背番号が可愛く思えてきた。
今日学校であった出来事を話す我が子を見るような気持ちになってきた。
そんな背番号がある日の婚活へ参加したあと、
「マッチングはしてないけど、お情けみたいな感じで1人の女性が連絡先交換してくれました!」と報告してきた。
おぉぉ、ついに背番号にも春が来たか!とワクワクしながら話を聞いた。
冴えないけれど行動力は早く、もうデートの約束をしていた。
後日ランチデートをしてきた背番号に話を聞くと、
「楽しかったですー。けど保険屋さんらしくて、保険の資料もらいました。
ノルマとかあって大変みたいですね~。」と。
おや?雲行きが怪しいぞ?
そして2回目のデートでは、私が働くホテルのランチを食べに来たのだ。
前日に
「明日ランチ行きます。保険の勧誘されないか心配ですー」と言っていた。ランチでウエイターをするのも私なので、背番号を遠くから見守る。
席に着いたのでお冷を提供しにテーブルへ行くと、そこにはクリアファイルに挟まれた大量の資料があった。背番号は苦笑いしている。
”うちの背番号に何してくれとんじゃー!!”と謎の怒りを感じながら、席をあとにした。
しかし背番号も折れない男だ。めげることなく次のデートの約束をした。
BARでの報告会では
「いや~~、早々に保険の話でビックリしました。まぁでも僕はその保険入らないので。次は遊園地に行きます!」
…謎の強気である。
そしてデートに行くたびに、帰り際に保険の勧誘をされる背番号。
さすがに面倒くさくなってきたようで、もう会うのをやめたらしい。
そんな背番号の9ヶ月続いた出張が今年いっぱいで終わることになった。
そしてBARに来れるのは昨日が最後だった。
ホテルに帰ってくるなり、BARへ寄り道し
「また後でゆっくり来ます。今日は泣くかもしれません。」と言っている。
「いやいや!ももちゃん泣かんでもいいやんかー!笑」と励ましても
「今日がBAR最後なんで…」と今にも泣きそうな顔をしていた。
しばらくして降りてきた背番号の目は真っ赤になっていて、
「ここじゃあれなんで、、部屋で泣いてきました。ハハハ。」と言いながら席についた。
…年上の男性を泣かせてしまった。
でも、そんなに名残惜しんでくれるのはマスター冥利に尽きるなぁと思った。
背番号は普段と変わらない話をして、いつも1杯しか飲まないお酒を2杯飲み、最後に「これチップです!」といって私に1000円くれた。
背番号がくれた1000円が、なんかとても嬉しかったのでラミネートしようかと思っている。
こんな昨日のBARでの出来事をスタッフへ話すと
「背番号泣いたん?!純粋ないい奴やんかぁぁぁ~~~!
いままで背番号とかピーチとか言ってごめーーん!!」とみんなで反省した。
背番号の婚活がうまくいくように祈るメリークリスマス。
また会えるのをBARで待ってよう。